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何もかもが面倒で、何がしたいのか分からない

こんばんは。質問というかアドバイスなんかをいただければと思い投稿しました。

私はとある大学の3年生ですが、ここまで生きてきて、生かされてきて、自分が何がしたいのかよく分からなくなってきました。

将来的なこともそうですが、近々何がしたいか、直近で何がしたいかも分かりません。

普段からあまり人付き合いの多い方ではないですが、そこそこに人とは関わってきました。けれど、そもそもそこから疲れてしまって今は人とひたすら会いたくがないために大学を休みがちになってしまっています。

高校の頃や大学に入学したての頃は今よりかは活動的だったように思います。
絵が趣味だったので絵を描いたり、友達と遊びに行ったり、大学祭の実行委員なども経験したりしました。
しかし、体感で3年生のはじめの頃から、自分が何がしたいのかわからず、何をすべきと指摘されても出来ず、学校やバイトにも支障が出てきたように思います。

また、躁鬱の切り替わりが激しくなったようにも思います。楽しい雰囲気の場では自分も他と同じように楽しむ事が出来るように思うですが、その後自室に戻ると猛烈に自分が嫌になってしばらく誰とも会いたくなくなります。数分前まで暗い気持ちであったのに今は楽しくて、またその数分後には別の事で暗い気持ちになることもあります。
鬱の要因は現在や過去の自分の所作についてがほとんどです。
過去のことは忘れた方が楽になるとは聞きますが、過去を忘れられるほど詰め込めることもありません。

何をどうしたら改善するのでしょうか?
また原因はなんだと思いますか?
半年ほど前に母と祖母が続けざまに亡くなったのですがそれが原因でしょうか?(しかし母と祖母とは中学2年の頃から離別するようになり、里親の元で暮らしていたので、葬式などでも特に悲しいとは思いませんでした。)
生かされているのが苦痛でなりませんが死ぬにも手間がかかり面倒だと思っています。
カウンセリングにもいくつか行きましたがあまり効果はありませんでした。
とにかく何もかもが面倒です。何もかもしたくないけれど、そんなことを口に出したら四方八方からやんややんや言われるのではないかと今まで誰にも言えずにきました。
どうしたらいいですか?

生きる意味
有り難し 27
回答 3
回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。

私が知らない私の「したいこと」

おはようございます。

う~む、私はカウンセリングの専門家ではないのできちんとした原因はわかりかねますが、お母様とおばあ様の死は無関係ではないと思います。
たとえ表面的な悲しさを感じていなくとも、深層心理的にはそうではないかもしれませんし、また「身内の死」ということは別にしても「人は死ぬものだ」という事実に私たちは一種の悲しさ・虚しさを感ずるのではないでしょうか。

そして、「死」を前すると「どうせ何をしても無駄」という意識がはたらくかもしれません。
ここで「何がしたいのかわからない」とのことにつながります。

ですがそうした心理学的な考察はおいといて、「何がしたいのかわからない」というのは案外普通のことでは?と私は思います。そして人はつい楽な方に流されます。
その方向で私は何がしたいかと考えると「ただ寝てたい」「ゴロゴロしたい」「何もしたくない」となります。
これは非常に楽です。でもなんか空しいんです。満たされないんです。

で、少しなんか頑張ったりしてみます。人と関わったり、努力したり…。するとどうでしょう。やっぱりしんどいです。疲れます。とっても無理をしています。

しかし、何か楽しかったり、満たされる感覚もあります。

そして私は気づくのです。「ああ、わたしはこれがしたかったのだ」「こうなりたかったのだ」「誰かと出会いたかったのだ」と。

つまり、やってみなきゃわからないのです。
しんどいだけで終わることも多々あります。それでも稀に得られる喜びはそれまでに感じた苦しみを大きく超える尊さがあります。

ですから「何もしたくない」という気持ちはそれでよいと思います。ただその自分が気づいていないものがあるということを知っていただきたいです。それで周りの方々はあなたにやんややんやとはたらきかけるのかもしれません。

目先の楽を超えた大きな喜びを知ってほしくて。

最後に、ここまでこう話してきましたが、別に「何かをしなければならない」ということもありません。何もしなくたって別にいいんです。それなら徹底して何もしなかったらいいんです。でもそれすらきっと人間は徹底できない。何かをしたくなってくる。その時、あなたを突き動かすその思いに体をゆだねたらいいのだと思います。

回答僧

願誉浄史

したいことしかしないのは子供

子供は、やりたいことをやって、やりたくないことはやりません。
つまり、感情的な衝動に従って生きているのです。
しかし、大人になると、感情だけで行動する生き方から卒業した方が良いのです。

したいことがなくても、やるべきことはたくさんあります。
別にやりたくないけれど、法律で気まってるからやる、誰かと約束したからやる、家族のため、他人のためになること、社会のためになることだからやる、地球環境に良いことだからやる、等々。
理性による判断で生きてよいのです。
あなたは今まで、激しい感情に依存して行動していたから、大人になって激しい感情が落ち着いてきたときに、どうやって(何を理由に)行動してよいのかわからなくなったのかもしれません。
やりたいかやりたくないかではなく、やるべきことを計算してやってください。

あと、体調を整えてください。
早寝早起きを心がけ、朝ごはんは毎日食べてください。

積極的に参加すること

拝読させて頂きました。なるほどあなたのおっしゃるお気持ちは分かるように感じます。
ではあなたには人の為に尽くして頂くことをぜひおすすめします。
自分は何かの誰かの役に立つ為に生きているのです。
今あなやにその自覚がなくても目にはみえない様々なつながりの中で生かされています。
ですから今まで生かされてきたことに感謝なさり恩返ししていく為にもどうか人の為になることをこれから志してくださいね。
ボランティア活動や社会福祉活動の協力や子供達の面倒をみてはいかがでしょうか。
そのような活動を通してあなた自身を見直す機会ができます。
そして自分の存在価値を自分にも周りの方にも理解して頂く事になります。
精神的な事や肉体的な事や体力的なことでできる範囲は違いがあるでしょうが、できる限り積極的に参加なさってみてそして様々な方と交流なさってくださいね。


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