皆様に大変ご好評をいただき、ご質問が殺到しています。

回答が追いついておりません。お坊さんから丁寧にご回答いただくため質問受付数を制限させていただいております。大変申し訳ございません。

この世の失敗は来世で

今までの人生経験から学ぶことがたくさんあるのですが、生きているうちに活かせない経験は来世で活かすことはできないのでしょうか。
そうでも思わないとやりきれません。

生きる意味
有り難し 11
回答 1
回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。

私を学ぶ

おっしゃることはよくわかりますが…

Moco様は過去世の経験を今生で活かせてますか?

そういうことだと思います。

「今までの人生経験から学ぶことがたくさんある」とのことですが、「今」生かせない経験とは?「今」活かせない学びとは何なのか?そこを考えてみる必要がありそうです。

今までの学びは本当の学びだったのか?

と価値観が崩れる所が仏道のスタートです。

なお、Moco様が活かせていないと思う学びも経験もMoco様の今にはたしかに活きていると思いますよ。

人生に無駄はありません。

三帰依文(さんきえもん)の冒頭に

「人身受け難し、いますでに受く。仏法聞き難し、いますでに聞く。この身今生において度せずんば、さらにいずれの生においてかこの身を度せん。」

とあります。

私たちは知らないことを知るという学びにおいて、様々な知識や経験を身に付け、何か自分が大きくなった様な気がしてきます。それこそ「これを活かせないなんてもったいない」とも思います。

しかし、「ヤドカリがヤドを自分だと言い出したらおかしいでしょう」とおっしゃった方がおられます。いくら学んでもそれは私ではないのです。私ではないものは何一つ持っていけません。
私たちはヤドを大きくする学びではなく、自分とは何かを知る学びをこそ学ばなければなりません。
それは賢くなる学びではなく、我が身の愚かさを知る学び…すなわち仏法です。

今生において私たちは人としての身を受け、仏法に私を学ぶ機会をいただいているのです。この今生という絶好の機会を共に活かしてまいりましょう。


質問者からの有り難し - お礼

自分とは何かをしる学びとは難しいですね。あのときこうしていれば、ああしていればと考えてしまうのですが、それでは欲どしいかもしれませんね。
質問してみて良かったです。

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