皆様に大変ご好評をいただき、ご質問が殺到しています。

回答が追いついておりません。お坊さんから丁寧にご回答いただくため質問受付数を制限させていただいております。大変申し訳ございません。

子供に伝えるべきか

はじめて質問させて頂きます。長くなりますが、よろしくお願いします。
2年前,27年の結婚にピリオドをつけました。そしてその間8年程お付き合いしてた方と正式に入籍しました。
 
さかのぼれば、私の生い立ちは貧しく複雑な家庭で父親は外国から日本に渡って来た人で母親は再婚者でその間にうまれたのが私です。今思えば両親の愛情表現はゆがんでいたように思えます。特に母親はそれがきつかったです。しだいに私は両親に反発しました。
結果、両親が決めた人と21才で結婚しました。
数回会っただけで遠方に嫁いだのでとても孤独でさみしくなじめませんでした。
前の主人の家は親兄弟で会社をし常に親兄弟が第一でした。
本当に慣れませんでした。私が心を開けなかったのです。 
ただ二人の子供は愛おしくその時はがむしゃらに育てました。

子育てもひと段落した頃に今の主人と出会いました。

それから数年後、水を流されたように一変したのです。
私に乳がん発覚、突き落とされました。
その治療中に家族の見えなかった部分がすべて露呈したのです。
生きなおそうと思いました。いきなおしていいと思いました。
今の主人はそれらを全部くるんで私を引っ張ってここまでつれてきてくれました。ここまでにはたくさんの葛藤がありました。それらを乗り越えここまできました。

ただ私は忘れ物をしているような気持ちなのです。

あんなに嫌だった日々が愛おしく思え、すべてが許せたのではないかとか、私がもっとしっかりしていたら、とか。一番ひどく勝手な人間は私だった、とか。
うわべだけの家庭を作っていた事に全く気が付かなかったのは私だけで…
 
再婚した事子供達、と言っても社会人ですが、知りません。
今の主人が子供に会う事を許しません。それは、ある長男の非行が原因です。長男の非行に走った気持ちも私が気付いてやれなかった。
そんな長男も良き伴侶に恵まれ夏に子供が生まれると連絡がありました。

会いたいのです。
そして謝りたいのです。でもその勇気がないのです。

毎日幸せなはずなのに、生きなおすと決めたはずなのに、涙がでるのです。
こんな中途半端な気持ちで今の主人に申し訳なく思うのです。
話が長くなってすみません。
もっとお話ししたいですが、まとめて思いの丈書かせていただきました。

どうかよろしくお願いいたします。

家族親族
有り難し 45
回答 3
回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。

やり直しのきかぬ人生ではあるが見直すことはできる

お抱えになっていた思いの丈をお聞かせいただきました。そして今までの人生を振り返ってお気づきになった大事な視点をお聞かせいただきました。

何というか、うまく言葉が出ません。思わずお念仏がこぼれました。読んでいてグッと感じるものがありました。私としてはmeloさんはもうきっと大丈夫だと感じました。

>「一番ひどく勝手な人間は私だった」「 うわべだけの家庭を作っていた事に全く気が付かなかったのは私だけで… 」

これらの言葉が出たことで、meloさんの生き方は180度転回したのです。不幸を周りのせいにする生き方から、ご自身の主体性を見出し責任を引き受けてご縁の中を力強く生きていく生き方に変わったのです。正に仏道に立った瞬間です。

何が正しい正しくないとか、誰のせいとかそうじゃないとか、そうではなく、「全てのご縁は私と無関係ではなかった。」「幸・不幸を分別する物事のとらえ方は私の内側に大きな原因があった。」という事実です。

タイトルの言葉である「やり直しのきかぬ人生ではあるが見直すことはできる」とは浄土真宗のある有名な僧侶が残した言葉です。

meloさんは人生を見直す視点をいただいたのです。

これからはその視点に立って今のご主人と幸せに生きるのみです。私たちはアドバイスで色んな事を言います。しかし決めるのはmeloさんです。

自分の罪悪感を晴らすためとか、心をスッキリさせるためとか、それだけじゃなく、今のご主人と幸せに生き直すために必要だと思うことをしましょう。

そのためにはお子様に会うことや謝罪することが必要なら、なんとしてもご主人に説明して機会を作りましょう。

どうするべきかはmeloさんが決めるのです。どんな決断でも仏道の視点に立ったmeloさんの選択なら大丈夫だと思います。

ご主人とmeloさんの幸せ
meloさんとお子様の幸せ

どれもかげがえのないものです。お子様との詳しい状況はmelo様にしかわかりません。しかし、子にとって親はいつまでたっても親でしょう。もし、お子様にとっても母であるmelo様との関係において何かしらの整理が出来ていないのであれば、どちらかから何らかのアクションをしてもいいのかもしれません。

正に自分の勝手だけでなく、それぞれの幸せを考えて、とるべき行動を選択していきましょう。
またいつでもお話しに来てください。

忘れ物は、そっと置いて行きましょう。

拝読させていただきました。
あなたの半生は、ご自分の意志で歩けなかったのですね。

大変苦労されたと思いますが、辛抱してこられたからこそ、meloさんの今があるのだなと、私は思います。

もっと家庭を顧みれなかったのだろうか・・・・
もっと子供たちに何かしてやれたのではなかろうか・・・・
自分だけ幸せになっていいのだろうか・・・・

罪悪感を感じられる気持ちは分かります。

しかし、過去の出来事に目を向けられるようになったのも、ご自分の意志で歩けるようになり、視野が広がった結果です。

あなたが大病を患い失意のどん底にあった時、手を差し伸べられたのはご主人です。
そのご縁で、あなたは自分の力で人生を歩いていく決意をされたのですね。

ということは、ご主人に出会わなければ、忘れ物の存在すら一生気づかなかったかも知れません。

忘れ物は、もう取りにいけません。
過去には戻れないのです。
置いて行ってもいいのですよ。

ご主人は、過去のあなたもすべてひっくるめて愛しておられます。
それなのに、あなたが自身の過去を許せないでいるのは、いかがですか?

あなたは、精一杯やってこられました。
私は、お子様に対し「謝る」のではなく「感謝の気持ち」をお持ちいただくほうが、よいのではないかと思います。

お子様に伝えるべきか、とのことですが、私は伝えたいことはすべて伝えられてもいいと思います。
ただし、ご主人に理解していただいてからのほうがよいでしょう。

なぜなら、あなたを導いてこられたご主人だからです。
共に生き、共に分かち合う人生を歩んでください。

手紙に書いて引き出しの奥に閉まっておきましょう。

meloさん、こんにちは。

離れた子供たちに申し訳ないの思いがあるのですね。
人生はいろんな苦難があって今があります。そして一度したことは二度とやり直しはききません。そのことを人生経験として背負った上で、あらたに生きるしかないのです。
今は幸せなんですから、今の幸せに感謝して、そのことを生きて行きましょう。
 そして子供たちへの思いが整理できないのであれば、手紙にしたためて出さずに、引き出しの奥に閉まっておきましょう。謝ることも愛ならば謝らずに過ごすこともまた愛なのです。
 
 今を力強く生きてください。もしあなたの思いが天に届くならばまたお会いできる機会も将来あるかもしれません。その息子への思いがもてることが仏様は喜んでくれるのですよ。

合掌


質問者からの有り難し - お礼

早速のお返事拝読させていただきました。涙で読めず何度も目を凝らし読みました。本当にありがとうございます。これらのお言葉を胸に納めまた今日を明日をきちんと大切に生きていこうと思います。お話しして本当に良かったです。心から感謝いたします。

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