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人と比べてしまう

どうしても他人と自分を比べてしまいます。
自分にないもの(物や趣味、特技、経験、交友関係など)を羨ましく思いがちです。

別に欲しいと思っているわけでもないし、自分に全く関係のないものなのに、持っている人とない自分と比べて考えてしまいます。

自分ならそれらをその人より、もっと上手くできるのではと優位にもの考えたり、私にはそれがないからなぁと劣等感を感じたりします。

そんなことを考えてる自分自身を、虚しく感じます。
人は人、自分は自分と分かっているのに・・・どこか割りきれないような感じです。

比べてしまう自分から変わるにはどうしたら良いでしょうか?

嫉妬・蔑み
有り難し 18
回答 1
回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。
回答僧

大慈

大きな自分

例えば、あなたが総合病院の院長先生になったとします。内科、眼科、婦人科、いろいろな分野があり、十人十色のスタッフが必要です。そこで内科という分野と眼科という分野を比べて何か益があるでしょうか?何もありません。人心が乱れるだけです。どちらが優れているかではなく、ただ適材適所があるだけです。

今度は視点を1ヶ所に絞ってみましょう。同じ内科の入院病棟の看護師さん。一番仕事ができる看護師さんが1人だけいれば職場が回るでしょうか?そういうものではありませんね。適正な人数が適正なシフトで職場を回さなければ、1日たりとも乗り越えられないでしょう。

何が言いたいか?『自分の範囲を広げましょう』ということです。

総合病院全体からすれば、十人十色のスタッフが適材適所で働いているなら、それは喜ぶべきことです。スタッフ1人1人のパフォーマンスの高さが、病院全体の質の高さに繋がり、ひいては院長である自分の誇りに繋がるでしょう。これは自分の範囲が自分個人ではなく、病院全体に広がっているということです。
だから内科の先生とか、外科のナースとか、事務、警備、清掃あらゆる他人であるスタッフの頑張りを喜べる。その成長や優秀さを喜べる…そういう所です。

でも、自分が『ウチの病院』 どまりであれば、よその病院に嫉妬するかもしれません。その時は地域医療であるとか、日本の医療、世界の医療という視点を持つことができるかを問われるでしょう。自分をもっと大きく、もっと大きく。

これ、仏教的な物の見方なんですよ。
人は人、自分は自分なんて考えは捨てましょう。大切なのは、割り切って区別することではありません。みんなみんな自分に取り込んでしまうことです。そして他人を存在のレベルで感謝できるかどうか…です。そのような方向に目覚めれば、きっと人生がグッと楽になると思いますよ。

さぁ、自分を大きくするためにお祈りをして、大きな自分の癖を付けましょう。
「願わくはこの功徳をもってあまねく一切に及ぼし、我らと衆生と皆共に仏道を成ぜんことを」
意訳すると、全世界の全てがみーんなイイ感じでありますように…という感じです。


質問者からの有り難し - お礼

ありがとうございました。

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