皆様に大変ご好評をいただき、ご質問が殺到しています。

回答が追いついておりません。お坊さんから丁寧にご回答いただくため質問受付数を制限させていただいております。大変申し訳ございません。

親友の七回忌

親友が自らの命を絶ってから来月6日で7年です。
聞くところによると、命を絶ってしまった方は暗い闇の世界を彷徨うとお聞きした事があります。自分は、親友がこちらの世界で苦労してたので、あの世ではお釈迦様の側でおつかえして来世でまた巡り合いたいと考えております。
今、自分に出来る事は、親友の墓参りをしてあげる事しか出来ませんが、もし、何か他にもやってあげたら良いという事があるなら、是非ともご助言を宜しくお願い申し上げます。

供養
有り難し 18
回答 2
回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。

縁起するいのち

ご相談拝読しました。
佳祐様はとても友人思いなのですね。しかし、心配する気持ちもわかりますがご親友は既に迷いのない安らかな世界にいかれていることでしょう。

キリスト教などの神は我々を裁くのかもしれませんが仏は我々を裁きません。そんな仏であるならば我々は怯えててビクビクしなければ生きていけず、信仰できません。

仏は全ての人を救います。たとえ自死した人でも、殺人を犯した人であっても皆一つの処に還っていくのです。
その世界を我々の宗派では浄土とも呼びますが、それは一般的ないわゆる「あの世」イメージとは違うものであるのだと思います。
お花畑があって美しくて、いい香りがして、なんの苦しみもない…とかいうのはイメージの世界でしょう。

では死んだらどうなるのか?それは私たちがどこから来たかを考えればわかります。一般には、私たちは父母から生まれたから生きている、存在していると考えます。

しかし、釈尊が発見されたのは「縁起するいのち」です。

「諸法無我」

すべてのものごとはそれ自体が独立して存在してるのではなく、様々な因縁(条件・関係・対象)において縁って起こっている。つまり生かされているのです。我がご縁の中で生きているのでなく、ご縁が我を形成しているのです。だから無我。
父母も宇宙も地球も空気も水も栄養もご縁の一つにすぎません。今、私を形成しているそのご縁がひとつひとつ解かれていくならば私という実体は何一つ残らないのです。私は空(くう)なのです。空っぽなのです。
そしてそのご縁がとかれ、我々のいのちがなんのざわめきのない静かな世界に還っていくことを

「涅槃寂静」

と言います。我々は皆、縁によって起こり、縁によって去っていく。空より生じ空に去る。同じ一つ処に還っていきます。次の生に転生する実体など何一つ残りません。
もともと空なのですから何も残りません。しかしもともと空っぽだったものが死んだからといって今度は完全に消滅するかというとそういうわけでもありません。

その証拠に今もご親友は佳祐様の胸にいらっしゃることでしょう。
そういう意味でご親友は「仏に成った」とも表現します。仏とは実体ではなく、真実を教えるはたらきです。
思い出し手を合わせ、今は空なるいのちの真実を教えてくれる仏と成ったご親友と今生においても出会い続けていただきたいなと思います。

南無阿弥陀仏

ご友人が極楽浄土に生まれ変わりますようにと

拝読させて頂きました。あなたのお気持ちをお察し申し上げます。
ご友人の方が仏様のお導きを受けて仏様の極楽浄土に生まれ変わり、そして仏様から正しい智慧をお授けなられて頂き、ご成仏なさって頂きますようにと心より仏様にお願いしお念仏おとなえさせて頂きます。南無阿弥陀仏
あなたもどうかご友人の方が仏様の極楽浄土に生まれ変わりご成仏なさって頂きますようにと真心込めてお念仏おとなえなさって頂きますようにお願い申し上げます。
あなたの願いそしてお念仏は必ずや仏様に届きます。ご友人は必ずや極楽浄土にて心安らかにご成仏なさいます。
そしてあなたがその生命が全うされた時には必ずや仏様のもとにお導き頂きますようにと心を込めてお念仏おとなえなさってくださいね。
仏様はあなたの生命が全うされる時に必ずや仏様の極楽浄土にあなたをお導きなさり、そこであなたはご友人に再び巡り会います。どうか安心なさって心を込めて南無阿弥陀仏とお念仏おとなえなさってくださいね。
きっと今もご友人は心安らかにあなたをお見守りなさっておられますからね。
あなたの願いが届きご友人と再び巡り会い喜びを分かち合うこととなられますようにと心より仏様にお祈りさせて頂きますね。


質問者からの有り難し - お礼

お返事頂きまして、有難うございました。
確かに、自分自身の中に何十年と親友として過ごした時間や思い出が残っております。ですから、和尚様が言ってくだらる事は分かりました。これからも、親友と共に過ごして行きたいと思いました。
親友が「仏になった」と言って頂けて安心しました。

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