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愛猫がひかれたかもと思いながら

苦しく苦しくどうしようもない思考回路に陥ってしまいました。どうぞお言葉をください。

愛猫を飼っていました。
夜、外にいつも出かけていました。

昨日の夜、外からドン!という音が聞こえました。もしかしたら愛猫が車に?とよぎりました。部屋から一階に移動し部屋に愛猫がいるかみましたがおらず、さらに不安になりました。
でも、道路に横たわる愛猫を想像し、夜でもし何かあってもどうしてもやれない不安で外に確認しにいきませんでした。きっと明日はいてくれると。

しかし、今日の朝、愛猫はひかれて死んでいました。

わたしが昨日みにいっていれば、亡くなったけれど夜中寒い中、道路で1人にはしなかった。もしかしたら何か出来ていたのではと、後悔と愛猫に申し訳ない気持ちしかなく。
愛猫が苦しみ、鳴いていたのではないか、私は弱い人間だともう苦しくてなりません。
想像しては怖くなります。

わたしはどうすべきでしょうか。

身近な人の死
有り難し 12
回答 2
回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。
回答僧

鷲連寺

文世

お気の毒です...

拝読致しました。
お気の毒です...
私も小さい時から代々猫を飼っています。
その中には、境内でひかれて亡くなってしまった猫もいます。みほさんのお気持ちお察し致します。

猫って自分の死に際を飼い主に見せない事ありませんか?自分の死を察知するとどこかにいなくなる、といったような。うちの猫には有りました。不思議なもんです、長年、家族のように接してきたのに、なんでそうゆう大事な時にわざわざ姿を消すのか、と。きっと猫には猫なりの世界観があるのでしょうね。
みほさんが飼われてた猫も、もしかしたら、自分の愛する飼い主さんを気遣って、死にゆく姿を見せないように、ひかれてすぐの自分を見せないように見えない力を働かせてそうさせたのかもしれません。猫なりの愛情なのかもしれません。
今はただ、愛猫さんの生き様をそっと受け止め、ご冥福をお祈りして頂きたいです。急な出来事をすぐに100パーセント受け止める事は出来ないかもしれませんが、悲しむ時は悲しんでいいのです。散々悲しんだら、そっと受け止めてあげましょう。それが、飼い主の最後の愛情です。
時間がかかっても構いませんから、愛猫さんと共に生きた時間に感謝しながら、徐々に前を向いていく事も、愛猫さんに報いることになります。
同じ、猫を飼っている者として、ご冥福をお祈り申し上げます。

「わたしの」という首輪を外してあげてから供養しましょう

お気の毒さまでした。
世界中の何処の猫をつかまえても、あなたの猫は一匹もいません。
この世に「私のペット」になる動物などいません。
それぞれが独立存在です。
ネコにはネコの命の尊厳があります。
厳しいことを申しげますが、あなたのものではなかったのです。
だからと言って、当方動物嫌いではありません。
ウチの祖母は動物大好きで全盛期にはネコ10匹以上、犬わんさか、ニワトリ、ヤギ、孔雀、ハト、ムツゴロウ王国でした。
飼っていた犬が昨年なくなりました。
「埋めるのを手伝ってほしい」と父から電話があって、いってみるとその犬はすでに首輪を外されていました。首輪が外された状態で見るのははじめてに等しいものでした。
その時に感じたことですが、上記のように本当に自分のものになる動物はいないのだなぁと痛感致しました。
私「の」犬、私「の」もの、という「の」の字が首輪のように感じました。
犬は元々人間に所有されているという意識などありません。
ただ、人間だけが天地自然、天然自然の犬猫に対して、ペットとか、ウチで飼っていると思うだけなのです。
そのネコちゃんは本当に可哀想ですが、あなたのせいでもありません。
これを機に自身の動物に対する所有意識や愛着、執着の心をみつめ、首輪こそしていなかったでしょうが、そのネコに対する人間が動物をわたくししようとする意識「の」の字を外してあげてください。
仏教では諸法無我といい、あらゆるものは人間の見解がついていません。
「私の」という想いも人間の自我の意識が生みだした想念なのです。
きちんと手放して=心の首輪「の」の字をほどいてあげて、送り出すように供養してあげてください。
人間は動物を売り買いしてはならない、と。
私たちが売り買いされたら悲しいでしょうから。


質問者からの有り難し - お礼

有難いお言葉をありがとうございます。
愛猫が居なくなってから少し時間が経ち、落ち着いてきました。愛猫が道路で苦しく鳴き寂しく亡くなったのではと想像し、呼吸が苦しくなる程でしたがお言葉をいただき、冷静になり愛猫が安らかに天にいけるように願うことができました。少しずつ、家族と愛猫との楽しかった思い出を話せています。愛猫は必ず死ぬ。分かっていたつもりですがやはり辛いです。あの子はあの子なりに猫の人生を全うしたんだなぁと思います。
優しい回答、ほんとうにありがとうございました。

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