私は生徒会に立候補してます。
前に給食当番という食器などを片づけたりする当番でした。
給食室へ食器を片づけに行ったあと教室に戻ろうとしたら同じ学年の子が食器&お米が入っていた箱を持っていてとても重たそうでした。
とても辛そうな感じだったので食器を持って、給食室に持って行ってあげました。
そしたら先生に呼ばれ
『○○さんは生徒会に立候補してるんでしょ?こういう事したら選ばれるために助けてあげたと私は思いました。他の人も思う人いると思うからやめなさい。』
と言われました。なのでなぜ手伝ったのかを説明したら怒られました。
選挙だからとかではなく重たそうだったから手伝っただけなのになぜ怒られなきゃいけないのでしょうか
これは私が悪いのでしょうか??
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
人は自分の心を投影して相手の心を想像しがちです。だから損得で動く人は、たとえ他の人が純粋な気持ちでやったとしても、損得で動いているように思ってしまいます。あなたは悪くないです。
純粋な人にしか純粋な人の気持ちはわかりません。^ ^
良いことをなさったと思いますよ。とても良いことです。ただ、選挙がからむと人はいろいろ面倒くさくなるのですよ…
中学生の選挙ということは2年生ですね。そろそろ知ってもいい年だと思いますので書きますが、大人の政治家の選挙になると、選挙期間中に夏でみんな暑いだろうからと「うちわ」を配ったら犯罪になるかもしれないのですよ。お金や物を渡して票を集めたとみなされるかもしれません。いわゆる買収とかワイロというやつです。
でも、うちわに取っ手とか親指を入れる穴を開けて配ったら「うちわ」だからダメだけど、丸い厚紙のまま渡したらビラとかチラシだから大丈夫なんです。馬鹿馬鹿しいでしょう?大人もみんな馬鹿馬鹿しいし、面倒くさいと思っています。でも、そうしないとワイロは防げないとも分かっています。大事なことでもあるのです。
こうして感情よりも法律(ルール)を大切にして間違いのないようにしていく国のことを法治国家(ほうちこっか)といいます。
でも、最近はルールばかり大切にしていたら納得できないから、感情も大切にしてほしいという人が増えています。それでやり始めたのが裁判の陪審員(ばいしんいん)制度です。ユメさんが良いか悪いかどうか決めよう!という話になった時に、私たちみたいな関係ない人が「私はこう思います」と言ってルールだけで決めないやり方です。詳しいことは社会科の先生の聞いてください。社会科の教科書に書いてあるかどうか知りませんが、こうして身近なことに当てはめながら勉強すると面白いですよ。
何の話でしたっけ?あぁ、そうそう、私の奥さんが千葉の人なので聞いてみたのですが、千葉はけっこうそういう事に厳しいお土地柄らしいですね。ユメさんがなさったことは、場所によって認められたり、認められなかったりします。いわゆるグレーゾーンというやつです。ルールを優先する所もあれば、思いやりを優先する所もあるからです。時代によっても変わります。大人になるにつれて、そういう場所の違いの中で自分を守っていくことも学んでいきましょう。
ユメさん
あなたは悪くありません。
そして、先生のおっしゃっていることも理解できます。
あなたはこの矛盾を抱えた出来事を通して
「何か」を学ぶのだと思います。
選挙前だろうと選挙前でなかろうと
困っている人がいたら手伝うということであれば
大変すばらしいことだと思います。
先生は何を言っているのだろうと思っておけばいいのでしょう。
ただ、ユメさんはその先生から
普段はしていないのに、選挙前だから
手伝っていたのだろうと認識されていたということです。
普段は特に何もしていなかったのに
選挙前に突然人を手伝い始めたのであれば
選ばれるためにしているのだなと
返ってマイナスに思う人もいるということです。
しかし、直接助けられた人は
有難いと思ってユメさんに投票するかもしれません。
最初からユメさんが記載されているように
“選挙だからとかではなく重たそうだったから手伝っただけなのになぜ怒られなきゃいけないのでしょうか”
ということであれば、何も気にせず続けていけばいいのだと思います。
ただ、先生からの一言によって
手伝いを躊躇する部分が出てくるのであれば
「選ばれるため」という心が湧いてきたということでしょう。
選挙というのは直前の活動も影響するとは思いますが、
それより以前に、人とどう関わってきたのかということが
大きいのではないかと思います。
健闘を祈っております。
「では先生は選挙前だからとか、自分が偽善だと思われるのが嫌だからということで、仮に本当に目の前に困っている人がいたとしても、助けてあげないのですね。先生はそれでいいのかもしれませんが、私はそういう生き方はあまり好ましいとは思えません。ご指摘いただきましてありがとうございました。参考にさせていただきます。」
といえば、話は終わりですが、もっと怒られちゃいそうですね(笑)。
大人は、自分の意見が一番正しいとか思いこんでいるだけですから、子供だってバカじゃないんですから、こりゃ間違ってるなと思ったら、大人のいうことだろうが信じちゃダメです。
そういう時は、その場で「ハイ」と素直なフリするくらいでいいのです。
そういう上から目線な先生は、反発する程そういうあなたに対して「生意気だ」と思って、眼をつけたりするでしょう。
私だったら「そうやって、お怒りになるという事は、先生の持論に対して反発をされたことが不愉快でお怒りになられるのでしょうか。子供もは黙って大人のいうことを聞いていればいいという上から目線なお気持ちがおありだからお怒りになるのでしょうか?その話を校長先生にそのままお伝えしましたところ、どのようなご意見を頂けるのか興味がありますので、明日の職員会議に参加させて頂いてもよろしいでしょうか?」とか、私は言っちゃいそうですが。(^<^)
物事の見方や解釈の上では、さまざまな捉えられ方があるでしょうが、困っていた人を助けたという真実に、良いも悪いも、善意も悪意もないのです。
仮にパフォーマンスであったとしても助けられた人は助かったのです。
助けもせずに口を出す人は何もしないくせに口だけを動かします。
あなたはそういう大人にならない様にしてください。
そして、そういう一面的なものの見方をされたことで、あなたは善意もそういう純粋な気持ちも傷つけられたという貴重な経験をされたわけですから、今後、そのように悪くばかり見る人がいたらそうではなく、他の面がある事を知らしめてあげてください。
私はあなたの行動は間違っていたとは思いません。
困っている人がいたら助けるということは、ごく自然なことだと思います。
しかし、考え方は人それぞれ。正しいとか正しくないとかではなく、違うものです。先生であっても正しいというわけではありません。間違ってもないですが。
ですから、選挙のことは、置いておいて、いつも通りの生活をしていたらいいのではないでしょうか。
何にも考えることないですよ。
先生の言葉にも囚われないことです。過去の話ですからね。