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検索結果: 41件
2021/05/07

愛猫の死 後悔について。

4日前に15年間一緒に過ごした愛猫が 亡くなりました。 母と兄が看取ってくれたことが救いです。 しかし、結婚を機に引っ越しをした私は 1年ちょっとコロナの影響で 会いに行けていませんでした。 足の動きが悪くなった、食欲がないと 話は聞いていたのに自分も体調が ずっと優れなかったことやきっと 元気になってくれるだろうと会いに 行ける距離に居たのに、会いに 行きませんでした。 その日は突然来て、早朝亡くなった 聞いてその日のうちに会いに行きました。 その日のうちに行けば会える気がして… 今は愛猫、母共に心配性の私に 心配をかけないよう最小限に してくれたのだろうと後悔は 薄れてきましたが、愛猫のいない 世界を生きていける気がしません。 ここ数ヶ月、職場の人間関係が安定したり 新生活が安定したりと多分その愛猫が 身の回りを整えてくれたのに… 今回実家にすぐ帰れることにも気づけました。 なぜかこちらの家には来たことがないのに 愛猫の気配があります。 ドアをあけたらそこに居るような気がします。 その時は今まで通り名前を呼び 声をかけますが、倦怠感が抜けず 食欲も戻りません。 このままでは愛猫が天国に行けなく なってしまうと分かっていながらも どうしていいのか分かりません。 よかったら、こんな私にお力下さい。 長文、乱文失礼しました。

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愛猫の死について

いつも、心温まる回答をいただいて救われています。本当にありがとうございます。そんな中、また相談したいことがありご連絡しました。 先日、愛猫が急死しました。15歳で猫の中では平均寿命より長生きはしましたが急なことで未だに心にぽっかり穴が空いたようです。腎不全が見つかったのが昨年の12月、そこから腎臓に負担のかからない食事と水分補給を心がけ、ご飯もよく食べよく動き1ヶ月に1回の血液検査も悪化してる訳でもなく「まだまだ一緒にいれる」と思ってました。 それが突然7月末から食べなくなり、動きも鈍くなり食欲増進剤を打ってもらってもご飯を食べず、仕事中も心配で心配で四六時中その子のことを考えてました。 亡くなった日の朝も、急な嘔吐・お漏らしで動かなくなり「もうダメだ」と思いました。しかし、しばらくして水を飲み始め普段通りの様子に戻ったので少し安心し、念の為病院に連れていき点滴をしてもらいました。しかし、病院から帰りしばらくすると舌を出した状態で息が荒くなり脈が早くなり目が見開き、これはいよいよだと思いました。その状態になってから30分くらいで私に抱っこされながら息を引き取りました。 私は、自分のエゴで病院に連れていき、美味しくもないご飯を食べさせしたくもない点滴をさせていたのではないかと、どうせならもっと美味しいものを食べさせてあげたかった、痛い思いもせず自由にさせてあげた方が良かったのかと今になりモヤモヤとしています。あの子の為に果たしてなっていたのか、言葉も分からないからもっともっと注意深くしてあげれなかったのか… 未だに涙を流さない日はないですし、家に残っている抜け毛を見つけては保存しています。家にいてもどこか寂しく虚無感が絶えません。遺骨も土に還すことが出来ず、私の部屋にあります。 このやるせなさや空虚感は時間が解決してくれるものなのでしょうか。それとも、私自身が自発的に気持ちを整理する必要があるのでしょうか。正直、自分から楽しいことしてみようとか美味しいもの食べようとか考えてもどうしても頭から離れず塞ぎ込んでしまいます。 これから、私はあの子の死とどう向き合えばいいのでしょうか。長々となり大変申し訳ありません。お時間ある時にお目通し頂ければと思います。ここまで読んでくださりありがとうございました。

