皆様に大変ご好評をいただき、ご質問が殺到しています。

回答が追いついておりません。お坊さんから丁寧にご回答いただくため質問受付数を制限させていただいております。大変申し訳ございません。

信じない

死について
有り難し 21
回答 2
回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。

またフック来た。

ループしていますね。いつもの拗ねた状態。甘えてるんでしょ?
甘えても構わないけれど、お茶菓子位しか出ませんよ。

信心

どうしたのでしょう?もう少し語ってはくれませんか?

ぴょんこさんが信じる信じないにかかわらず、事実は事実としてあります。それを法といい、真理といいます。

一般的に言う「信」とは、結局のところ私の「思い」です。

思いが事実に添うとは限りません。むしろ離れる事のほうが多いのでしょう。だから人間はやっかいです。

私の思い出はななく、事実を事実としてそのままただ聞く、それが「私の信」ではなく「賜る信」です。
仏様に私が信じられているのです。それを素直に受け取れるか、私の思いではねのけていくか…

私は誰かの願いを受け取って歩むということが力強いことだなあ、有難いことなあと感じます。
何も信じない歩みは心細いでしょう。誰かが私を信じてくれているのなら力がわいてくるでしょう。

ぴょんこさんの「不信」をも包む大きな「信」がはたらいていることに目覚めましょう。

みんな心配していますよ。

追記
プロフィールの件拝読しました。色々とあったのですね。でも今生きている、生かされている。思い通りにならないいのちを生かされているのです。
また何か思いがありましたら徹底的に吐き出してください。そしてこちらの話も聞いてください。自分の思いで今度は大丈夫だと思ったら、いやまた違ったの繰り返しなのでしょう。
丹下師がおっしゃられたことをよくよく読んでみましょう。自分の思いを捨てて、素直に耳をかたむけてみましょう。
もちろん、我々もぴょんこさんのお話を聞きますよ。


質問者からの有り難し - お礼

プロフィールと煩悩のところに書きました

吉武 文法 様
有り難うございました

佐藤 良文 様
有り難うございました

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