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「仏教」を含む問答(Q&A)一覧

2023/01/26

悲しんでいると成仏できないというのは

今回も、私のせいで苦しめた挙げ句に死なせてしまった犬ちゃんのことについてお伺いさせてください。 いつも本当にありがとうございます。 お坊様方からいただいた回答は 毎日、何度も何度も読み返しております。 そして相変わらず、毎日hasunohaのペット関連の問答、その他後悔や懺悔などの問答も読み尽くしております。 ペットに限らず、人間やその他の生き物にも言えることですが、 「残された人が悲しんでいると成仏できない」 「自責の念で苦しんでいる姿を亡くなった方は悲しんでいる」 と聞きます。 (実際私の以前の問答でもお坊様がそのように仰ってくださいました 本当にありがとうございます。) それなら前を向かないと、と救われる気持ちになりますが、 このような言葉は遺された者のためにあるのでしょうか? 私の場合は自分のせいで愛犬は病気になり、 そればかりかそんな病気の子を自分の愚かさと無知により更に苦しめ、挙げ句に死なせてしまったので 世の中のペットを失った飼い主さんや愛する人に先立たれた皆様とは全く違う立場なのですが。 「遺された方が前を向いて、気持ちを切り替えて生きていくためのお言葉」なのか知りたく質問させていただきました。 お忙しい中申し訳ありません。よろしくお願いいたします。

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勉強すればするほど、阿弥陀仏に疑いを持ってしまう

こんばんは 最近浄土真宗の勉強を始めたのですが、前掲の質問で 「救いから漏れようと願文を読むのでなく、誰をも救おうとするものとして読みましょう。」とご回答されたにも関わらず 「自分は〇〇だから救われない」という読み方ばかりしてしまいます 例を挙げると 1第41願に「他方国土の菩薩は諸根闕陋しない」と書いてある。親鸞聖人は著作のいくつかでは信心決定した人を菩薩と仰っている 「本願を信受するは前念命終なり。すなわち正定聚の数に入る。 即得往生は後念即生なり。即時に必定に入る。また必定の菩薩と名くるなり」と愚禿抄に書いてある 教行信証にも、現代語訳の問題かもしれないが、正定聚を「大乗の菩薩」と訳しているものがあった 浄土真宗の本にも「正定聚の菩薩」という表現がたまに出てくる 信心決定したものは菩薩である。だから信心決定した人は五体満足であるはずだ。自分は将来目が見えなくなるかもしれない だから救われないかもしれない 2正法を謗るものは救われないと18願に書いてある 自分は浄土門は嫌いだと公言していたことがあるし これからももしかしたらするかもしれない だから救われないかもしれない 観無量寿経には五逆や十悪をするものは救われるが、正法を謗るもの については書かれてない気がする下品下生とは正法を謗るものも入るのか  3こんな風に、自分は救われないかもしれないとばかり思ってしまいます 自分は自閉症スペクトラム障害で、言葉を文字通りに受け取ってしまう癖があるので、そのせいかもしれないです 比喩的な解釈を聞いても、”でも”こう書いてるじゃないか。。。となってしまう 勉強すればするほど、疑いが強くなってしまう自分がいます…。けれどもっと浄土真宗のことを勉強したいという思いもあります 法然上人が仰っていたように何も考えずに「智者のふるまいをせずしてただ一向に念仏」していたほうがいいのでしょうか 〇〇だから自分は救われないかもしれない、というのは 間違いなのでしょうか?信心一つで必ず救われるのでしょうか? 矛盾するようでワガママなお願いですが、1と2の誤解(だと思います)を理論的に論破(?)していただいて、3の悩みにも答えていただきたいです

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自業自得?神も仏もない?

今日市川一家殺害の犯人に死刑執行が行われたという報道がありました。 私は今年で二十歳になるのですが、恥ずかしながら市川一家殺害事件のことを何も知らなかったので詳しく調べてみました。 関連して過去に日本で起きた様々な凶悪事件の記事(女子高生コンクリート詰め殺人事件など)も見ました。 そして考えられないような凄惨な行為が行われ、むごたらしい殺され方をしたことを知りました。 さらに女子高生コンクリート詰め殺害事件に関しては犯人たちは出所し、再犯まで犯しているそうです。 このことから私はこの世に「自業自得なんてない」「神も仏もない(嘘?)」という考えに至りました。 「神も仏もない」ということに関しては こちらのサイトに似たような質問がされているページ↓に行き着き閲覧しました。 https://hasunoha.jp/questions/6483 回答の中で 「助かるチャンスはどこかにあった」、「善行を積み自分の身は自分で守りなさい」といった言葉がありました。 なるほどと納得する反面、「では被害者たちは防げたか?生きるチャンスすらなかったんじゃないか」と疑問を持ってしまい、さらに悩みが深まってしまいました。 そこで質問なのですが、「神や仏などの存在は本当にあるのか」また「自業自得(勧善懲悪?)」 についてお考えをお聞かせ頂けたら幸いです。

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宗派の違い

何度も質問させていただいております。 毎回丁寧な回答をいただいて感謝しております。 さて、私は今までキリスト教の学校を卒業し、イスラム教の国に住み、特に宗教は持たずに全ての宗教は知識として学んできた程度でした。 元々追求すること、考えること、科学的にものを見る質なので現実的にに世の中を見てきました。 そして最近行き着いた答えは、科学と神秘、宇宙と人間は皆同じなのだということです。 バレエに人生のほとんどを費やしていますが、これはほぼ稽古、修行、メディテーションです。これを通していろいろなことを学んでいます。 そこでたまたま仏教について読んだところ、正に宗教という概念もなく実践してきたことそのものだったのです。 どんな贈り物よりも嬉しい発見でした。 それから毎日、宗派や教えを調べましたが、困ったことに『そう言われればそうかもしれない』という教えの違いばかりなのです。結局のところ、一つの目的をもって正しく生きることを遂行すれば宗派など問題ないのでは?と思うのですが、現実問題いかがなものでしょうか。 今後真剣に仏教を学びたいと思ったときに、どのようにして適切な宗派を選ぶべきなのでしょうか。

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