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仏教をお坊様から学びたいです。

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有り難し有り難し 68

 幼少期から生きることに苦痛を感じ、死んでしまいたいと思い、「なぜ生きるべきのか?」という疑問を己の中に持ち続け、考え続けてきました。
 そして、たくさんの本を読み、哲学を学び、経験し、行きついた先が仏教の教えでした。
 仏教の教えをお坊様から学びたいです。本から仏教を学ぶのも良いとは思いますが、恥ずかしながら文字から真意をくみ取る読書は不得手でして、お坊様との対話を通して仏教を学びたいと考えております。
 仏教をお坊様から学ぶためには具体的にどうすればよいのですか?また、いろいろな宗派がございますが、どの宗派の仏門を叩けばよいですか?
 そして、将来的にはお坊さんになりたいと考えております。あまりお坊様について詳しく知らないので、よくわかりませんが、他の仕事(例えば建築士)をしながらお坊さんになることはできますか?
 蛇足かもしれませんが、自分は地方都市の大学で専門的な勉強をしており、hasunohaに登録されている真言宗のお寺が、通える距離にあります。


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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

法身を覚すべし

仏教を学ぶことは畢竟じて自身の法身を覚了することです。
自分が自分という存在ではなく、法の身のありようとして存在している事を自覚することで、
文字仏教、知識仏教としての仏教ではなく、
自己の身心に顕現される仏教を学べます。
学ぶべきは外にあらず、本来本法性、天然自性心。
内なる自己の本性に目覚めることで真に仏教を学んだことになります。
人間は24時間自分なのですが、それは想念をデコレーションした自己、自我です。
そのデコッた自我を覆う前。
「自分」「わたし」「おれ」を生じさせる前の自身を覚することです。
それは仏教を学ぶ以前から人間にそなわっています。
その引き出しを開けるべく、参禅や悟りに導いてくれる師を求めることです。
禅宗なら井上貫道老師がおススメです。
書籍や映像もあります。
もし仏道、仏教を学ぶなら仏教や仏道を学ぶのではありません。
自己の真相を学ぶのです。
故に道元禅師はこの様に示されます。
「仏道をならうというは自己をならうなり。自己をならうというは自己をわするるなり。自己をわするるというは、万法に証せられるなり。万法に証せられるというは自己の身心および、他己の身心をして脱落せしむるなり。」
おのれの真相をあきらかにする。
多くの人はこれをせずして仏教という事を学ぼうとする。だからズレが生じる。
お釈迦様は仏教を学んだ人ではない。
自己を明らかにされた人であって、仏教を学んだ人ではないのです。

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有り難し
おきもち

まず法話を聞くことから

私は浄土真宗のことしかわからないのを最初にお断りしておきます。

仏教は本だけではなくて、ライブで、その場に参加する、直接他の人から学ぶことが非常に大切です。

http://shinshuhouwa.info/
浄土真宗の法話がどこで行われているかのサイトです。
ほとんどの法話は、誰でも聴聞可能なはずです。

どの宗派にするか?
は私は選んだ記憶がありません。
たまたま、家が、真宗大谷派の門徒だった。(ただし、仏教、お寺との関わりは、非常に薄かったですが)
たまたまおつきあいした女性が、真宗大谷派のお寺の娘さんだったので、少しは浄土真宗の話しを聞いておこうと思いたち、真宗大谷派、浄土真宗本願寺派の法話を聞きに行った。
そうしたら、真宗、特に、大谷派に強い興味をもち、感動があった。
当時住んでいたところの近所のお寺の住職の息子さんに、お坊さんになることを勧められたので、後述する大谷専修学院に通わせていただき、お坊さんの「資格」をいただきました。

真宗大谷派の場合、他の仕事を持っていてお坊さんをやっている人はたくさんいます。
大谷派の場合、「所属寺」が必要です。
所属寺の住職が、得度(僧侶になるための儀式)の許可を出してくれるかどうかになります。

私の場合は、上記のような理由で得度の許可をいただきました。

大谷派の場合、僧侶に大きくわけて、二種類あります。
一つは、教師資格なしの僧侶。
得度をした時点で、その立場になります。

もうひとつは、教師資格保持の僧侶です。
お寺の住職になったり、葬儀、法事等の儀式の執行の導師をつとめるには、教師資格が必要になります。

教師資格をとるには大谷派の場合3つ方法があります。
ひとつは、検定試験。
得度考査に合格し、その後教師資格の検定試験を受けます。
合格したら、京都駅前東本願寺に七日間缶詰の、「教師修練」が二回あります。
次に、大谷大学、大谷短期大学、大谷大学大学院等で、所定の科目を履修すると、検定試験が免除されます。
しかし、得度考査と、教師修練は受けなければなりません。
次に、京都市にある、大谷専修学院、または各地にある宗門の「真宗学院」を卒業すると検定試験が免除になります。
大谷専修学院は、全寮制一年間、真宗学院は、週末に三年間通うそうです。
この場合も教師修練は受けます。

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有り難し
おきもち

浄土真宗、真宗大谷派です。
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質問者からのお礼

ご丁寧にありがとうございます。仏教の教えを学ぶということを法話を聞く、というんですね!自分がお坊様に適切な人物かどうか不安はありますが、精進していきたいと考えております。本当にありがとうございました。

「仏教全般」問答一覧

良い人・優しい人が損する理由

YouTubeのオススメに「良い人・優しい人が損する理由はこれです」みたいな動画があったので、とりあえず観てみました。その動画には「ブッダの教え」というサブタイトルが付けられていました。 優しさと思いやりが、いいように利用され苦しむ主人公の話でした。 その後、主人公が見つけた答えは、 ①「自己尊重と他者への尊重のバランス(自分自身と他人の間に健全な境界線を引く)」 ②「自分の気持ちや考えを尊重してもらえない関係は健康的ではないと理解しそのような関係とは距離を置く」 ③「支援や協力が真に価値を持つ場合にのみそれらを提供するようにする」 というものでした。 私にはとても良い話に感じましたが「我を無くす」から遠のいてるようにも見えて、この話をどこまで鵜呑みにしていいのか迷っています。 「ブッダの教え」とありますが、この動画に出てくる登場人物名や逸話をネットで検索してもそれらしいソースが見つかりませんでした。 (生きにくさを抱えた現代人向けの創作?) ここでお坊様方にお聞きしたいのは①②③は仏教的に見て、実行しても大丈夫な内容でしょうか。 またお坊様方の考えなどもお聞かせ頂けたらと思います。 よろしくお願いします。 補足です。 私は優しさ・善良さとは程遠い人間ですが、周りではよく聞く話だったので、このテーマに関心がありました。

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