皆様に大変ご好評をいただき、ご質問が殺到しています。

回答が追いついておりません。お坊さんから丁寧にご回答いただくため質問受付数を制限させていただいております。大変申し訳ございません。

このお寺をどうすればいいのか、わからない。

関わっている寺院の改修について、どうすればいいのか判断出来ません。

強風と、境内の巨木の枝によって、瓦が落ちました。それを機に、本堂の屋根などを調査して貰ったら、全体的に老朽化していて、雨漏りも多数あるとのことでした。

さて、改修となりますと、当然ながら門徒様への「懇志」を必要とします。
その額は6桁を超えます。しかし、懇志をお願いする以前に、自坊から(宗費や伝燈奉告法要懇志 事務費を除いた上での)修繕費を捻出出来ません。
年間に頂く財施の合計も少なく、担保になるものも無いため、金融機関からの融資依頼も絶望的です。

また、老住職が寺務に無関心であり、門徒様からの説得にも一切応じる意思を捨てている為、お金も出されず、話になりません。

見積もり書をもらい、町内の総代様とお話しても、お寺側が動いたら動くというスタンスです。僕は、この問題から逃げたくて仕方ありません。雨風の強い日が来る度に、不安になります。放置して、良くなることなんて絶対にありません。

門徒様の中には「私らは年金生活だから、大金出せないよ」とか、先に釘を刺される方もいます。
それはそうですよね。
年金は減らされ、消費税は上げられ、保険料や固定資産税も高くなり、みんな生活を送るのに節約して、やっとやっとです。

高齢者でこれなら、お若い方々は違うのかと言うと、そうでないですよね。みんな生活苦です。自分の家の修理もままならないでしょう。

それらを思うと、果たして大金を出すのをお願いして、でも一方でお寺側はお金出せませんという形で、お寺の修繕費をお願いなんて、しちゃいけないんじゃないか?と思うのです。

私は、どうすればいいのでしょうか。
また、お坊様方は、お寺の修理を行う迄に、どのような御苦労をされましたか。宜しければ、教えてください。

お寺
有り難し 74
回答 5
回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。

逃げ出すよりも、ご門徒の皆さまと、このお寺で生き抜く覚悟で◎

現実問題、無ければ 無いの形を取るしかありませんよねぇ。一時的な雨漏り等の応急処置に留め、今後のことを、住職、責任役員、総代を中心に何度も話し合いを重ねていくしかありません。

私ね、これから先、最悪の場合、ご本尊と、小さな道場さえあれば、いくらでも 布教伝道していけると思っています。みんな、先祖は最初 そうやって、お寺を護持してきたのですから。
今ある形にこだわらず、最小限でも、護るべきものは何かを、皆さんで考えてみましょう。

また、日頃より、修繕費など 積み立てはしておられませんか? そう言ったことも含め、今一度、財政を見直してみましょう。
ご住職も、老僧では、御負担もあるでしょう。
あなたが、後継者であるのなら、あなたが指揮をとりながら、しっかりと お寺のこれからを、考えていく機縁にいたしましょう◎
まずは、理解者や 見方をつけて。

この問題は、どのお寺でもあることです。皆さん、それぞれにご苦労があるでしょうが、そのために、代表役員や責任役員、総代方がいてくださいます。皆さんのお知恵をおかりしましょう。
僧侶であれば、逃げ出すよりも、ご門徒の皆さまと、このお寺で生き抜く覚悟で◎

回答僧

一乗寺

真慧

参考になりましたら。

お念仏の道場の護持にお骨折り、大悲伝普化に心から敬意を表します。
目新しいことを書けませんが、宗門人のひとりとして知るところまでを記します。

◆梅雨の時期までの修復を念頭に、当面ねん出できる資金はないか。
・賦課金の減免、延納 甚大な災害等を除いて減免された例をあまり聞きませんが、まずは組長、教務所、次いで宗務所(寺院活動支援部)と相談。許可なく未納・延滞が続く場合は、いくつかペナルティが存在します。教務所に確認してみて下さい。

・伝灯奉告法要懇志の延納、および回避。 今般の懇志は義務負担金ではなく、任意である点はお伝えします。・・・ただし、組・教区単位で勧励期間内の完納による助成金増額があるため、一部の寺院が未納、延納となることを組長や副組長さんにご相談ください。

・加入している火災保険に、倒木などの自然災害は保障されていないか。一部でも保険で賄えるのなら、問い合わせる価値はあります。

・自然災害による寺院建物等の被害には、組、教区等の災害積立から見舞金や、宗派の貸付金があります。適用条件は簡単ではないですが、貸付金などは事情を勘案してくれる場合もあります。いずれは返済しなければなりませんが、銀行融資よりはハードルは低いです。