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愛猫の死について

1か月前、12年二人で生活を共にした愛猫がリンパ腫による呼吸不全の為自宅の寝室で亡くなりました。 この日は朝から食欲もなく、水も飲まず、しんどそうで夜には呼吸が荒くなり朝に病院に連れて行こうと思いましたが、少しでも元気になるようにと思いビタミン剤とステロイド薬をポンプで飲ませました。飲み込むのもしんどく器官がキューと鳴り口から垂れ流しになった為、ポンプで水も飲ませましたが苦しそうに動かない体で逃げていきました。 少し落ち着いたので寝やすいように隣の部屋で一人寝させていたのですが、それから2時間後に気になり見に行くと立ったり座ったりして呼吸が荒くなり浅くなり苦しみだしました。約10分ぐらい苦しみ逝ってしまいました。 リンパ腫と判明して1か月後のことです。発見は早期でしたが癌細胞が強く気性も荒い子なので抗がん剤治療は辞めて毎日家でのステロイド注射と、容態が変わればすぐに通院し病気が判明して1か月間8回の通院をしました。抗がん剤治療は断念しましたがそれ以外のことは何でもしてやろうと思っていました。もう少し長く生きてくれると思ったのに、あの日が最後になるとは思いませんでした。 亡くなって2日後に火葬して骨は全部持ち帰り、顔入りのクリスタル位牌を作りテーブルを置いて遺骨と位牌を置いて毎日餌と水をあげ、四十九日まではと渦巻線香(部屋が狭いので線香は換気の良いと場所に置く)を焚いています。 亡くなったのも居ないのも理解していますが、心の奥でまだ納得できないのと寂しさと、助けれなかった後悔と、この子が生きた証が無くなるのが嫌でこの子が好きだったリビングの掃除ができません。亡くなってから毎日ピンセットとルーペ片手に1本1本猫の毛を集めています。トイレも片付けようとしたが、最後の日にしんどいのに頑張ってトイレに行った時の足跡が残っていて捨てれてないです。シートも最後のおしっこが捨てれないです。   写真もスマホの画像を少し現像しましたが1冊のアルバムを作ったのが今では5冊になりました。まだ増えそうです。 亡くなった時間には毎日30分ぐらい位牌の前で泣きながら話をして、週命日には亡くなった場所に移動して話をしています。 四十九日まではと思っていますが、エスカレートしてしまうかもしれません。こんなことして猫は迷惑でないでしょうか。成仏しにくくなりませんか?

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愛猫の死

昨日、9年暮らした愛猫がたびだちました。今日、火葬でこれから業者が引取にきます。2年前、いつ死んでもおかしくない位、腎臓の数値が悪くなり覚悟していましたが、投薬など一切せずに奇跡的に回復しました。それからは心臓も悪くなりはじめ、私は後悔しない様に写真もたくさん撮って、猫に「愛してるよ」といつも言ってました。 一昨日、急に具合が悪くなりあっという間に逝ってしまいました。 最期は痙攣し、私はずっと抱きしめていて私の腕の中で逝きました。 奇跡的に回復し、2年という時間が与えられ後悔はないのです。 でも、とても悲しく最愛の猫をなくした事実が受け止められません。 大きな痙攣をし、苦しそうに鳴いていた姿が忘れられません。 もともと野良猫で保護した仔だったのですが、とても賢い猫でした。 保護のため迎えに行く日を伝えたら、ちゃんと伝えた場所で待っていたし、私が仕事で遅くなるといつも玄関で待っていました。 大切な存在がいなくなってしまって心が張り裂けそうです。 こんな状態では猫も悲しむと思うのですが、悲しくて何もやる気がおきません。 明日も有給を取ってしまいました。 もう1匹猫がいるのですが、そのこの為にも、亡くなったこの為にも前を向きたいのですが、悲しみの中で自暴自棄の様になってしまっています。 別れの悲しみは皆等しくあると思います。自分だけの悲しみではない事も分かるのですがとても苦しいです。 どうしたらよいのか、お言葉を頂きたいです。

