皆様に大変ご好評をいただき、ご質問が殺到しています。

回答が追いついておりません。お坊さんから丁寧にご回答いただくため質問受付数を制限させていただいております。大変申し訳ございません。

これからの、老後の人生設計

これまで、何度か、いろいろ質問させて頂き、アドバイス、助言を頂き、感謝してます。
今回は、ふと、独りの時間になった時に、今後の、人生、老後の人生について、いろいろ、考えるように成りました。
今は、四人の孫達(間もなく。5人目の孫、誕生)に囲まれて、幸せを、実感、感謝しつつ、毎日を、過ごして、頑張ってます。
でも、孫達も、日々、成長する事を、願いつつも、思春期にも、なってくると、友達、又は、異性に夢中になっていくと、思うと、自分自身の、これからの、人生、老後の事も、真剣に、考えて、いかなければと、よく、思うようになりました。
よく、廻りの人からは、「貴方は、沢山の孫達に囲まれて、幸せだよね。」と言われる事が有ります。
確かに、端から見れば、幸せそうに、見えるでしょう。
でも、自分の心の中では、何か、葛藤が、日々、有るのも事実です。
これ以上の幸せを、望んでは、贅沢でしょうか?甘え、自分自身に対する、エゴでしかないのでしょうか?
今も、次女家族と、同居し、将来は、「父さん、新居も構えたら、父さんの部屋も、ちゃんと作るから、一緒に住もうね。」と言ってくれてます。感謝の気持ちで、いっぱいです。
しかし、今後の人生を、廻りに家族も居て、独りで無いのは、良く理解してる、つもりですが、不安だし、自分自身の幸せも、掴みたい気持ちも事実です。
今となって、亡き妻が、緩和ケアに居る頃、ふと、夜中に、「父さん、私の棺の中に、以前、若い頃、付き合ってた頃にしていた、交換日記が、タンスの奥に、有るから、一緒に持って行きたいから、忘れず、入れてね。」と言った事の意味を、最近、良く、考えるようになりました。
未だに、その答えが、見つからずに、居ます。
長文に成りましたが、今後の自分自身の、人生、老後について、善きアドバイス、助言を頂ければ、幸いです。
宜しくお願いします。

心構え・生きる智慧
有り難し 16
回答 2
回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。
回答僧

仙如

林住期を生きる

けん様

あなたの質問を読んでいたら、古代インドの理想的な人生観である「四住期」が思い浮かびました。

「学生期(がくしょうき)」 将来に備えて、学問、技術、教養などを身につける時期。「家住期(かじゅうき)」 勉学や訓練を終えて、職業を持ち家庭を営む時期。「林住期(りんじゅうき)」 その勤めも果たし、自然に向き直って自分自身の人生を静かに見つめる時期。「遊行期(ゆぎょうき)」 家を捨て死に場所を求める放浪と祈りの余生の時期。現代のライフサイクルだと「学生期」0~24歳 「家住機」  25~49歳 「林住期」50~74歳 「遊行期」75~90歳 に相当します。

50代は「林住期」に相当しますね。「老い」を意識したときに、自分が本当にやりたかったことは何なのか問いかける時期とも言われています。それまでは家族を守り、現実を生きることに必死で考える余裕もなかったからです。だから林住期を生きる人間は、まず独りになることが必要です。そして世俗を生きるために身につけてしまった「しがらみ」など捨てて簡素化していきます。断捨離です。ほんとうに必要なモノ、大事なコトは何かを見つめます。世間的な価値基準から脱却します。

人から見れば幸せな状況であっても、それは世俗を生きるためのものです。林住期を生きるあなたが真に望むものではないのかもしれません。娘さんがあなたを思って、いろいろしてくれても、満たされないのは求めるものが別次元のものだからでしょうか。感謝は溢れるほどあっても、それが存在を満たす幸福にはならない、それはエゴでなく人間のもつ本質的な希求のためではないかと思います。 贅沢でもなく、健全で自然なことではないかと思います。

あなたにとっての幸せはなんでしょうか?いま大切にしたいことはなんですか?常識的な価値基準や父親という枠組みから離れて考えてみてください。自由になることは悪いことではありません。新たなパートナーとの出会いもあっていいことです。終末期にあった奥様の言葉の意味も、価値や時空から解放された思索のなかで答えがみつかるかもしれません。

良き社会人として、家庭人としてきちんと務めを果たしてきたから、今の幸せがあります。でもこれからは、自分自身を生きるときです。よき林住期を過ごし、よき遊行期へと旅を続けていきましょう。林住期を生きる仲間として応援しています。仙如

感謝、感謝(>人<)

若い頃、厳しい修行にあけくれ、ついに悟りを開いた一休さんも、死の間際に「死にとうない」と、ぽろりとこぼしたとか。

人間、死に対する不安はどこまでもつきまといます。
平温な心のまま死を迎えられたら、こんなに幸せなことはないでしょう。

けれど現実は、日一日と迫ってくるその瞬間に、漠然とした不安を感じながら今を生きるしかないのです。
だからこそ、今ある幸せと、生かされている命に感謝して、今この瞬間を大切に生ききりましょう。
無駄なく自分の命を使い切ってしまいたいものです。


質問者からの有り難し - お礼

有り難う御座いました。
今、思えば、亡き妻の、墓前にも、「感謝」と言う二文字を、二人の娘とも、相談して、刻んでいる事を、思い出しました。
家族に感謝、亡き妻に感謝し、今一度、身近な、人に感謝しながら、今後の人生、これからな老後の人生を、邁進してまいります。
家族、皆の幸せあっての、自分自身の幸せだと、言う思いを常に、心に刻んで、亡き妻の分まで、健康に気を配り、長生きしたいと思います。

関連する問答
このページの先頭へ