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曹洞宗・49日に納骨したくないと言う母

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大動脈破裂にて、70歳で父が急死しました
ほんの10分程、母が父の側を離れた時に倒れ、帰らぬ人に…

でも、顔は穏やかで、納棺師の方からは「体が硬化せずに滑らかです!苦しまなかったと言う証拠ですよ〜」といって頂いたのが何よりの救いです

ですが、母には後悔がひどく自分ばかり責めて、どうにかなりそうです。

周りから呆れられるほど、一日中どこに行くのも一緒だったので、ショックも計り知れません。

しかもお店の1つもない田舎で、父にあちこち連れて行ってもらえていて暮らしていたため一人では厳しい…のに、私(娘)や孫と小さい家でも借りて、一緒に住もう!と提案しても、田舎にいるの一点張り!お骨もずっと手元に置きたいというし

現実、墓を買わないと行けませんが、すぐに買える余裕がなく49日には間に合いませんが、どのくらいまで手元に置いても良いものなのでしょうか?

そもそも父は、死んだ事に気付いているのでしょうか?(私は若い頃、心肺停止で臨死体験をした際に、暗闇の中から祖父が現れ、付いて行こうとしたら子供が居るんだから!と言われ、ハッ、として戻されました、あの世には、その続きの世界があるのかな?)

日々の生活の中で仏様とは、どう接したら良いのでしょうか?

とにかく、私が父と母に出来る事、言ってあげられる事がありましたら、ご指導よろしくお願い致しますm(__)m

初めての仏壇で、日々のルールさえ、あまりわかっていません。父に何をしてあげたら?
仏様が、喜ぶ事、悲しむ事などなんでも教えて頂ければさいわいです

お忙しい中恐れいりますが、よろしくお願い致しますm(__)m


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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

死は終わりではないという目覚めが死苦を療ずる

人は自らその死によってすべてを消滅させます。
誰の死であっても死はこの身心に映じられることの全ての生滅です。苦しみも痛みも悲しみも迷いもすべてを消滅させてくれます。よろこびも楽しみもすべてを滅するがゆえに大安楽、大安心、涅槃寂静。人間の是非善悪の無い法界に安住するのです。死ぬまでの間も師のことをいくら考えても死は実際にこの身の上に起こることはないですから死ぬ瞬間までも死はまさに死ぬ直前まで死なないですし、死と共に上記のようにやすらいの世界に入るのです。
お骨は本当は執着を離れ無くす為にも49日ぐらいを目安にもっと広い世界に目覚めるためにも手放すのがよいですが、どうしても長年連れ添った方への愛着が強いものでしょうから、そうもいかないものです。百ケ日を卒哭忌と申しますので、49日で手放せられない人は百日、もしくは一周忌をもって納骨されると良いでしょう。
愛する人、伴侶の死というものは親の死よりもつらいと言います。
ストレス度も数々の苦しみの中で最上位に挙げられます。
あなたにとってはさほどの事ではないとしてもお母さんにとっては❝実際に❞想像以上の苦しみなのです。
「まったく、もう、おかあさんったら…」と思われる所を、
「ああ、そうか、そうなんだ、お母さん、本当に苦しいんだ…」という同調、くみとりの気持ちに変えてあげてください。
一日で咲く花はありません。
悲しみも超特急でなくなるものはありません。
ですが、それでも悲しみをゆるめる方法があります。
終焉、終局、終わり、という思いを無くすことです。
お母さんにとってお父さんの死がおそらく今は「終局・終焉・おわり」と認識されておられると思います。
そういう考えの上に立脚しているために生じる苦しみであるならば、それは考え方によって苦しみを無くす事もできます。川が上流から下流になるにつれ名前が変わっていくように今置かれている状況が終わりではなく大いなる海、大空へ向かって進んでいるんだ、そして雲や雨と変わっていくように。やがて、終焉、永続、サイクルという人間の考えも離れて生死を超えたあるようとして互いに存在しているということに少しずつ目覚めていくと良いでしょう。
摘まれた花に死や生という言葉が飾られないように人の死に終わりという言葉を飾るべきではない

