他人の幸せを見るのが辛い。
住宅メーカーで働いているのですが、人生の幸せ絶頂期のような若夫婦や人生の勝ち組を具現化させたような方と会う機会が多いです。
特に、うちのメーカーは平均より裕福でないと建てられないレベルの商品を扱っているため、うちで家を建てること自体がもう勝ち組の証です。
若くて美男美女だったらもう羨ましくて仕方がありません。
そういったお客様に表面上笑顔を向ける努力をしていますが、内心では自分が惨めになって接客中なのに涙が出そうになりますし、もう他人の幸せを見たくありません。
元々、就活のエントリーシートには他人の幸せのお手伝いをしたいなんて書いていたんですよ。笑いますよね。嘘なのに、適当な表面上快い言葉を吐くことだけは上手いんです。
なのに最近はそれさえ難しくなってきました。嫌だ、という気持ちが顔に出るのを止められません。
私には恋人がいません。人を好きになっても片思い、小学生程度の恋愛です。生涯を共にしようと思える人に出会ったこともない。親以外の人間に、私を必要として愛されたこともない。
大人になって、日に日に自分にパートナーがいないことに焦りと不安、惨めさを募らせています。
だからこそ、そういった私のコンプレックスの全てを、良い形で満たしている人を目の当たりにするのが辛いんです。
生き辛くてしようがありません。おまけに、こんな歪んだ本音を外に漏らせば、忽ち周りから軽蔑されるのが目に見えています。それだけは嫌、社会的な体裁を保ちたいから、絶対にこんなこと言えません。
苦しいです。
どうしたら幸せな他人を受け入れられますか。
今更、他人の幸せを本心から祝うなんて、そんな私の歪んだ性根を一から組み替えるような、ハードルの高いことは望みません。せめて、無関心になれればいいんです。他人の幸せを見ても何も感じなくなれば醜い嫉妬なんて起こらないでしょう。
どうしたらいいですか。
私のこの生き辛い性格に、生きやすくする心の持ち方のヒントをください。
有り難し 14
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