皆様に大変ご好評をいただき、ご質問が殺到しています。

回答が追いついておりません。お坊さんから丁寧にご回答いただくため質問受付数を制限させていただいております。大変申し訳ございません。

自己嫌悪

私はわがままで幼稚なのに、自分に自惚れているところがありました。イライラしていたので八つ当たりや相手を否定したり上から目線にはなしてバカにした態度をとり酷いことも言ったと思います。そのたび周りを怒らせ悪口言われました。
私は今思いどうりの人生が送れず自信をなくし、自分が嫌いでなりません。過去の自分を責めて今の自分も責め周りに嫌われてるんじゃないか心配になります。嫌われてるんじゃないか心配になり昔の友人に連絡をとったり、今の友人には自分に自信がないから好かれてるかわからないと言って怒らせてしまいます。あと周りを怒らせてばかりいる私は幸せになってはいけないような気がしますし幸せになれる気がしません。どうなんでしょう?

有り難し 10
回答 2
回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。

謙虚さや感謝の心を養う

ミー様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

少し自己嫌悪や自意識過剰に陥られてお悩みのご様子・・

「自己嫌悪」につきましては、これまでにも下記の各問いにて扱わせて頂いております。
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/tag/自己嫌悪

「自意識過剰」につきましては、下記の各問いにて扱わせて頂いております。
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/tag/自意識過剰

自己嫌悪や自意識過剰は、自己向上や自己改善、他との関係向上、関係改善に役立つこともあるため、一概に悪いとは言えないものであります。しかし、それも度合いの問題であって、あまりにもひどい場合は改善していくことが必要となります。その方法としては、下記の拙回答が少しく参考になるのではないかと存じております。

問い「考えすぎて自分だけどころか他人も傷つけてしまう。」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1002994794.html

『・・私たちは一人で生きている、また生きていける存在ではありません。必然的に他との関係、繋がりにより成り立っている存在であります。このことを仏教的には「縁起」的な存在と申します。・・』

『・・「自分が、自分が」となってしまっている意識を、その「自分が」という存在は、他との関係性の中で成り立っている、自分一人では到底に生きてはいけない、存在できない立場であり、他との関係性をより良く大事にして、意識的に他のことをもっと思い遣れるようになっていこうとして、言動に注意を払うようにしていくということが大切になります。・・』

「幸せ」もそうですが、自分一人では生きていけないように、幸せになるためにも自分一人では到底幸せになることもできません。私たちは無数の関係性の中で有り難くにも存在できているのであり、様々な関係性をより善くに構築していくことが大切となります。そのためには、例えば謙虚さや感謝の心を養うのも必要なことになるのではないかと存じております。

善処を祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

幸せになってはいけない理由は何かな

ミーさん、こんにちは。
投稿を読みますと、確り自己分析が出来ているように思います。
誰でも周りの人を怒らせ不快にさせた事はあります。
あまり気にしても仕方がありません。
そもそも周りに迷惑を掛けたことが無い人などいません。
あまり深刻に悩まないことをお勧めします。
それよりも、ミーさんはどうしたら幸せになれますか?
ミーさんが幸せを感じることは何ですか?
明確にするためには紙に書き出しながら考えてみる必要があります。
早速、紙に書き出しながら探してみましょうね。


質問者からの有り難し - お礼

ありがとうございます。

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