お坊さんへの相談が殺到しており、質問受付数を制限中です。

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二人目をどうするかということ

初めまして。
私と主人は、8年の交際期間を経て3年前に結婚し、今春、娘が誕生しました。

長年交際しておりましたが、夫とは妥協して結婚したような感じです。
喧嘩が耐えず、離婚話も何度かあり夫との子供は全く欲しくありませんでした。

外に出れば「お子さんは?」と聞かれることが多々あり、家の間取りの打ち合わせをしている時にも「将来的なお子様のお部屋は」と毎回聞かれることにも嫌気がさしていました。いつしか子どもの有無の話に物凄くストレスを感じていました。

結婚して2年一度も子作りをすることはなく、喧嘩した際に一度「あなたのDNAが入った子供なんていらない」と暴言を吐き、夫からも子どもの話を切り出してくることはありませんでした。
しかし、ここ数年子どもの有無に対する嫌悪感や芸能人の妊娠出産の話を聞く度に自問自答するようになり、やはり私は子どもが欲しいのかもしれないという結論に至り、ある日「子どもどうする?」と夫に聞いたところ「欲しい」と答えましたが、もし子どもが障害を持って生まれたら...?と聞いたところ、「それは俺も君も負担になるんじゃないかな」と答え、予想外の返答でびっくりしたのとショックなのと何とも居た堪れない気持ちになっていた所、夫は「きれいごとじゃない!」と言い出したので『あぁやっぱり私はこの人の子どもは欲しくない』と思ったりの繰り返しでした。
結婚して2年目を迎えた頃、新居が完成、結婚式も挙げ、一段落しした頃、子作りを始めた月に、娘を授かりました。
妊娠中も、夫とは色々細かいことで何度か喧嘩をしましたが、お腹の中にいる娘のことは本当に愛おしく、その気持ちは生まれたあとも変わりませんでした。とてもとてもかわいい娘です。

出産を終えた今でも夫に対しては色々思うことがあり愛情はありませんが、この夫ではなければ出会えなかった娘だと思うとそれはそれで愛おしいのです。
私はあと数年で40歳を迎えるのですが、娘にきょうだいを作るべきかそれともこのまま娘だけを大切に育てていった方がよいのかとても悩んでおります。
二人目をつくるつくらないに関わらず、一応夫婦としてこのような話し合いをせずにいたら...と最近とてもモヤモヤして心が苦しくなります。
夫は、真剣な話をすればするほど言葉が鋭く私は傷つき話をどう切り出して良いのか分かりません。
お知恵をお借りできませんでしょうか。

出産・子育て
有り難し 3
回答 1

質問投稿日: 2019年9月11日 19:47

回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。
回答僧

願誉浄史

真面目な話は疲れるから

真面目な話は疲れるから、イライラするだけです。
怠けの煩悩から派生した怒りの煩悩が発動しているだけ。
旦那さんは、話の内容に反対しているのではなく、単に真面目な話に疲れて苦しんでいるだけかも。
煩悩が悪さをしているだけだと認識し、旦那さんという人物全体、人物本体を嫌わないようにしましょう。

追記
もしも、旦那さんが、真面目な話を面倒くさがって嫌がる場合、それは旦那さんの「怠けの煩悩」ではないでしょうか。
それと、いかなる場合でも、あなたが正しい場合でも、あなたが怒っているときに、その怒りのストレスで苦しむのはあなた自身です。
あなたがあなたの怒りで苦しむことを、私は推奨しません。
怒りの煩悩という「毒」を、あなたが脳内に分泌しているようなものであり、それは、相手が配偶者であろうと誰だろうと、あなた自身のストレスになるのです。
心に生ずる悩み苦しみの原因(煩悩)を、減らした方が楽になれるのです。
天罰ではなく、心身のシステム上、怒ると苦しい、ただそれだけです。
心身の仕組みを理解しましょう。
欲、怒り、怠け、プライドなどの煩悩は誰にでもありますね。
だから、「おたがいさま」と大目に見ることが必要です。
しかし、同時に、夫婦の場合、互いに煩悩に負けないように叱咤激励しあい励ましあうことも必要ですね。

8日前

質問者からの有り難し - お礼

ご回答ありがとうございました。
「煩悩」ということが悩みを解決するにあたり重要なキーワードになりそうです。
しかし、一点気になることがあります。
この質問内容のどこら辺について「怠け」と思われたところがあるのでしょうか。モヤモヤが残ります。
また、いかなることがあっても配偶者を悪く思うことは天罰があたるのでしょうか。この手の相談をすると、男性から非難されることが多いです。

この度は大変勉強させていただきました。有難うございます。
お坊さんが教えてくださった「煩悩」という言葉を知り、自分自身の気持ちと向き合い自分は何に怒っていたのか、それは自分自身にだったのではないかと考えるきっかけになりました。
本題に対するストレートなご意見ではありませんでしたが、何事においてもこの「煩悩」が悩みの種となっていたのかもしれないということが理解出来ました。鍛錬していきたいと思います。
誠に有難うございました。

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