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有り難し
おきもち

気持ちが落ち着くまで

 お父様のご逝去に謹んでお悔やみ申し上げます。
 急なことでびっくりしたでしょう。

 さて、お問い合わせの件ですが、お骨はお母様の気持ちが落ち着くまでご自宅に安置しておけば良いと思いますよ。お母様もいつかきっと心に区切りがつく時が来ると思いますので、その時まで待ってあげましょう。
 お母様とは離れてお住まいのようですので、時々様子を見に行ってあげましょう。でもあまり励ましたりせず、そっと寄り添うようにしましょう。

 仏壇のまつり方については、お葬式をしたお寺さんに聞いてみましょう。

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有り難し
おきもち

・曹洞宗/静岡県/50代 平成27年鳳林寺住職。平成28年hasunoh...
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質問者からのお礼

鳳林寺 光禪 さま。

母の気持ちが落ち着くまで、自宅で…という方法もあるのですね

母の元に出来る限り通い、寄り添えたら…と思います

ありがたいお言葉に感謝いたします。
m(__)m

丹下 覚元 さま。

[一日で咲く花はありません。]
[悲しみも超特急で無くなるわけでもありません]
本当にその通りですね!

そして、終わりという思いをなくすこと、本当に素敵な言葉だし考え方ですね。

ぜひ母にも伝え、前を向いていきます

温かいお言葉本当にありがとうございましたm(__)m

「曹洞宗」問答一覧

曹洞宗の仏壇なしの供養について

いつも、ありがとうございます 先日、祖母が亡くなりました。施設にいて、コロナで2年も会えなかったのですが、病院で看取ることは出来ました。 私の家は分家になって核家族なので、まだ、仏様はいらっしゃいません。 5年前に祖父も亡くしており、その間、本家にお参りに行かせてもらったのですが、お水も交換されず、お花もなくとても寂しい仏壇でした。 母方の祖父母のお家は江戸から続くおうちで、宗教感が強いです。私は、母方のお家の方に強く染まっているので、とても違和感がありました。 そこで、今回祖母を亡くし、私たち家族は亡くなった祖父母の写真を貰って、自宅で供養をしたいと考えています。 父方と母方、どちらも曹洞宗なので曹洞宗の考え方で教えてください。他の宗派でも構いません。私の知識になるので! 位牌のない遺影のみの供養の場合、蝋燭立てるものとお線香たてるものがあればとりあえず大丈夫でしょうか? 蝋燭は仏様の目、線香はお食事とか道標と教えていただきました。 また、飾る向きなのですが、北側に空いているところがなく、北寄りの西向きなるのですが、大丈夫でしょうか お忙しいかとは思いますが、よろしくお願いいたします

有り難し有り難し 8
回答数回答 1

曹洞宗における分骨について

祖母が先日亡くなった者です。 葬式も終わり、現在は四十九日法要と納骨後の段取りを決めているところです。 しかし、遺骨について少々困っていることがあります。 祖母は入院中の突然死でしたので、遺言書も口頭での死後の整理についての指示も残されていません。 何より、分骨や仏壇の大事にしていた仏像などの管理については一言も話を聞けていませんでした。 この先どのように供養すべきか検討していると、 叔父が私と母に無断で「長谷寺に分骨をする」「仏壇の仏像は俺があげたものだから回収する」と言って問い合わせなどし始めているのです。 勿論生前から祖母が希望していたり祖母が本当に大好きなお寺であったりすれば賛成なのです。 しかし、実際には祖母はあくまでも(失礼な言い方ですが)「美しい観光地」として好んでいました。 更に生前に祖母は母に「(菩提寺はあるけど)出来れば自宅の傍に骨を埋めて欲しい」と話していたといいます。 もしその言葉が本音であればと考えると、菩提寺から遠く離れた縁のないお寺に分骨するのは果たして良いのか悩んでしまっています。 そこで、 ・曹洞宗における分骨に対する考え ・遺族の意向で仏さまの意志と関係なく分骨してしまって良いのか ・分骨した場合、合葬になるということは、骨が他人のものと混ぜられてしまうのか ・祖母が好んで仏壇に置いていた仏像はそのまま置いておくべきか 以上について伺えたらと存じます。 何より祖父と叔父が仏教についてあまり詳しくないので、 祖母の意志と関係なく暴走してしまっているのではないかと心配です。 もし宜しければ助言いただけると幸いです。 よろしくお願い致します

有り難し有り難し 6
回答数回答 1

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