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愛猫の死

愛猫が亡くなりました。 11歳でした。 3週間前に、舌に炎症を起こし、痛みからご飯食を食べられなくなりました。治療もし、回復を祈りましたが、助ける事が出来ませんでした。 こんなにも、あっけなく逝ってしまうなんて。 寂しくて、辛いです。 本当に良い猫でした。良い子過ぎました。 名前を呼べば、どこにいても来てくれて、わたしが辛い時は顔を舐めて励まして、癒してくれる、優しい女の子でした。 保護したつもりが、わたしが保護されてました。 助けたい、生きて欲しいと、この3週間、嫌がるのに、無理矢理栄誉食を飲ませ、少しでもご飯を食べてと怒り、本当に酷いことをしてしまったと、今は後悔の気持ちでいっぱいです。 亡くなる3日前には、手からご飯をたべてくれ、これで元気になると安心しましたが、この時が最後でした。 わたしを安心させる為に無理してくれたのだと思います。 猫に気を使わせてしまうなんて、恥ずかしいです。 最後はわたしの腕の中で息を引き取りました。 涙が止まりませんでした。 わたしの所に来てくれた事に感謝の気持ちでいっぱいです。 母は、悲しむわたしに、役目を終えて、お母さん猫のとことに帰って行ったのだから、いつまでも悲しんでは、駄目、痛みから開放され、楽になったのだから、と言いますが、悲しです。 いるのが当たり前と思って生活をしていたので、亡くなった事が信じられず、どう受け止め良いのかわかりません。 ただ、ただ悲しです。 まとまりのない文章て申し訳ありません。

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2021/04/13

愛猫の死を受け止められません

初めて相談させていただきます。 よろしくお願いいたします。 3年前に猫を保護しました。 とても愛らしい子で、家族みんながその子を可愛がり、とても癒やされていました。 途中リンパ腫などを経験しましたが、おかげさまで、寛解し、再発も一年以上ありませんでした。 昨年の暮れに食欲が落ち、病院に連れていったところ膵炎との診断 厄介ですよとことでしたが、一週間の注射で治療完了となり、安心していました。 しかしそれが油断だったようで、2ヶ月後、全く食べられなくなり、通院するもよくならず、紹介された病院では的外れな診察をされ、衰弱させてしまい、藁にもすがる思いでいった病院では衰弱してて元の原因がわからないまま、5日目に力尽きました。 亡くなったのは朝でしたが、この日の夜に一度家に戻る予定だった矢先でした。 なぜ早く、気づいてあげられなかったのか、病院の選択を誤ってしまったことや、家で最後を迎えさせてあげられなかったこと、見殺しにしたのではと、心が張り裂けそうです。 運命だった、寿命だよ、泣いていては、あの子が浮かばれないとも言われますが、毎日懺悔の気持ちでいっぱいです。 もっと幸せに過ごさせてあげたかった。 あの子にはたくさんの幸せをもらいました。 心穏やかにあの子の幸せを願えるように なるには少しかかりそうですが、心構えや考え方をお教えいただけるとありがたいです。 よろしくお願いいたします。

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愛猫の死との向き合い方

愛猫の最期について後悔に苛まれています。 私が大学生のときに拾った子猫で、拾った時点で感染性の血液の病気であることはわかっていたのですが(発病はしていない)大切に育てていました。しかし、私が転勤族な現夫と結婚することになり、猫は実家に預けたまま離れることとなりました。とても寂しがりで人にくっついて寝るのが大好きな子だったのですが、実家では病気を先住猫にうつさないように夜は1匹の部屋で過ごしていました。 それから10年近く実家で元気に過ごしていたのですが去年病気が発病し全身に癌が広がり先日、肺に水が溜まって亡くなりました。 亡くなる前日の夜は私が実家に泊まり夜通しそばにいてあげられたのですが、亡くなる日の晩は私も授乳中の子どもがいたため自分の家に帰っておりました。朝一で駆けつける予定だったのですが、早朝に猫の部屋を覗いた母から「ダメだった」との連絡が入りました。 実家に預けられてからも私に人一倍甘えてくれており私を本当の母のように求めてくれていた子だったのに、娘が生まれてからはあまりかまってあげることができず、最後の最期もひとりぼっちで死なせてしまいました。肺に水が溜まっていくのは水の中で溺れながらどうにか少し息をするような苦しみだそうです。数日かけてどんどん息ができなくなっていく恐怖に最期は独りでどんな思いだっただろうか、私がせめてそばにいてあげられたら少しは安心できたのではないか、最期に私に助けを求めていたのではないかと悔やんでも悔やみきれません。 普段は考えないようにしていますが、ふと彼女の苦しみや寂しさがフラッシュバックのように鮮明に頭の中を埋めつくし、吐き気をもよおすような悲しみが襲います。 「最後苦しむ姿をあなたに見せないようにしてくれたのかも」とも言われましたが、死の前日も彼女は別れ際私にすがるような目をしていましたし、大人になっても赤ちゃんのような甘えん坊だったので、それはないと思ってしまいます。 彼女は幸せだったかそうでないか、魂は苦しみから解き放たれただろうか、来世も苦しんでしまわないだろうか、そのような考えと後悔と愛おしさとがごちゃまぜで、どのように彼女の死と向き合い消化していけばよいかわかりません。 僧侶の皆様に道筋を少しでも教えていただけると幸いです。

