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受験で失敗してから

1年程前の第一志望の大学受験で失敗して、
地元の短期大学に滑り込んで通っていますが

どうしても、ズルズル引きずってしまいます。
普段は寝たら忘れるような性格ですが

これについては気持ちの落としどころが
わかりません。

大学に行きたいのは本音のところでは
家族とソリが合わず、
親もとから離れたいという理由が
特に大きかったのですが

現在は実家暮らしです。

学校でも偏差値も違う人が多く、
自分が偏った目で見ることもあります。

高校のときの友達は仲良くしていても
結局あなたは受かったものね、と
妬みがなくなりません。

親とはこの先、編入学ということで話をしていますが、自分にとって都合が悪い話を出されると

所詮大学落ちた人間だものね、と
卑屈になる自分がいます。

そんな自分が嫌で、卑屈になる自分も
仲のいい友人にそんなことを思う自分も
本当に嫌いなんです。

いつまでも引きずることでは
ないのでしょう。

ですが、編入試験に向けて
動き出そうとするとき、

地元に帰りたいと友達が言うとき、

家族と離れて暮らしたいと
強く思うときなど

様々な場面で、失敗が蘇ってきます。

長文、駄文、失礼致しました。

当時の失敗のことを考えたくないのですが
どうしたらいいのでしょうか?

後悔・自己嫌悪
有り難し 7
回答 1
回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。

「失敗」という経験を今後にどう生かすか

当時の失敗のことを考えたくないのですが
どうしたらいいのでしょうか?

現実から逃げても、何も生まれません。失敗した現実を受け入れ、次に進むべき道を決めて進むことです。

 私は第一志望校には合格できませんでした。でも、ダメもとで受けた難関校と呼ばれる大学に間違って受かってしまいました。運が良かったと思います。「ベストパフォーマンス + 運 = 合格」という結果に恵まれました。ところが、恵まれたことが、馬鹿な受験生を勘違いさせてしまったのです。その分不相応な大学を志望した動機はあったけど、「奇跡的に合格した」という結果だけに満足して、入学後の学習意欲はスッカラカン。麻雀と映画館とサークルのたまり場と居酒屋だけで過ごす大学生でした。大学で何を学ぶか、という本来の目的がどっかに飛んで行ってしまったのです。「人間万事塞翁が馬」という諺がありますが、私の場合、幸運に酔いしれた形で大学生活をスタートさせてしまい、勉学の目的を見失ってしまいました。『大学受験』http://hasunoha.jp/questions/4896

 人生には、通らなければならない関門がいくつかあります。大学入試のその一つかもしれませんが、それで人生のすべてが決まる訳ではありません。在籍する大学によって就職の有利不利がありますが、就職先だけで人生のすべてが決まる訳ではありません。卒業時、人気№1の企業に就職できたとしても、10年後20年後その企業が倒産したり経営危機に陥ったりすることも珍しくありません。仮に第一志望の大学で無くても、第一志望の企業でなくても、あなた自身の行動(仏教では、因と言います)とあなたを取り巻く条件(縁)によって、薔薇色の人生となることも有ります。
 今回、第一志望とは違った結果は本当に悲しくて悔しいと思います。後になって「第一志望で無かったことが自分にとって良かった」と思えるよう、頑張りましょう。失敗が自分を成長させてくれる。失敗が自分を目覚めさせてくれた。そう振り返ることが出来るよう、頑張って下さい。


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