自己紹介
初期仏教というか仏教本来の教えを学びつつ、その在家信者のあり方から見た日本仏教、浄土真宗ということで活動しております。
先祖供養とか功徳回向とか、みんなお釈迦様が最初からおっしゃっていたって、ご存知でしたか。私たちも謙虚に堂々と日本仏教しましょう。
著書いろいろあります。『功徳はなぜ回向できるの?』、『お布施ってなに?』、『悟りの四つのステージ』などなど。
Amazonなどで検索してみてください。
2019年度より広島大学客員教授
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回答した質問

触らぬ餓鬼に祟りなし
の姿勢で行くのが良いのではないでしょうか。
餓鬼には大きく分けて四種類あるようです。詳しい分類は忘れましたが、『餓鬼事経』のどこか、あるいは『餓鬼事』に関する論文のどこかに書きました。CiN...

お盆と輪廻はもともと別の観念
お盆は、世界中の宗教にある素朴なこの世とあの世の観念です。生者の世界と死者の世界。行ったり来たり。そこで想定されているのは、この世と似たような人間のような生命がいる世界。畜生は想定されていないで...

心の感覚
感覚に六感ありまして、そのうち最初の5つ眼、耳、鼻、舌、身は今ここの外界対象やせいぜい体の内側を感じるだけです。感じた直後に心・意が、「私が見た」「私が嗅いだ」などと感じ、それについていろいろ考...

家族のきずなは愛情よりお勤め
親は子供を無償の愛で育てるというのですが、それでも重労働です。赤ん坊の頃はいつ死ぬとも分からず気を抜けません。大きくなれば教育も授け(られるように学校にやり)、家庭では生きる上で大事な善悪の道徳...

いがみ合いをエネルギーにするか助け合いをエネルギーにするか
人は一人では生きていけません。誰か他の生命と交流しながら、物質だけでなく心のエネルギーもやり取りしています。家族、友人、仕事関係、みんな心でもやり取りしています。それが生きるエネルギーになってい...

契約
結婚する夫婦なら、家族関係は契約だと分かりやすいです。不倫なんかして信用を無くすなら、慰謝料取って離婚するしかありません。
おなかの中に勝手に入ってきて、一年後におなかから出て、「あなたと私...

お祖母さんの良いところを思い出させてあげる
病室で少しでも面会できるなら、
「お祖母さんはいつも早起きして家を掃除していましたね。立派ですよ」とか、
「あの時、お祖母さんがこう言ってくれたからすごく気が楽になったよ、ありがとう」
な...

スマナサーラ長老の
『死後はどうなるの?』角川文庫をお読みになると死後のことが簡単に分かると思います。お勧めします。
毒矢の譬えも無記も一般世間の仏教好き?の間でずいぶん誤解されているように思えます。無記につい...

気にしなくなること
許すの感覚は、たぶん、気にしなくなる、気にならなくなる、忘れる、ことだと思います。
何か嫌なこと言われたりされたりすると、様々な種類の怒りが起きます。その怒りが割と早目に消える、忘れられる、...

宗派の教えと釈尊の教え
日本の各宗派の開祖は、漢籍の仏典(漢訳経典と中国語の論文。漢訳経典は大乗経典がほとんどです)を頼りに勉学と修行をしてきました。それが、本来の釈尊の教えと修行のままだったかどうかというと、今の上座...

死後の世界があるのではないかと
古来、世界中で思われていて、ほとんどの宗教、哲学では、それでもせいぜいこの世とあの世の2種類、あるいは、あの世に良い処と悪い処と2つあって、それとこの世の3つくらいしか想像つきませんでした。
...

生きることに意味なんかない
というキャッチフレーズのスマナサーラ長老の本があったと思います。そもそも仏教では無常、苦、無我が真理だと説き、スマナサーラ長老にも『無常の見方』、『無我の見方』があり、今、アマゾンで出てきます。...

ほっといたらどうでしょう
日本の親子関係は変になってきてます。
親も子も前世では他人だったものがこの世でお互いを選んで出現したので、責任が、両方にあります。親は子を道徳的に立派に育てたほうがいいし、子は親に感謝し孝行...

悟るために
仏教関係の仕事につく必要はありません。
お釈迦さまの時代には、ご飯を食べるのも自分で材料から作らなければならず、材料を手に入れるために自分も働かなければならず、、、で、在家生活では忙しすぎる...

正しい繰り返しによって少しずつ成長する
体は成長するといっても、その後は年老いて病気になって死ぬだけです。花が種から花開いて萎んで枯れるのと変わりありません。植物は土に還り、体も、埋めて土に還したり、焼いて、しかし骨を土に還したりしま...

欲と意欲はちょっと違う
欲というか貪・むさぼりはラーガで「汚れ」という意味なので、いわゆる欲です。良くないものです。
意欲チャンダというものが別にあります。それは「やる気」です。やる気自体は良いとも悪いとも言えませ...

行為と結果
はセットで切り離せないものだと仏教では考えます。どのくらいセットかというと、行為の結果をカルマ(業)と言いますが、行為もカルマと言うのです。
行為には必ず結果が出るので、善行為には善業=功徳...

過ぎたるは及ばざるがごとし
前半は、なかなか仏教的で面白い経験をしているなあと思いましたが、後半は、ちょっとやり過ぎな気もします。
お金の価値は相対的なものですが、だからと言って紙幣を破いたり硬貨を砕いたりする必要はな...

事実だとしても
まず、フィクションである可能性があります。
また、事実だとしても夢ですから、著者の妄想思考である可能性もあります。
それらの要素を差し引いて、鯉の言い分は、業の問題ですので、全くないと...

生活することが生きる目的ではないので
人間に生まれてから死ぬまで、親に育てられ学校に行って仕事して稼いで結婚して子育てして寿命が来て死ぬだけでは、動物の生き方とあまり変わらず、勿体ない話です。
しかし世間では、それこそが素晴ら...