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愛猫の火葬時の後悔

先日、14歳の愛猫を癌で亡くしました。 自宅で家族が揃っている時に眠るように逝きました。 私が今後悔しているのは火葬の時にお花、おもちゃ、手紙は入れてあげたのですが、ご飯、おやつを入れてあげられなかった事です。 母が葬儀の予約をする際に、係の人に持っていく物を尋ねた所、お花、思い出の品の話はされたのですが、食べ物についての話はなかったそうです。 いざ当日の担当者の方におやつは?と聞かれ、持って来ておらず、入れてあげることが出来ないまま急かされるように火葬されてしまい、 帰宅後、他の方の体験談で、たくさんの好物を入れてあげたなどを読み、 なぜ親子揃ってすっかり忘れていたのか、もっと調べてからにすれば良かったと激しい後悔で胸が掻き毟られるようです。 とうとう我慢できなくて、葬儀社に言ってくれなかったとメールしてしまい、それなら遺骨と写真を飾った前でおやつだけをもう一度焼いてあげるからと言われました。 母は葬儀にケチをつけたりしたら猫が成仏出来ないと反対して大げんかになりました。 私も火葬場に愛猫をもう一度連れて行くのはイヤです。でもご飯を焼いてもらうのには有りなのかと迷っています。 動物供養をしているお寺にも相談しました。 ご住職ではなく係の人でしたが、遺骨の前にお供えしてあげたら良いのでは、と言われました。 供養をお願いする場合でもお焚き上げは難しいと言われました。 未練や執着が一番いけないのは分かっているつもりです。でもいつも肝心な所で抜けている自分を責めて責めぬく毎日です。他の子はお腹いっぱいなのにあの子はお腹を空かしているのではないかと一時も頭から離れません。 同じ火葬場でご飯を焼いてもらったらあの子の元に届くのでしょうか?この執着はなくなるのでしょうか? 信頼出来る人が周りにいなくてどうしたらいいか分かりません。母はヒステリックに私のすることを否定します。ケンカしたら猫が悲しむのに。 早く未練を断たなければいけないのに。 いつも間違えてしまう私に教えてほしいです。

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2021/12/24

愛猫の死から逃げたため後悔で苦しいです。

数ヶ月前から異変に気づいていたのに、病気が発覚する怖さに囚われて病院に行きませんでした。 3ヶ月前病院に連れていき、もう長くないだろうと。それでも、死んでしまうなんて思っていませんでした。 ほんとに、もっともっと生きると思ってました。 シリンジでお水を飲むのが好きな子でしたがまんどくさがってあんまりシリンジから水をあげませんでした。 寝ているときお腹に乗ってきたり、スマホを触っていると構ってほしいとやってきて、でも鬱陶しいとあまり構ってあげませんでした。 もともと人好きな子で、慣れてしまっていました。仲もよく、あの子も愛情を分かってくれていたと思いますが、なぜもっと構ってやれなかったのか悔やんでいます。 最期の数週間、具合が悪いのに気づいていましたが、死を受け入れられずに現実逃避していました。 甘えてきても、いつも通り、そんなに特別構うわけでもなく、スマホを触ったり絵を描いてばかりでした。 死ぬことなんて認められなかったんです。まだまだ生きる、わざわざ撫でたりかまったりなんてしない、そしたらこの子が死ぬことを容認して諦めてしまうような気がしていました。そんな感情が、死と向き合うことが、正直とっても面倒くさく避けたかったです。 ほんとに、見てみぬふりをしていました。 なくなる2日前頃から死に直面しだして、必死に撫でたりしました。 反応は芳しくなかったですが、それでも力を振り絞って私のいるベットに来たりしてくれました。 でも、最後の最後まで死に向き合えなかった私は、また現実逃避して、絵をずっと描いていました。まだ、生きると、あと一日は生きる、だから、もう少し目を逸らして、いよいよ最後になったら撫でてそばにいて見送ろうと思ってたんです。 そしたら、絵を描いている間に、静かに一人で死んでしまいました。とても安らかに。 生きているうちに、あの子と一緒にいるチャンスを、現実から目をそらしたせいで失いました。 目を逸らしていたときは楽でした。でも、あの子が死んでしまってから、死ぬほど辛いです。 なんであの時、向き合えなかったんだろう。 後悔ばかりです。なぜ私は、いつも現実から逃げてしまうのか。自分が憎くて仕方がありません。 辛いです、だめな自分に、勝手ですが、少しでも楽になる言葉を頂けませんか。 あの子は私を恨んでなんかないとしっています。

