皆様に大変ご好評をいただき、ご質問が殺到しています。

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毎日苦しいです

精神科医に、廃人、人格が破綻している。と言われた私でも、懺悔、功徳を積めば、いつの日か、陽の目を見ることができるのでしょうか。苦しみは無くなるのでしょうか。

死について
有り難し 33
回答 2
回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。

あなたは、廃人でも破綻もしていません。

私も精神科に通っていました。

病気になり、仕事もすぐ首になり、8年間に12回も転職を繰り返しました。

友達は就職して、昇格し結婚しています。

自分は、くずなのだろうか?破綻しているのだろうか?と思うこともありました。

自殺したほうがましだ。

でも、それでも生きています。

けっして、人に誇れるような生き方をしていませんが、時に人に「ありがとう」といわれるときもあります。

「生きているだけで素晴らしいんです」

あなたも生きてください。

どん底でもいいではありませんか、生きていればいつか乗り越えることが出来ます。

私も10年経って少しずつ生きていく道が開けてきました。

それは、病気のどん底があったからこそです。

「泥があるから花は咲きます」 

苦しみは幸福の種なのです。

今の苦しみがいつか幸せに変わるときがきます。

共に、生きていきましょう。

南無阿弥陀仏

今は、どうぞお身体、御心休めて下さい…

 「陽の目を見ることができるのでしょうか。苦しみは無くなるのでしょうか」というご質問ですが、日の目を見るということがどういう状態をおっしゃっておられるのか、又苦しみは無くなるかという問いに対しては私も含めて煩悩を持つ身であるから、生きている間はさとりを開くことは出来ず、苦しみは無くならないです…とお答えさせて頂きます。
 身も蓋もない回答で申し訳ありません。本当は短く「あなたにもいつかきっと良いことがありますよ。いつかその苦しみが無くなる日が来ますよ」と申し上げたいのですが…。
 結論申せば、日の目を見たぞ、いや見ないままだと判断するも、苦しい状態から脱することが出来た、出来ないままだと判断するも、すべては御自身の思い一つなのです。
 ですから、あなた御自身の「日の目を見る」「苦しみから解放されたい」という『思いを捨てる』ことが出来たら、あなたはその時に苦悩から離れてラクになることが出来ます。
 もちろん、それは簡単ではありません。
 自分への執着の心を離れることこそ、至難の業です。
 だからこそ、阿弥陀仏という仏は「南無阿弥陀仏=我・阿弥陀に帰依せよ」とおっしゃいます。仏に帰依することで、自分への帰依を離れる(=自分への執着を離れる)道を明かして下さいました。
 もちろん、これは浄土真宗という宗旨の教えです。ハスノハの他の御僧侶のおっしゃることは違うかも知れません。
 でも、苦しい、何とかして欲しい…その思いを持つのは自分であり、だからその思いを離れさせるのは結局自分自身でしかない。これは仏教的事実です。
 懺悔、功徳…それを出来るならなさって頂きたいと思いますが、しなくてはならないと御自身を追い詰めないでください。
 今はとにかく御心・御身体を休めて下さい。楽しいと思えることを一つだけ見つけてください。それをなさって下さい…今はただそうして下さいませ…。


質問者からの有り難し - お礼

小林様へ
優しい御回答有難う御座います。
気持ちが和らぐようです。

むねおか様へ
御回答有難う御座います。
今更でも、功徳を積むのは遅くないでしょうか。

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