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仏教の実践について

怒りを最小限にする、欲を少なくする実践がなかなか上手くいきません。
一年くらい前も坐禅や瞑想、掃除、料理などに励んでいたのですが、挫折してしまいました。
再び仏縁があって、今は仏教書をよんで実践しています。
始めた頃は落ち着いた感じで、安らぎも感じられますが、続けていくと何故か苦しくなってやめたくなります。
苦しみからは逃れられないのですか?
また、実践を続けた方がいいですか?

仏教
有り難し 38
回答 3
回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。

「スジャータの乳粥」(欲の象徴)を受け入れるということ

その実践が「欲を少なくしたいという欲」からはじまっているならば如何でしょうか。

あなたが嫌う欲があなたの意志で起こしたものならば、自らの意志で制御できるかもしれません。

でもその欲すらもあなたが起こしたものでなく「起こったもの」「起こるもの」だとしたら、そもそも「欲も含めてまるごとあなた」ということです。

釈尊はなぜ苦行を捨てたのか。

がヒントになるでしょう。欲も苦しみもあなたと一つと受容できるところに「欲に溺れない」、「苦にとらわれない」視座が生まれると思います。

それは「欲が起こらない」、「苦が生じない」ということではありません。

あなたが、スジャータの乳粥に出会うことを願っています。

中道を心がけてみよう

仏教には「中道」(ちゅうどう)という考え方があります。

ストイックに修行一筋にいくのも、欲望のままに享楽的にいくのも、どちらもNGなのです。

どちらかに偏ることなく、バランス良く仏の智慧を実践し、日常生活の中に活かしてゆく。
そんな生き方を目指してほしいな^^
くれぐれも無理は禁物ですよ。

かたよらない。
こだわらない。
とらわれない。

ですよ~

分かります。。

りんこ様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

何となく分かる気がします・・

どうしても仏教を学べば学ぶほどに、実践すべきことも増えていってしまいますので、結構しんどくなってくるのですよね・・

最近、実感しています・・

とにかくあまり無理せずに、できることから一つ一つ自分のペースに合わせて行うことが大切となります。あれもこれもとしてしまっても、逆に煩雑になってしまって、本来の目的から外れていくことも・・

りんこさんも、本当は苦しみを無くすための仏教の実践であるはずなのに、苦しくなってしまっていては、まさに本末転倒・・

少しずつ、焦らずにです。

参考までに、怒りを少なくするには、「慈悲」を、欲を少なくするには、「空」を、自分のペースでそれぞれ是非、理解、実践していってみて下さいませ。

共に頑張って参りましょう。

川口英俊 合掌


質問者からの有り難し - お礼

ありがとうございました。
中道を忘れそうになっていました。
「スジャータの乳粥に出会う事を願っています」という素敵な言葉をありがとうございました。無理せず頑張ろうと思います。

参考まで書いて下さってありがとうございます。焦らず頑張っていきます。

吉武文法様、林 浩道様、川口英俊様
ありがとうございました。感謝です。

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