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先日愛猫が亡くなりました。

先日愛猫の「ひめ」が14歳で天国に旅立ってしまいました。 肺に水が溜まっていたらしく、死ぬ間際も呼吸困難で呼吸ができなくなり、相当苦しい思いをしたと思います。 もっとああしておけばよかった、もっと可愛がってあげたらなど後悔が尽きません。 まず、 ・かかりつけの動物病院に行ったが主な原因がわからず、薬をもらったが一向に元気にならなかったので、その時にセカンドオピニオンで違う動物病院に連れて行けば元気になっていいたかもしれない。 ・毎週日曜日に動物病院に連れて行っていて、その前日、土曜日に猫の様態が悪くなり、日曜日の病院に連れていく1時間前に亡くなった。 土曜日にでも全然連れていけたのに日曜日じゃないとダメという謎の認識があり、土曜日に連れて行っていたらまだ死ななかったんじゃないか もっといろんな食べ物やいろんなおもちゃで遊んであげたらと後悔しています。亡くなってしまった今後悔しても遅いですが亡くなった猫のことを思うと涙が止まりません。 「死」というものがこんなにも重く、自分が猫に沢山支えられてきていたことを心の底から実感しています。 死んでしまったひめへの後悔はどうすればいいでしょうか、

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愛猫の看取り

昨年、17年間、私に寄り添い生きてくれた愛猫が亡くなりました。 本日は猫が亡くなった時のことについて伺いたく書き込ませていただきます。 ・看取りについて 猫の最期を看取ることができませんでした。 2時ごろに私が寝る際、「お姉ちゃんもう寝るね、大丈夫だよね」と頭をポンポンとして、隣の部屋に行きました。 次に目が覚めた4時ごろ、一応のつもりで様子を見に行くと亡くなっていました。 亡くなる2週間ほど前から獣医師のアドバイスを受けて、1畳くらいのスペースを囲い、その中にトイレもご飯も置いていたのですが、もしその柵がなければ死にたい場所を選べたかもしれません。 また、夢うつつの時に「ニャ、ニャ、ニャ」という声か聞こえていて、もしかしてまた痙攣を起こしているのかなと思ったにもかかわらず見にいきませんでした。 ふつうに朝見にいったら回復しているような気さえしていました。 でも一方で、今晩死んでしまうかもしれないという予感もあったのにどうかしていました。 その時にちゃんと行っていれば看取れたかもしれません。 かつては猫にべったりで溺愛していたのですが、産後は触れ合う時間が激減。我が子を愛でる度合いと反比例して、猫を愛でることが少なくなりました。猫の老いや病ときちんと向き合えず、育児、家事、自分のことばかりを優先して、ずいぶんと寂しい思いをさせてしまいました。 愛猫の死については後悔ばかりで、看取りについてもヤフー等の相談サイトをのぞきましたが、「看取れてよかった」という方もいれば、「猫は死ぬところを人に見られたくない生き物だから、看取られることを望んでいない」と書かれている方もいました。 そこで伺いたいのですが、看取らずに死なせてしまったことは愛猫にとって、やはり寂しいことだったのでしょうか、それとも看取られたくなかったのでしょうか。どちらにしても取り返しはつかないのてすが、教えていただければと存じます。

