皆様に大変ご好評をいただき、ご質問が殺到しています。

回答が追いついておりません。お坊さんから丁寧にご回答いただくため質問受付数を制限させていただいております。大変申し訳ございません。

お墓参りについて。

先日義母に、お墓の管理を代替わりすると言われて、今年のお盆から
私がお墓参りとご住職へのご挨拶に伺っています。

義父母が生後2週間で亡くなった夫の兄のお骨を義母の実家のお墓に入れてもらっていたのを、10年前に引き取って欲しいと言われて建てたお墓です。

義父母は他の地方出身の為、先祖代々の墓というわけでもなく、義父母も健在なので、お墓の中には赤ちゃんのお骨だけが収められています。

先日義母に亡くなって50年以上経つし、もうお墓参りとか行かなくてもいいと言われましたが、私は誰かが眠っている以上私が元気なうちはお参りに行った方がいいんじゃないかと思って行っています。

義母はもう行く気がないようですし、義父は足が悪いので行けません。
義母の言うとおり今の状態ならお墓参りは行かなくてもいいのか、それともこのまま続けた方がいいのか、迷っています。

お墓参りというのは、亡くなって何年という区切りはあるのでしょうか。

お参り
有り難し 25
回答 3
回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。

お墓参りは何のため?

ご相談拝読しました。
お墓参りはなんのためにするのでしょうか。

まず申し上げたいことは、お参りしないと故人が恨んだり祟ったりして悪いことが起こるということはありません。
逆に、お参り(追善供養)することによって故人が「ハイパーご先祖守護神」のような存在になって様々な利益(家内安全・商売繁盛・無病息災など)をもたらしてくれるということでもございません。

しかし、上記のようなことはないのに私たちの心には何か自分にとってよくないことを先祖などの「目に見えない存在」のせいにしてしまう弱い心を持っています。そうしたことを避けるためにお参りするというのも一つの理由でしょう。
ですが、これはメインの目的ではありません。

お参りは仏法という真実の教えと出会うご縁をいただくため、そして故人のいのちを通していのちの真実を教えていただくためにするのです。

お兄様がもし無事に成長していたならばご主人はこの世に生まれていなかったかもしれません。またもし生まれていても兄弟がいることにより性格が全然違い、あなたと出会っても二人は惹かれあわなかったかもしれません。
お兄様のいのちとあなたのいのちは無関係ではありません。全てつながっているのです。
そしてその無関係ではないいのちはどんないのちであってもやがていのち終えていく。これが諸行無常という真実です。
しかし今を生きる私たちはどこかでその死を見ないようにして生きている。その真実をまざまざと教えてくれるのが故人であり仏法です。

その大切な教えと出会えるならば形にとらわれる必要もありません。お墓参りが遠方などの理由でどうしても負担ならば無理をする必要もないでしょう。
しかしお参りすることが可能ならば、是非ともそのお墓参りを縁として、大切な教えに出会っていただきたいと思います。

そういう意味で「ご先祖様が見守っている」と我々は言うのです。何か良いことをして守ってくれるのではなく、大切な教えを聞きなさいといつもはたらきかけてくださる。お参りしている時に限らず、いつでもどこでも大きな願いをもって声をかけてくださっているのです。

私たちがその声を素直に聞くためにお墓参りと言うものは貴重なご縁の一つであることでしょう。

可能な限り、お参りしてあげてください

ご質問に関しては、仏教の教えというよりも民俗・風習という分野から回答を見出すしかないと思います。

 年忌法要をいつまで行うかという点については、既に東師の回答に在りますように、「地方やお寺の考え方」も重要です。「弔い上げ」と言って、今回の年忌法要を最後の法要とする風習があります。地域によって弔い上げの時期が33回忌の場合もありますし、50回忌の場合もあるようです。どちらかと言えば、33回忌の方が多いかもしれません。

 そうなった根拠として推測されるのが、十三佛信仰だと思います。初七日から33回忌までの間の13回の節目節目を13の佛・菩薩・明王が司り、子孫から懇ろに追善供養を受けると、故人は善趣(より良い世界)に行くことが出来るという信仰です。まあ、これも道教や儒教の影響を受けて成立した信仰であると言われております。

では、33回忌を終えると、故人はどうなるか?この先は、民俗学の話になってしまいます。

 33回忌を終え弔い上げとなると、故人は祖霊、つまり「御先祖様」になると考えられています。神道にもこれに近い考えがあります。葬儀並びに追善の儀礼は、死霊の祖霊化するための儀礼である。死霊はなまなましく荒々しい存在(荒魂 アラミタマ)であり,儀礼を通して浄化することで清らかで穏やかな存在(和魂 ニギタマ)となると考えられています。

 地域によっては「弔い上げだから、もう法事の必要は無いし、墓参の必要も無い。」という風習もあるようです。もしかしたら、お義母さんはそういう風習の地域で生まれ育ったのかもしれませんね。

 我が寺の檀家さんは親兄弟の50回忌法要は行っています。幼くして亡くなった兄弟の70回忌法要を行う方も結構居られます。無理して「弔い上げ」する必要は無いと思います。可能な限り、供養してあげればよいと思います。我々僧侶は自分の寺の開山大和尚の三百五十回忌や四百回忌を行いますし、本山では宗祖の七百回忌、七百五十回忌を行います。「何回忌を終えたから、もうしない。」ではなく、可能な限り先祖や宗祖に報恩の誠を捧げ供養に努めた方が良いと思います。

 同様に、お義母様は弔い上げの風習が根強い地域で生まれ育ったのかもしれません。お義母様に反論する必要はありませんが、あなたはあなたで墓参に行かれても構わないと思います。むしろ、可能な限り墓参に行ってあげてください。

期限はありません

拝読させて頂きました。
お答えとしては何年でお参りが終わるということはありません。
ご法要で勤め上げと言われることはありますが、厳密には本来それもありません。
生きる人々はできるだけお気持ちを込めてご供養なさることに期限はありませんからね。

できれば菩提寺のご住職様にもお伺いなさってみてくださいね。もしかしたら地方やお寺の考えによって変わるかもしれませんからね。

これからもどうか真心込めてご先祖様ご供養頂きますようにお願い申し上げます。ご先祖様はいつまでもいつまでも生きる皆さんをお見守りなさってくださっておりますからね。


質問者からの有り難し - お礼

早々のご回答、ありがとうございました。
やはり供養というのは、期限がないものなのですね。
今後もひとりででも、お墓参りを続けていこうと思います。
ありがとうございました。

吉武様、回答ありがとうございました。
たしかに夫と出会い、結婚したこともお兄様とつながっているご縁なのですね。
静かに手を合わせて、ゆっくりと心の中に入ってくる声を聴いてこようと思います。
これからも私だけでも、お墓参りに行きます。
ありがとうございました。

吉田様、回答ありがとうございました。
十三佛信仰のお話しや、三十三回忌の後の魂のお話しなど、知らなかったことを教えていただけて
感謝しています。
何げなく子供の頃から法要に出ていましたが、意味があったんですね。
義母は50回忌が弔い上げだと考えているようで、そのことからもうお墓参りはいいと言ったようです。

私自身はお墓参りをすることは嫌なことでもなく、どちらかというと子供の頃から好きだったので
これからもひとりで続けていきたいと思います。
ありがとうございました。

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