皆様に大変ご好評をいただき、ご質問が殺到しています。

回答が追いついておりません。お坊さんから丁寧にご回答いただくため質問受付数を制限させていただいております。大変申し訳ございません。

婚約者の自死2

前回は、ご回答ありがとうございました。

あの時に比べ、彼の死を受け入れることが出来てきてるのかなぁという気がします。

しかし、とてもさみしいです。
ご飯を食べたり、気分転換に出かけてみたりすると、すこし気が紛れるのですが、ふと1人になったとき、寝る前、起きた時等に、すごくさみしい気持ちになり、気分がすごく落ち込みます。

彼はいま何をしてるのかなぁ、成仏できてるかなぁ、会いたいなぁ、等と考えてるうちに、寂しくなり、涙が溢れます。
そして、あの時に戻れたら…等と想像したりして、もう元には戻れないし、彼は帰っては来ないと思ってまた悲しくなります。

ひどい時は、こんな寂しさ耐えられないから、いっそ死んでしまおうかとも考えるのですが、わたしには無理です。

このように、気分が落ち込んだ時は、どうしたらよいでしょうか?

身近な人の死
有り難し 20
回答 4
回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。

お念仏をお勧めします

私は浄土宗です。
お寺へ行って、お坊さんに頼んで…とかは不要です。あなたが行動すればいい。あなたの口で「南無阿弥陀仏」とお唱えしてあげてください。
いつまで?飽きるまでです。
あなたのお気付きのように、気持ちは移り変わります。淋しい時もあり、気が紛れている時もあり、子どもの笑顔に気づいて慰められたり、嬉しくなったりする。「どれが本心なの?」ではありません。どれもが本心、移り変わるのが本心です。
ですから、ご質問は「こういう気持ちが湧き上がった時、どの様にしてやり過ごせばいいですか?」であると解釈しました。それが最初にあげた「お念仏を称える」です。行動を、行為を続けることで、気持ちは変化していきます。そして気持ちが変化していく自分もまた、受け入れてあげる。決して薄情とかではなく、自然な姿です。
前回の問いのお答えに、「七日ごとのお勤めがあるようならば、ご一緒させていただいては?」とありました。初七日、二七日、三七日…と進んで七七日が四十九日までのお勤めです。日常の中に、定期的に「彼を思い出す時間」を作る。これは裏返すと、「その時間が終わったら、日常生活に戻る」という練習でもあるのです。

仏様のもとにいらっしゃいます

拝読させて頂きました。本当に悲しい思いをなさりながら毎日をお過ごしなさっておられることでしょうね。今でもその方の死を受け入れることは大変つらいことでしょう。あなたのお気持ちを心よりお察し申し上げます。
その方はもうすでに仏様の元にて心安らかになられていらっしゃることでしょう。そしてご成仏なさっておられることでしょう。

私もその方が仏様のもとにて心穏やかに安らかにいらっしゃるようにとお念仏おとなえさせて頂き仏様にお願いさせて頂きます。
南無阿弥陀仏

必ずその方は仏様のもとにて安心なさっておられます。そしてあなたや親しいご縁のある方々を心安らかに見守ってくださっておられます。
あなたがその方を想う時や思い出す時にはいつでも手を合わせて真心こめてご供養なさってください。そして心からその方にあなたのお気持ちをお伝えなさってください。
さびしい思いはそのさびしさをお伝えなさり、辛い思いはそのつらさをお伝えなさってください。お気持ちが落ち込んでしまっているならばそのお気持ちをそのままその方に心からお伝えなさってください。
あなたの思いをその方は必ずお受け取りなさってくださいます。そしてあなたの心の声にいつも寄り添ってくださいます。あなたの心にいつでもいらっしゃってくださいます。

そしてまだ先のことですがあなたが生命を全うする時は必ずその方に巡り合うこととなります。そして再会を喜びあうことでしょう。それまでその方はいつもあなたをお見守りなさってくださっています。

もしもあなたがその思いを直接どなたかにお話しなさりたい時には自死遺族の分かち合いの会等に参加なさってみても宜しいのではないでしょうか。
私も東京でその様な会に参加させて頂いております。
http://www.bouzsanga.org/
もしも機会ございましたらご参加なさってみてくださいね。
またいつでもあなたがご自分の思いをここに記してくださいね。
あなたの思いを教えてください。

いつでも私たちはあなたをお待ちしておりますからね。

生死を思いで片付けない

私の思いの外にも世界は開けてるみたいです。
こうだったらいいのになぁ、とか、こんな世界いやだ!…とか、思いはいろいろ主張してきますが、そんな思いとは関係なく、自然は静かです。山も川も木々も静かで、何も主張しません。

人間は、そんな自然さえも、良い悪い、好き嫌いと評価しますが、それでも自然は文句も言わず、ただただそのまんまです。

実は人間も自然です。この体の働きを見てみれば分かります。自然以外の何者でもありません。そして生を全うし、思い手放して、また自然に帰ります。この私もそうです。この体が働かなくなれば、思い手放しで自然に帰ります。

思いで量ることのできない世界のほうが大きいです。広いです。本来は私たち人間も、そっちで生きてるんだと思います。広いほうで。広く生きていきましょう。思いの外に気付いてみましょう。

仏様のもとにいらっしゃいます

拝読させて頂きました。本当に悲しい思いをなさりながら毎日をお過ごしなさっておられることでしょうね。今でもその方の死を受け入れることは大変つらいことでしょう。あなたのお気持ちを心よりお察し申し上げます。
その方はもうすでに仏様の元にて心安らかになられていらっしゃることでしょう。そしてご成仏なさっておられることでしょう。

私もその方が仏様のもとにて心穏やかに安らかにいらっしゃるようにとお念仏おとなえさせて頂き仏様にお願いさせて頂きます。
南無阿弥陀仏

必ずその方は仏様のもとにて安心なさっておられます。そしてあなたや親しいご縁のある方々を心安らかに見守ってくださっておられます。
あなたがその方を想う時や思い出す時にはいつでも手を合わせて真心こめてご供養なさってください。そして心からその方にあなたのお気持ちをお伝えなさってください。
さびしい思いはそのさびしさをお伝えなさり、辛い思いはそのつらさをお伝えなさってください。お気持ちが落ち込んでしまっているならばそのお気持ちをそのままその方に心からお伝えなさってください。
あなたの思いをその方は必ずお受け取りなさってくださいます。そしてあなたの心の声にいつも寄り添ってくださいます。あなたの心にいつでもいらっしゃってくださいます。

そしてまだ先のことですがあなたが生命を全うする時は必ずその方に巡り合うこととなります。そして再会を喜びあうことでしょう。それまでその方はいつもあなたをお見守りなさってくださっています。

もしもあなたがその思いを直接どなたかにお話しなさりたい時には自死遺族の分かち合いの会等に参加なさってみても宜しいのではないでしょうか。
私も東京でその様な会に参加させて頂いております。
http://www.bouzsanga.org/
もしも機会ございましたらご参加なさってみてくださいね。
またいつでもあなたがご自分の思いをここに記してくださいね。
あなたの思いを教えてください。

いつでも私たちはあなたをお待ちしておりますからね。


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