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2021/05/11

愛猫を亡くしました

先日16歳の愛猫を亡くしました。 心臓と肺の病気で病院に連れて行った時には余命僅かな状態でした。 病院の先生のおすすめで酸素ハウスをレンタルし、自宅で看取ることにしました。 最後の4日間は呼吸が苦しく寝たきりで全く動けなくなり、ケージから出られず、排泄物で身体が汚れてしまいました。 猫が食欲無いのに無理矢理薬を飲ませてしまいました。 ベッドで腕枕をして寝るのが大好きな子だったのですごく辛かっただろうなと思い胸が苦しいです。 私が自宅で看取ると決めた事で、猫が余計に長く苦しんだのではないか、 猫の為を思うなら安楽死させてあげるべきだったのではないか、という考えが頭から離れません。 一度、あまりにも猫が苦しそうだったので安楽死の相談に行ったのですが、死なせる為に病院へ連れて行く事を想像したら急に怖くなり、辞めてしまいました。 また、苦しそうな猫を見ているのがとても辛くて、まだ生きている猫の前で何度も泣いてしまいました。 猫に「もう頑張らなくていいよ」「早く楽になりますように」とも言ってしまいました。 猫からしたら「早く死ねって事か?」と感じたかもしれません。 苦しくて辛いのは猫なのに、自分の不安が抑えられませんでした。 少しでも猫を安心させてあげられるような態度が取れませんでした。 猫は人の考えている事が分かる、と言う人もいます。 普段私が泣いていると寄り添って慰めてくれるような優しい子でした。 私が「いっそ早く楽になってほしい」と思った事が、最後の数日間で伝わってしまったかもしれません。 身体も動かせず日々呼吸が出来なくなる中で、絶望させてしまったのではないかと思うととても申し訳なくて悲しいです。 私の生きてきた人生の半分を一緒に過ごし、本当に大好きで大切な子だったのに、最後にひどい事をしてしまったのではないか、とても気がかりで心残りで申し訳ないです。

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2023/01/19

愛猫の死で気が狂いそうです

 私が12歳の時から16年間連れ添った愛猫を先日亡くしました。 長いですがきいていただけますか。  彼女は腎不全を患い、2年に渡り自宅で皮下点滴や投薬を続けていました。 元々は家族で可愛がった猫でしたが、両親もきょうだいも引っ越し、最後の1年は私が実家でひとり面倒を見ていました。  闘病と言えど穏やかなもので、坂道を下っては緩やかに持ち直す日々でした。が、ある時を堺にたがが外れたような食欲を見せます。欲しがるままに多めに食事を与えれば、翌日一日中下痢や嘔吐に苦しむ。かといって規定量の食事では満足できず、私が在宅勤務をしている横で、一日中大声で鳴き立てました。そんな日々が数ヶ月続き、私は疲れ、苛立ち、およそ生き物と暮らす人間がすべきではないひどい仕打ちを数回、行ってしまいました。  騒がしい日々は、思いのほか呆気なく終わりました。腎不全とは別の持病のために食事に口をつけなくなり、みるみる痩せ細り寝たきりになり、看取りに備え家族も駆けつけました。それまで何度も持ち直した気力もどこへやら、かかりつけ医の余命一週間の見立ての翌朝、家族全員が起きてきて囲むやいなや、ため息をつくように彼女は息を引き取りました。  人生で初めて迎えた猫でした。家に子猫がやってきたワクワクだとか、1人泣いている夜に布団に潜り込んできた温もり、予想外のいたずら(賢い子でした)、嫌な治療にも決して人間を傷つけるような暴れ方をしなかった優しさ、温かな思い出がたくさんあるのに、あのとき自分がしてしまった仕打ちばかりがフラッシュバックします。  保健所から家庭に迎えられ、猫の平均寿命を全うした彼女を不幸な猫と呼ぶ気はありません。ただ自分のことが許せないです。彼女にも許して欲しくない、むしろ罰して欲しいとさえ思います。彼女を思い出すたび悲しくて愛しくて自分が腹立たしくてもう気が狂いそうです。触れたくて見つめたくて呼びたくてたまりません。失って初めてなんてあまりにも莫迦だと思います。  以下ご相談です。  週末には弔ってくださったお寺からお骨を引き取ります。こんな煩悩の塊のようなぐちゃぐちゃな状態では彼女に顔向けできないと思う一方、晴れやかに「今までありがとう」だなんて白々しいと思うのです。  私はどんな心持ちで彼女を迎え、また見送ればいいのでしょう?

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