先日、神社にお参りに行きおみくじをひきました。
そこに、願い事 何事も辛抱すれば叶う と書いてありました。
しかし、辛抱とは?と疑問に思いました。辛抱とは我慢、忍耐では?と。何が違うのか知りたいです。
お坊さんに神社でひいたおみくじのことを聞くのもなんだか申し訳ないかな、と思いますがよろしくお願い致します。
お坊さんからの回答 2件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
拝読させていただきました。
・我慢とは
我が傲慢になると書いて我慢です。慢心な自分の許容範囲を限界を表したものであり、人により我慢大小は変化しますね。
また、我慢はあまり良くない言葉と私は捉えています。
・辛抱と忍耐は類似
同じですね。悲しいこと、辛いこと、悔しいことなどを耐え忍ぶことを表した言葉ですね。
仏教では、六波羅蜜行という修行があります。これはすべての僧侶が日々意識をしながら、過ごしていることとも思います。その中に、忍辱行がございます。こちらも同じく、辛抱・忍耐を行うことで、心の境地に仏を感じ、悟りへの道を歩んでいく修行法の一つです。
日本語は少しの言葉の違いで、捉え方が変化し、難しいことも多いですよね。それだけ、心と心のコミュニケーションという人間関係の難しさを表しているとも感じます。
こちらの返答はあくまで、わたし一人の僧侶の観点から申し上げているものですので、参考程度にお願いします。
合掌
細かい言葉の意味はわかりませんが、
仏教的には、怒り・悲しみはストレスにつながるので善くない感情、煩悩です。
我慢や辛抱をするときに、
怒りながら(嫌だ嫌だと思いながら)辛抱したり、悲しみながら辛抱したりするのではなく、
怒りや悲しみを手放していく方が善いのです。
たとえば、「ピーマンなんて大嫌いだ!なんでこんなものを私が食べないといけないんだ!」と思いながら食べるのではなく、「ピーマンも栄養があって素晴らしいな」と思いながらポジティブに食べる、など。
「あの人嫌い」と思いながら付き合うのではなく、その人の良いところをみつけたり、「意外に可愛いとこあるな」と思う方が、ストレスが減りますからね。