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お坊さん33秒法話

  • 悪いことを「避ける」でなく「どう対処するか」が宗教

    「私が楽に楽しく、先祖代々よくなる方法」はありません。

    宗教というものは「死後の問題」、あるいは「人生の意義」といった問題、そういう科学では答えの出せない問題に対し、人が納得できる(救われる)ような答えを提供するものであります。

    しかし、それはあくまでも信仰という精神的な領域において救いをもたらすものであって、現実に起きる様々な問題・境遇(事故であるとか、貧困であるとか、人間関係のトラブル)という世俗的な領域に対し、科学などの法則を無視して「神仏を拝めば願いが叶う」・「不幸は先祖や霊が祟っているから」などと結びつけられるものではありません。

    つまり宗教が担うべき領域は、「いい事を起こし、悪い事を避ける」ことではなく、「いい事・悪い事」に対し「私がどのような態度をとるか」ということです。

    悪い事が起きないことが救いなのでなく、悪い事が起きてもそれを「受け入れることができる」「受け入れて立ち上がり、現実的な対処をしていく力をもらえる」というところまでが宗教の救いであって、そのボーダーラインを超えているものははっきり言って怪しいです。

    宗教が担える救いは、

    「それが私(だけ)のせいではない」と責任から解放されるというもの

    あるいは「それは先祖や霊などのせいではなく、私や私を取り巻く環境によるものだ」と責任を引き受けていけるもの

    であり、それを思い通りになくすものではないのです。

    なくすために必要なのは宗教的行為ではなく、世俗的努力です。そしてその世俗的努力を支えるものが宗教的な信仰であったりもします。
      有り難し
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    回答僧 法覚寺 吉武文法
  • 夢を取るか現実を取るか。仏様に任せてみたら?

    現在の仕事にある程度満足しており、頼りにもされている。
    しかし、自分の夢を叶えるためには、現在の仕事を続けていては・・・

    まず、ご自分の気持ちを確かめましょう。

    夢か、現在の仕事か、どちらが自分にとってやりたいのか

    それでも自分でわからなかったら、仏様に聞いてみましょう。

    ある仏教に詳しい方は、
    二つの道で迷ったら、仏様に手を合わせ、
    サイコロを振って、出た目でどちらかを決めるのだそうです。

    未来のことは、自分では、正確にはわからない。
    どっちに転んでも、いいようになる。
    どっちに転んでも、自分で道を切り開く。

    そういう思いで、やってみてはいかがでしょう。
      有り難し
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    回答僧 正善寺 藤堂尚夫
  • 人それぞれに「いのちリズム」。あなたの場所を探して

    あなたはいまの日本人のスピードとは違う「いのちリズム」をもっていると感じました。

    毎日、同じ時間に満員電車に乗って、課題やノルマに追われるような生き方には向いてないかもしれません。でも、こんな日本人のせこせこした勤勉な生き方がすべてではありません。

    世界を見渡してみてください。

    毎日、何時間も夕日が沈むのをぼーっと見ている人たちもたくさんいます。1日1本のバスを退屈と思わず何時間もぼーっと待っている人たちもいます。

    日本人に生まれてきたから、ダメな気がするかもしれません。でも視点を変えれば、いまの日本人の生き方がいいわけでもないのです。

    豊かなのにしあわせでない人いっぱいいますよね。貧乏な国の子供のほうが生き生きして輝いた目をしていますよね。

    自分をだめだと思わないで「ぼーっとできるあなたの個性」を生かす生き方をしてほしいと思います。

    ぼーっとできるのは「能力」です。その能力を生かすのなら、変える必要はないと思います。

    自然の豊かな海外や日本の田舎を旅してみたらどうでしょう・・・。

    あなたの「いのちのリズム」にあった場所がきっとみつかると思います。
      有り難し
    71
    回答僧 仙如
    回答僧
  • ぬいぐるみの処分。不幸をもたらすものは何もない

    10年も大切にされてきたぬいぐるみには、それはたくさんの思い出が詰まっていることとお察し致します。

    人間は、忘れたくない思い出や、それを思い出せば楽しい気分になれる出来事を、心の中(頭の中)で記憶するだけでは、心許無くて、形ある物に込めて、大切にするのでは無いでしょうか。

    お墓やお位牌も、同じような役割を担ってきました。何も無い場所で故人を思い出すより、お墓やお位牌を前にする方が、より懐かしい思い出に浸ることができ、感謝の念が湧くわけです。

    子供の頃は、河原で拾った石ころやドングリでさえ、「記念」として大切にしていた記憶があります。

    「念じて記す」訳ですから、それを後から取り出せば、また楽しい思い出が蘇るのです。

    しかし、諸行無常と言って、形ある物は永遠では無い事もまた、この世の法則です。
    いつかはそれらも役目を終える時が来ます。

    「捨てられない」のは、執着と言って、良い事ではありません。

    お墓やお位牌であれば、そこに宿ってくださっていた仏様に、本来の世界にお還り頂く作法があります。

    人形供養をしてくださるお寺もあります。

    今、あなたにとってそのぬいぐるみが十分に役目を果たし終えたとお思いであれば、その楽しかった思い出と、そこにご縁のあった方々に心からの感謝を込めて、あなたの胸に深く刻み直してください。
    その後の「抜け殻」は気持ちよく「処分」出来るはずです。

    ぬいぐるみは100%あなたの楽しかった思い出だけで出来ています。あなたに不幸をもたらす物は、一切含まれていませんよ。
      有り難し
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    回答僧 南都 十輪院 橋本昌大
  • 過熱するワイドショー。お坊さんはこう見ている

    親鸞聖人のお言葉に

    「凡夫」というのは、わたしどもの身にはあるがままのありようを理解できないという、最も根本的な煩悩、迷いの根源が満ちみちており、欲望も多く、怒りや腹立ちやそねみやねたみの心ばかりが絶え間なく起り、まさに命が終ろうとするそのときまで、止まることもなく、消えることもない(一念多念証文・現代語訳)

    とあります。八百年前、既に人間の本性を深く見つめた言葉です。

    「凡夫」とは、自己の利益のためなら、他を犠牲にすることも厭わない。あらゆる欲求が交錯する日暮らしで、それが命が終わる瞬間まで続く。何とも、恐ろしく悲しき性ではありますが、最近のワイドショー・週刊誌は、正にこの欲求のためにあります。そして私たちの本性も…。

    隠れて悪いこと(倫理に反すること)をした人、それを暴く週刊誌、その週刊誌の読者、そして今質問の中で週刊誌カメラマン・パパラッチに怒りを向ける あなた、皆同様に、怒り・腹立ち・そねみ・ねたみの心が絶え間ない煩悩具足の「凡夫」なのです。

    私たちの目や耳は外に向いていますから、人のことはよく分かります。しかし、自分が欲望煩悩の身であるとは全く見えていないのです。

    あなたの主張は、一般倫理では正論です。でも振り返って私も実は煩悩具足の「凡夫」だと自覚できた時に初めて、様々に腹も立て、愚痴をこぼしながらも、いろんな方々とつながり(縁)を持ち、生きるというより、生かされている生活を感じる事ができるのではないでしょうか。
      有り難し
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    回答僧 養法寺 大熊範隆
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