皆様に大変ご好評をいただき、ご質問が殺到しています。

回答が追いついておりません。お坊さんから丁寧にご回答いただくため質問受付数を制限させていただいております。大変申し訳ございません。

怒りの手放し方を教えて下さい。

おはようございます。以前職場で「話し方が先輩から上から目線だ」と言われる件でご相談致しました。

その後、ご指摘戴いた事に留意し勤務を続けておりましたが、どうにも大人のいじめにしか思えなくなり、体調も崩してしまったので退職しました。職場は某市役所内の外部委託の電話交換でした。

いじめと思ってしまった例として
・電話を取らせてもらえない
・たくさんかかって来た時は取らせて貰えるが、応対終了後、教えても貰っていないことでネチネチ怒られる
・何かにつけて、揚げ足を取られる
・自分だけ、引継ぎ事項を教えてもらえない
・何度も「体臭がひどい。みんなそう思っている」と指摘される←ここで頑張ろうと言う気持ちが切れました。

退職しても市内には住み続けるので、折に触れて仕事のことを思い出します。

新人が気に入らないと、私と同様に辞めさせるよう仕向けているようで、常に求人をしています。

何で、税金を使ってあの人達のストレス発散場を与えているのか、不思議ですし不愉快で仕方ありません。

市役所の総務に相談しようとも思いましたが、こんな事で気持ちを削るのもな・・・とも思います。

この怒りは手放すべきだと思いますが、方法が分かりません。

何卒アドバイスを戴きたく、よろしくお願いします。

怒りを抑える
有り難し 47
回答 3
回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。

「ワタクシ」というフェルターを介さなければ怒らない。

「オコッチャヤーヨ」といったお坊さんがいました。あ、志村けんでした。
怒ると怒りの負のエネルギーで自縛するから怒らない方が良いのです。
怒りは自分の正義の押しつけです。
怒っちゃったことはいまさら取り返しつきません。もう怒らなかったことにはなりません。
だから、今日から明日から、今後怒らない生き方をマスターすることです。
その為には、
①マイルールを持たない。
②期待を無くす。
③人に高い人間性を求めない。
④オレルールを人に適用しない。
⑤すべてわが師となす。
⑥ただの出来事としてそれをみる
⑦自分の理想ストーリーを持ち込まない
総じて「わたくし」しないことです。
🎸
私はギターを弾きますが、エレキギターはただアンプにつなぐだけではクリーントーンといって、ロック風なサウンドにはなりません。
すぐれたプレイヤーは生音で勝負ができます。
いわゆるロックサウンドはアンプの「歪み(ひずみ)」のレベルをあげるか、エフェクターと言うギターとアンプの間にフィルターとして❝かませる❞機械=エフェクターを使用することで音が変わります。ちょぃ~ん♪
激しいロックサウンドにするにはディストーションやオーダードライブというエフェクターを使用します。
オーバードライブという言葉はジョジョなどでも知られていますね。
するとギターを弾いた時、エフェクターがフィルターになってエフェクト(効果)が、かかってアンプからじゃぎ―ん!♪というロックなサウンドが出る訳です。
さて、人間も同じです。
「怒り」というのは、自分というエフェクターがかかってしまっているのです。
素の自分であれば怒りは出ません。条件付けが無ければ怒りは生じません。
人間は、本来クリーントーンなのですが、
ワタクシ、オレルール、オレはこうすべきだ!、オレは正しい、おれは間違っていない!というエゴエゴ・エフェクターをかけてしまうと、本来の音、クリーントーンではなくなってしまうのです。
その職場に、ノンエフェクトのお釈迦様や高僧がいたらどう反応するでしょうか。
あなたほど問題にはならないでしょう。
自分がインプット、アウトプットをする時に❝なにか❞がそこにエフェクターとして働いています。それを感じ取れればあなたは変われます。
怒りは自分が自分の意志で作り出しているのではなく、自分があらかじめ設定してるものがあるから生じるだけです。

この経験をどう捉えるかです。

前回の質問も拝読いたしました。
回答されたお坊様の言葉を取り入れ、自分なりに精一杯頑張ってこられたのです。
もうこの事で悩まれても仕方ありません。

それにしてもヒドイ扱いを受けられましたね。
特に体臭の件については、精神的に未熟な方だなと感じました。

あなたは被害を受けたと感じられていますが、それは当然の事でしょう。
しかし、このような方は、なにも言ってこれない立場の人や、言い返せない人に対し「自家製の価値」を押し売りしてくるのです。
「すごいだろう」と。
それによって得られるものは「優越感」です。

あなたは先輩の欲求を受け入れてあげただけで、むしろ与えた側の人間です。
「クレクレさん」に価値を与えてあげたのです。
中身のない価値ですが本人は喜んでおられることでしょう。
被害を受けたのに与えたなんて変な話かもしれませんが、客観的に見て少なくとも私はそう思いました。

今後も先輩は新人に対し、歪んだ価値を押し売りし、優越感に浸られる事でしょうが、もうたつきさんの問題ではありません。

しばらく腹が立つのは人間なので仕方ありませんが.....
今回の出来事は、先輩に価値を与えただけに過ぎない事、あなたの価値が無い訳ではないのだと認識し、この経験を活かして前に進んで下さい。

今回の職場は、たつきさんの居場所ではなかっただけ。
辞めた自分を否定しないようにしていただければと思います。

どうか、怒りからあなたを解放してあげて下さい。

 「怒りを手放す方法」とは…簡単です。手放すだけです…捨てるだけです…それだけのことです。
 でも出来ませんよね…手放したくありませんよね。怒りは生きるために必要だし、怒ることで生きていることを実感する。そういう感覚はあると思います。
 怒りは「自分は正しい」「自分は間違っていない」というプライドから生まれます。
 そして「プライドの高さは、そのままコンプレックスの深さ」なのだそうです。
 子供達とよく遊んだことで逸話の残る良寛和尚にはプライドがありません。そしてコンプレックスもありません。自分の心による自身の束縛がありません…自由です。
 あなたはもう退職をされました。今のあなたの怒りは「過去」の職場・同僚(上司)に対してのものです。
 怒ることで何か変わりますか。怒らないことではなく、怒ることで始まり 怒ることで継続するのは「怒りがあなたを苦しめ、弱らせ、生きづらくさせる」事実です。
 あなたを「最悪の場合には破滅にまで導く」怒りからあなたを解放出来るのは、あなた御自身しかいません。
 もう、充分です。前の職場のことは全部忘れましょう。もし忘れられないのなら、なぜ相手はあのような態度に出たのか、なぜあのような言動を返してきたのかを客観的に考えることの方がよっぽど大切です。
 そしてあなた御自身の言動について、客観的な意見を下さるお方はいらっしゃいませんか。またそういったお方に出遇えたら、その方のお話を一切の批判を交えず、「学ぶ」お気持ちで接してみて下さい。
 そこから得るものは多いと思います。
 そして、どうか仏の道、仏の御教えを求めてください。そこに本当の生きる道、本当のおすくいがあります。それだけは申し上げます。…どうか真剣に求めて下さい。
 その為にこのハスノハが存在します。その為に多くのハスノハ御僧侶方がいらっしゃいます。


質問者からの有り難し - お礼

まとめてのお礼で申し訳ありません。

ご回答ありがとうございます。
何度も何度も読み返しました。

期待をするから、その期待に沿わない結果になるとガッカリしたり怒りを覚える・・・普段そう思って生活しているのに、今回の件は例外にしてしまっている事に気づけました。

また、ことある事に皆様のご返信を読み返し、自分らしさを取り戻したいと思います。

ありがとうございました。

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