皆様に大変ご好評をいただき、ご質問が殺到しています。

回答が追いついておりません。お坊さんから丁寧にご回答いただくため質問受付数を制限させていただいております。大変申し訳ございません。

職場のお坊さんについて

過去の回答にもある、職場の兼任僧侶についてです。

今に始まったことでないのですが、やっぱりなんかマイナスイメージを抱いてしまいます(その人にも、ひいてはお坊さんや仏教全般にも)

自宗のお坊さんなのですが、1年間の修行の間、『人権なんてない。自分より頭の悪いやつらに呼び捨てにされ、後ろから蹴られたり辛かった』という話をされるので、(そういうものなのか・・)というイメージが先行するのと、自身が特殊なのでなくお坊さんなんてみんなそんな感じ、と一般論で語るので、なんだかイメージダウンしてしまいます。

お坊さんだって人間ですし、本来いろいろな煩悩はあって当然だとは思います。でも、『寺の息子が寺を引き継いでるのは、普通ならニートみたいにしかなれないような奴らが、寺を引き継いでるだけ』などといい、何もそんなこと、職場の一般人である私達の前で一方的に公言しなくても、と思います。

またお坊さんになる前は公務員で家畜の処分に携わっていたことがあるようなのですが、それをやや武勇伝のように、詳細に職場で話します。現代のお坊さんが、殺生に一切関わりなく生きていくのは(食生活など)難しいかもしれないし、お坊さんは虫など含め一切の殺生するな、とはいえませんが、家畜の処分など、一方的聞かされて気持ちのいい話ではありません。

いい年ですがテンパると余裕を無くす感じで、少し特殊な人のような気もしてるし、別に人間性が悪いわけではないと思うのですが・・なんか嫌な気持ちになってしまいます。

職場で若い女の子へのセクハラ(言葉のみ)もあり(密告を受け上層部から注意勧告済み。今は収まっています)・・・

ズバッと注意できる人が職場にはおらず(上層部は遠く離れた本社)、若い女の子たちも波風立てず笑ってやり過ごしてるので、止まりません。

ただの雑音・騒音とでも思っておけばいいのでしょうか?

私自身は普段はほとんど仏教と関わりなく生活していますが、禅宗の言葉が好きで、枡野俊明さんの本をよく読んでいて、そのたび心が洗われるような気持ちになっていたのですが、もしかしたら私が知らないだけで、ダークな部分の多い世界でもあるのかなと思ったり。
もちろん、真っ白な世界を信じるのは危険な気がします。でも、お坊さんや仏教なんてそんなもの、みたいなイメージを、職場の兼任僧侶によって聞かされるのもちょっと悔しいです・・

お坊さん
有り難し 45
回答 4
回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。

その僧侶、意識が不足してますね。

ちょっと考えたんですけど、答えが出ました。
その方はイヤイヤ坊主になってますね。

だから、頑張ってる僧侶らが憎い。
なので、僧侶を一くくりにして悪評を流す。
自分のプライドを保つためにね。
中途半端な、寺の継ぎ方をしてるので。

寺は道場です。
修業は、ある程度厳しくて当たり前ですよ。

最近の寺は、ほぼ世襲制です。
その方もそうなのかな?たぶん。
私はバリバリの寺の長男。
子供の頃からばあちゃんに、「お前は絶対寺を継がなければならん」と言われ続けました。

じゃあなんで無理くりでも継ぐ必要があるのか!
それは継ぐ者がいなくなったら、寺の人間はその寺から出て行かねばならないという背景があるのです。
寺に坊さんがいなくなったら寺じゃないですよね。
なので、本山から僧侶が派遣されてきて、今までいた人たちは寺を明け渡します。

私は声を大にして言いたい!
無理やり寺を継ごうとしてる方々よ!
寺を継ぐのが嫌やったら、坊さんになるの、やめましょ。
なんかそんなん悲しいですわ。
檀家さんに申し訳ないでしょ。

りりーさん、よくぞいい質問をしてくれました。
世の中には、りりーさんのように、僧侶に対して不信感を抱いてる方はたくさんおられるかもしれませんね。

まあ、りりーさんの近くにいる、ふざけた僧侶もおられますが、意識を持って取り組んでおられる、お坊さんもたくさん存在してると、少なくとも私は思います。

hasunihaで回答されてる、お坊さん方は意識を持って取り組んでおられる一部の方です。

問答をたくさん読んでってください。
りりーさんにとって、素敵な回答がたくさんあると思いますよ。

職場の方には、過剰に反応されないことを、心から願います。

回答僧

釈 らんにょ

色々と気付かない僧侶さん

世襲制の宗派でよく聞くお話です。ちなみに私の宗派、浄土真宗も世襲制です。

この問題には、様々な要素が絡まっています。そのお寺に生まれた、と言うだけでイヤイヤ住職を継がれている方が実際に多く存在しています。過疎化が進み、昔は多くいた門信徒さん達も少なくなり、兼業しなければ生活の出来ない住職さんが沢山いらっしゃいます。

その中には、仏法を自らお聴聞(おちょうもん:仏様のお話を聴くこと)する時間が無く、仏{ぶつ}の願いの意味さえ勉強する時間がない住職さんや、時間はあっても興味が無いので仏恩報謝の意味が分らず形だけの住職さんになられていたり、様々です。

