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祖父の死が信じられなくて苦しい

半年前、私をとても可愛がってくれていた大好きな祖父が亡くなりました。
80歳を超えていましたが現役バリバリで仕事をし、街の発展に尽力した人で、街の誰からも尊敬され、愛される、自慢の祖父でした。

私が小さいときには、公園に連れて行ってくれたり、一緒に昼寝をしたり。成人してからは、家に遊びに行く度に、様々な御説教をしてくれたり、小さい頃からの約束だった「祖父母と3人での海外旅行」をしたこともありました。

祖父は2年前に肺がんを患っていることがわかり、抗がん剤治療をしながらも、相変わらず街の為・人の為にと普段通りに生活をしていました。

私は今、仕事の都合で地元を離れて暮らしており、なかなか祖父母に会いに行く時間を作れずにいましたが、神社などで健康のお守りを頂いては祖父に送ったり、手紙を書いては電話で返事をくれる位に喜んでくれていました。

最後に会ったのは亡くなる3ヶ月程前で、その時の祖父は自転車に乗って威勢良く「仕事に行ってくる‼︎また遊びにおいで‼︎」という元気な姿でした。

ある日、母から「祖父が入院した」という知らせがありました。それまでに何度か検査入院などもしていたので、その時も検査入院か2〜3日で退院できる程度だと思っていました。

それから2週間後、「祖父が亡くなった」と連絡がありました。その時、大きな仕事を抱えていた私には、容態が悪い事を伏せてくれていたようです。連絡を受けて、とにかく必死でその日のうちに祖父の元に向かいました。

地元に着いた時には、もう祖父は棺の中で安らかな顔をしていました。祖父の葬儀でそこまで泣いている孫は見たことがないと言われる位に泣いて泣いて、泣きました。あの元気だった祖父の死が、半年以上経ってもまだ受け入れられません。

パパっ子だった私の母も、必死に前を向こうとしてはいますが、小さなきっかけで悲しく涙を流すのです。そんな母を見ると、私もとても辛く、地元には祖父の面影がありすぎるし、元気な姿しか想像出来ないのにどうして会えないんだろう…と苦しいです。

大好きだった祖父の死を受け止めるにはどうしたらいいでしょうか。
また、ありがたい事にとても仲の良い家族で、いつかは別れの日が来るのだと思うと辛くて悲しくて、その現実と向き合う事も出来ません。
前向きに明るく生きていくには、どのような心持ちで居ればいいでしょうか。

身近な人の死
有り難し 13
回答 2
回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。

祖父の愛の血脈を感じ、祖父の愛をあなたが生きる。  

立派な方だったのですね。
どうか、あなたがあなたのできる形でおじい様のやって来られた愛を広める活動をあなたの形で継承していってください。
「血脈」を感じるのです。
禅宗では血脈を重んじます。
多くの人は、戒名を授かる時に頂くお釈迦様からの家系図のようなものであると思っておられます。
私は禅宗でも悟りを重んじる老師の下で長く参禅しています。
長く参禅していると、その老師が説かれる悟りの内容が直伝されることがあります。
というより、誰にでも仏祖の血脈がもともと授かっているのです。
「げぇっ!」と感じて、全身がしびれました。
「血脈とはお守りや系図、モノと思っていたがそうではない。誰もが悟りの様子に目覚めることが出来るんだ!」と鳥肌が立ち、その精神の一端をここでもお伝えしております。
たとえば名画やクラシック、技術というものは制作者が亡くなった後でも生きつづけています。
名画はその絵を描いたその作品の素晴らしさを理解できる人間が必ずいます。
映画『バスキア』は必見です。
「おい、世界にこのゴッホの本当の素晴らしさを分かる奴は何人くらいだろうか…。」
わかるその人が継承者です。
私はエレキギターを弾きますが、世間ではあまり評価されない「フランダースの犬」のネロ君の絵のように評価されないまま、旅立ってしまったギタリストがいます。
また、まったく知られていないスゴい魂のギタリストがいます。
その人の凄さを理解できる人こそ、継承者なのです。
あなたはあなたのおじいさんの生きざまの継承者なのです。
あなたがもし仮に、歌手であるとします。
歌の中にもソウルが宿っている歌があるはずです。
その歌を歌い続けた人のソウルを感じ取ることが出来るはずです。
そして、これはさすがに凄すぎる。。。とても真似できない。。。という歌もあるでしょう。
でも、歌い抜いていく中でいつか同化する。
無我にして、その道を為し得た人のみが知ることのできる時空を超えた躍動、生命の躍動、血脈があなたの中にある事を知るでしょう。
あなたのおじいさんの血脈はすでにDNAとしても、共に過ごした記憶や頂いた愛のカタチとしても、すでに宿っています。
たいようが月を照らし、月が地球を照らすように、あなたも照らしてあげてください。
その時、別れはない、と気づくでしょう。

真心込めてご供養なさってくださいね

拝読させて頂きました。さぞ悲しいつらいことかとお察し申し上げます。
お祖父様が正しく仏様のお導きを受けて仏様のもとに生まれ、心安らかにご成仏なさることを心より仏様に願いお念仏させて頂きます。
南無阿弥陀仏
必ずやお祖父様は仏様に導かれて安心して仏様の浄土に生まれて親しいご先祖様方に巡り会い喜びを分かち合いながらご成仏なさいます。
あなたもどうかこれからも真心込めてお祖父様を思い出してお祖父様がご成仏なさいます様にとお念仏おとなえなさり、ご供養なさってくださいね。
あなたの願いは必ずや仏様に届きますからね。
そしてお祖父様にこれからもよろしくお願いします、どうか見守っていてくださいね、とお願いなさりながらご供養なさってくださいね。

またあなたがその生命を全うなさる時には必ずやお祖父様に巡り合うことができます。その時のお土産話しをたくさん携えて頂きます様これからの人生も明るく心穏やかに生きてくださいね。


質問者からの有り難し - お礼

心に染み渡るあたたかいお言葉をありがとうございます。何度もありがたく読ませて頂きました。

祖父の血脈(文脈より、簡単に言うと「想い」や「DNA」のようなものと解釈しました。)は、既に私の中にも宿っているのですね。
祖母や父、母の血脈も同様なんですね。

そう考えてみると、苦しみ悲しみが誇りに変わってくるような感じがします。

会えない事はやっぱり悲しいし、寂しいです。
でも、愛情深く、周りの人の為に力を尽くした祖父を誇りに思い、私に出来る方法でその「血脈」を受け継いで生きて行こうと思います。

ありがとうございます。

お言葉をありがとうございます。

供養…
具体的に何が正しいのかは存知上げないのですが、祖父を想い、仏壇や写真の前で手をあわせる事が今の私に出来る事なのかなと思います。

一生懸命に生きて、また祖父に会えた時に恥ずかしくない生き方をしようと思います。

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