皆様に大変ご好評をいただき、ご質問が殺到しています。

回答が追いついておりません。お坊さんから丁寧にご回答いただくため質問受付数を制限させていただいております。大変申し訳ございません。

自殺を考えています

20歳看護学生です。
小学生の頃から自殺未遂を数回行ってきました。わたしには勿体ないような素晴らしい友人に囲まれ、昔より断然毎日が楽しいと思いながら過ごしています。
わたしは、十分やりたいことをしてから成人式までに死んでしまおうと思って生きてきましたが、いまなぜかずるずると生き延びてしまっています。
いま、一番楽しいですけれど毎日はやく死ななきゃならないという思いに駆られて焦りながら生きています。
看護師としての実習で患者様と触れ合ったり、日々お年寄りと付き合う中で生きる事は素晴らしいだとか、
人は尊いと思うのですが自分の命はそう思えないのです。
昔母から吐き捨てられた「失敗作」「欠陥品」「生むんじゃなかった」という言葉からかもしれません。
母はそんな事を言った事も忘れて「自殺したら地獄におちる。仏様から見放されるぞ」と私に言います
たしかにわたしは失敗作だなと思います、なんにもない人間です。
なんにもない、この世に何も生み出せない人間をなぜこの世に神様は生み出したのでしょうか。
はやくしにたいです、地獄にはいきたくないしどうしたらいいのか分かりません。

死について
有り難し 67
回答 4
回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。

まずはリアルで相談を。

 先生とか、上司の方とか、患者さんのお婆ちゃんとか、その貴女の気持ちを苦しみを、聞いてくれる人はいないのですか?
 いないのなら、もう一遍書きに来て下さい。

 あと一読しただけですが、貴女が失敗作とはとても思えません。ただの普通の人間ではないの?

あなたは失敗作ではありません

拝読させて頂きました。
あなたは失敗作ではありません。
あなたは人としてしっかりと生まれてきたのです。
与えられた生命が誰一人失敗なんてないのです。
また生命は一人ひとりあたえられたくさんの方々に養われてきたのです。
その寿命は誰が決めるものでもありません。
様々なめぐり合わせによって与えられていますからどうかその生命を正しく全うなさってくださいね。
一人一人が様々な特性を持ちそして生きているのです。
得意不得意は在りますが、それが人やものごとの役に立って今お互い助け合いながら存在しているのです。
また、自殺したら地獄に落ちる、仏様に見放されることはありません。
それこそ暴言であり悪言です。その様な悪業に惑わされないようになさってくださいね。
今あなたに自覚はないかもしれませんが、あなたは多くのご先祖様やものごとに守れらて生きていらっしゃるのです。そして与えられた役割を進めていらっしゃる最中なのです。
どうかあなたの生命を大切になさり、皆様と共に助け合いながら助けを求める人のお役に立ってあげてくださいね。
そしてあなたは今成長なさっていらしゃる過程にあります。
あなたがこれからの未来周りの皆さんと共に仲良く充実した豊かな毎日を過ごし、お健やかな依ご成長なさって頂きます様に切にお願い申し上げます。そして私はあなたがこれから素晴らしい出会いの中で成長なさって頂きます様に心から神仏そしてあなたのご先祖様にお祈りさせて頂きます。どうか前を向いてしっかりと歩んでくださいね。

回答僧

渡部仁海

自分を縛っているものの正体に気付くことです。

暴力によって躾けられた子が力で問題を解決しようとするように、親から受ける影響はとても大きいと思います。
然しながら反社会的な事柄を犯しているわけでもない、しっかりと社会に生きているゆうやさんが何故価値が無いのでしょう?
何も生み出せないから価値が無いなんて言ってたら、結構な人数が消えなければなりません。

いいですか、もっと自分とよく向き合って自分の価値を見出してください。自分の命の価値に気が付いて下さい。騙されたと思って大げさなくらいで良いので、自分を肯定する習慣を身に着けて下さい。

自分の命の価値に気が付いた人は、他人の命の輝きにも気付けるのです。逆もまた然り。

それでも死にたい願望が消えなければ、是非相談に来てください。

回答僧

けんじゅ

自分の思い込みに気づく。

ゆうや様
こんにちは。拝見させていただきました。

今が満たされている感覚があり、毎日が楽しいにも関わらず死にたいという文面に不思議に思いました。おかしいわけではありませんが、一般的には現実がつらくて苦しくてどこにも逃げ場がないなんて時に人は死にたくなると思うのです。だとしたら小学生の頃の自殺未遂のきっかけの思いがずっと残っているということでしょうか。「死んでしまいたい」ではなく死な「なければならない」という言葉にひっかかりました。

勝手な推察なので間違っていたらすみません。また訂正してくださいね。
「人を悩ませるのは、事柄そのものではなくて、事柄に関する考えである」という言葉があります。雨が降るのに善悪はありません。ただ雨が降らないで困っていた農家の方には「善」であり、運動会を行おうとしていた人達には「悪」となります。私たちが悩むのは事実ではなく「どのように解釈したのか」です。

大変失礼な言い方ですが、お母さんは心の余裕がなかったのではないかと思います。ご自身が不安と不満の中に生きていた。それを幼かったゆうやさんにぶつけたのでしょう。多分言葉じりに意味はないです。たまたまあなたがそこにいたからだったとしたら。それをお母様を大事に想っておられるゆうやさんはしっかりと受け取ってしまったとしたら・・。

もし自分の解釈が間違っていたとしたら・・と考えてみることは大切だと思います。自分の物差しで勝手に苦しんでいたとしたら・・。

失敗作で欠陥品で結果毎日が楽しく友人にも恵まれ仕事でも恵まれたということは、その方が良かったとも言えませんか?欠陥品=悪、駄目と思うのも思い込みです。逆に言えば欠陥品だからこそあなたは誰かを救っている。あなたを助けたいと思っている人の心を救っているのです。逆に一生懸命欠陥品で生きればどんどん幸せがやってくるのではないでしょうか。

死んでしまいと思ったら、それをいけないと思うのではなく、「死にたい!でもまぁいっかぁー」と声に出してください。「死にたーい!まぁいっかぁー」とまぁいっかをつけてみてください。

この世に何も生み出せないあなただからこそ、多くの人を救っているのです。人生って不思議ですよね。急がなくてもいずれ誰もが死ねます。それまで何をしましょうか?そんな風に考えてみるのも一つかもですよ。応援しております。

合掌


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