そういう住職さん、僧侶さんは、お話していても一般人の方とあまり変わりません。悪口、不平、不満、愚痴、自慢、卑下などオンパレードの方も中にはおられます。まぁ、そういう私も煩悩の塊りなのですが。

しかし、兼業されていても、中には本当によく研鑽されておられる方も多いのも事実です。

仏様の願い「あなたを必ず救うぞ、その私の願いに早く気付け、私が抱きしめたその腕は決して話すことは無いぞ、あなたが悲しい時には私も同じように涙をながし、悲しいぞ、いつもそばにいるよ、けっして一人にはさせないよ、早く気付け」と仏様の本当の願いに遇い、私は願われていた命だった、と気付き感謝し、仏法を勉強し、仏様のお話を弘めておられる住職さん、僧侶さんも沢山います。

あなたの職場の僧侶さんは、多分、気付かれてなく、あまりお勉強もされていないのかも知れません。知らない事がその僧侶さんには沢山あるのでしょうね。

知らない事は悪い事ではありません。「知らない事」を自覚さえ出来れば、知ろうとして貰えるかもしれません。

あなたが、その僧侶さんに「仏様の話が聴きたい」と聞いてみれば良いかと思います。その僧侶さんが話せない自分と出会った時、何故、自分は話せないのか?と疑問を持ち、自分は僧侶だったと気付いてくれれば、もしかしたら何かを掴んで貰えるかもしれません。

あなたとその僧侶さんも何かのご縁で出会われたのでしょう、仲間としてその僧侶さんをどうぞ育てて行ってあげて下さい。

ただの雑音です。

りりーさんへ、こんにちは。

どんな社会組織にも、人間性にピンからキリがあるように、僧侶の世界もピンからキリまであります。特に日本の仏教は戒律を我宗祖伝教大師様が捨ててTPOに会わせた僧侶の生き方を求めたため、他の仏教国にない、たくさんのバリエーションの仏教諸派が開かれた反面、犯罪を犯すなどの常識以下の僧侶も現れているのが現状です。同じ僧侶として自身の反面教師にしております。

そして私も在家上がりなので、葬式坊主と批判していたこの世界に入ってわかったのですが、真面目に修行している、あるいは社会貢献しているお坊さんはたくさんいるということです。ニュースは変なお坊さんしか取り上げられませんが、有名な寺院でもない名もなきお坊さんたちがそれぞれの信仰観で黙々と社会貢献をしていることもしりました。私は保護司ですが保護司の世界では多くの僧侶の方が奉仕活動しています。でもそういうところはニュースでは取り上げられません。少なくともハスノハで活動しているお坊さんは真面目の部類だと思います(笑)。

申し訳ないのですが、そういう坊さんは雑音としてスルーして頂ければ幸いです。合掌

坊さんなのに

ご質問、拝読致しました。
まず持って不快な思いをされたとのこと、同じ僧侶として申し訳無く思います。
言うまでもなく、その兼任僧侶さんは意識欠落です。それは先の他のお坊様方のご回答に同じです。

その上でお伝えしたいのは。

同様の言動をお坊さんでない方がされたらどうでしょう。例えばお坊さんでない地元の同級生だとか近所のオジさんがそうだとしたら。
恐らく、りりーさんの心はそれ程波立たないかもしれません。『あの人、変わってるわー』くらいで。
ですが、そこに『お坊さんなのに』という前置きが着くから波立つのですよね。
私はお寺の長男として生まれ育ちましたので、幼い頃から『跡継ぎなんだから』と散々言われてきました。道で挨拶しただけで「さすが跡継ぎだね!」、ホウキもって掃除しただけで「さすがお寺の子!」と言われ。その度に『いや、跡継ぎである前に俺はおれなんだけど』と心の中でつぶやいていました。

『お坊さんなのに』『お坊さんだから』という言葉はお寺に生まれた時点で強制的に付与され、死ぬまで離れません。
しかし、ある友人から『嫌なら辞めたらいい。別にアンタはアンタなんだから』と言われ、とても楽になりました。
「あぁ、初めて一人の人間として見てくれた。お坊さんというフィルター無しで僕に関わってくれた」と。
だからという訳ではないのですが、りりーさんの中にある「お坊さんなのに」という前置きの言葉を一旦削除してみませんか。
前置き抜きで一人の人間として関わればその方の意識も変わるかもしれませんよ。
もしかしたらその兼任僧侶さんも幼い頃からの想いがあるのかもしれません。
「何でそこまで私がする義理があるのか」と思われるかもしれませんが、もしその兼任僧侶さんに悩みがあるのであればりりーさんの温かさで融かしてあげて下さい。

僧侶が檀家さんや世間の人を救うのではありません。僧侶が檀家さんや世間の人から救われる事だってたくさんあるのです。
そしてその背景にあるのは仏法です。
人に人は救えません。仏法が人を「ハタラキ」として作用させて苦悩する人々を救うのです。


質問者からの有り難し - お礼

お坊様方

ありがとうございます。なるほどと思うお言葉が多く、心が軽くなりました。
プライドの高い人だとは思います。こちらでの仕事でも、自分の落ち度は気にせず(あえて気にとめない感じ)、相手にのみ責があるものという思考回路が強い人です。その辺も含め、少し嫌気がさしていたのかもしれません。

でも、お坊様方のお言葉で気が楽になりました。
ありがとうございました。

関連する問答
このページの先頭へ