余談ですが、地元選出の宗会議員さんにも貴院の窮状をお耳に入れつつ、宗会の場でかかる諸問題への対応を投げかけてみてはいかがでしょうか。

以上、宗派の内部事情も記しましたが、公表されているものです。役員さんにも上記のような可能性があることは承知していただいても良いと思います。

回答僧

圓常寺

聖章

お寺の補修は大変ですよね。
宗派はわかりませんが、例えば、
先ずはあなたのお寺の所属する教区のお寺の方達と相談してはどうでしょうか?知恵を借りましょう。

補修の見積もりはできれば3社、少なくとも2社から取り、金額と補修内容を比較検討しましょう。

資金はお寺からなるべく出すことは勿論ですが、県内やあなたの知り合いのお寺に寄付をお願いしましょう。見積もりに寄っては日本中の同宗派のお寺に寄付のお願いの手紙を出してもいいでしょう。協力してくれるお寺もあるかもしれません。
そして本山にも融資をお願いしましょう。
例えば浄土宗は融資制度があるので、あなたの宗派にもあるかもしれません。
ただ融資をお願いする額はあなたの寺の収入を考慮して返済できる範囲で相談しましょう。
それでも足らなければ修理業者への支払いを分割払いにしてもらうようお願いしてみてもいいと思います。
それでも不足する分は檀家さんにお願いするしかないでしょう。
檀家さんから財施を頂くのですから、あなたは反対に法施と無畏施をしっかり与えなければなりませんよ。

それにしても住職が率先して行動しなければならないのですが、ご高齢なのでしょうか。
ご住職にもできる範囲で協力してもらいましょうね。

お寺を維持するための仕組み作り

サラリーマンを36年間経験し、専従の住職を8年間経験した僧侶です。建物老朽化の問題はお寺だけではなく、どこも経験することです。個人の場合は生活設計を考えて戸建て、賃貸などの選択をします。企業の場合は耐用年数に合わせて減価償却費を積み立てます。また、万一に備えて保険にも加入します。
お寺も本来は同じ考え方を持たなければならないのですが、み教えを伝えることに重きが置かれる傾向があり、お寺を管理運営するという意識が薄れています。私は退職した時に退職金も含めすべての財産をつぎ込んで修繕に力を入れました。その時に感じたのは、お寺と言えども五十年後百年後に存続しているための方針を持たねばならないということでした。
その前提として、なぜこのお寺を存続させる必要があるのかということを自分自身で納得しなければなりません。それがなければ、やり抜くという覚悟が出来ません。
本堂を守るという覚悟が出来たなら、まず雨漏りを修理しましょう。その時自分の目で瓦の具合、垂木・下地・天井の状態を確かめておくことも必要です。10年単位くらいで必要な修理をピックアップし、檀家の方と相談しましょう。当面は、最低限の修理に留めお寺の経費で賄って下さい。
次にお寺の決算書と予算書を作りましょう。宗教法人の収入支出を全て書き上げ、檀家の方に見てもらいましょう。檀家の方の中には企業会計に詳しい方もおられると思います。改善点や留意点を聞き出し、メモしておきましょう。収入予測をもとに支出計画を立てるわけですが、その中に当年度の修繕費を組み込みます。
本堂新築や大修理は、葬儀のお布施などを年度予算ですべて使うのではなく一部を積み立てておき、その事業を行なう時に充てるのが理想です。そうすればそのたびに寄付を募ることなく対応出来ます。
私のところは今のところ50年後に本堂を建て替える計画を持っています。時代の風潮としてお布施が高いという感覚を持っておられる方が多いのですが、伽藍の維持管理のための費用が含まれていることを丁寧に説明すれば、ご理解いただけると思います。先に回答された中田様がおっしゃるように、私もご本尊と道場があればいいと思っています。まずあなた自身がどうしたいのかを決めて下さい。お寺は零細法人ですから住職次第でどのようにでも変わります。合掌

回答僧

けんじゅ

背負いこみすぎないように。

天曇マン様
こんにちは。拝見させていただきました。ご法義相続お疲れ様でございます。

環境は違いますが、私は伽藍も経営も文字通り傾いたお寺に入寺した者です。本堂修繕の話はありましたが、お寺には一切資金がありませんでした。ただ、私は特に立て替えなければならないとあまり思っていませんでした。ボロならボロでやれば良いし、門徒さんがそのままで良いというのならそれで良いじゃないかと思っていました。壊れたら壊れた時ですしその時はプレハブで良いと思っていました。ただ、本堂で法要をしている内に立て直さなければという声が門徒さんの方から生まれてきて最終的には新しい本堂建設となりました。

私も門徒さんの生活を考えれば寄進を勧めるのもどうかなという気持ちはありましたが、逆に考えれば相手の懐具合を詮索する失礼な事で、お金を寄進したいという人は実はたくさんいます。ただ、住職なりがお膳立てとしてもお願いする形をとることで喜んでくれる方っているのです。体裁上「お願いされたから」という形をとれば寄進したい人ってたくさんいるのです。そういう気持ちをくみ取るのも僧侶の仕事だなと感じさせられました。

お寺が全部背負うことなんてないと思います。「私が」寄進をお願いするのではなく、金額をお知らせするのです。納めるかどうかは本人次第です。ただお寺の事を門徒さんに知ってもらうことは必要です。「なんで言ってくれなかったんだ」とならないようにだけすれば良いと思います。

いいじゃないですが潰れたら潰れたで。お寺に関心がない門徒しかいないならそもそも立派な伽藍があっても仕方ない。寺の事を考えない老僧との間に入って苦しむことなんてないじゃないですか。それこそ出来る範囲は僧侶として一生懸命させていただいて、変えられない範囲は仏様におまかせしましょうよ。


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