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母が亡くなりました

回答数回答 3
有り難し有り難し 76

こんにちは。よろしくお願いします。
先日母が癌で50代で亡くなりました。

今は色々忙しくかなり気が張っていますが
落ち着いた後が怖いです。

治療に関してもっと頼らせてあげたかったこと
悪化するほど怖くなり冷たく当たってしまったこと、家族として病気に向き合ってやれなかったこと
それでも病院に行った時は笑顔で迎えてくれたこと
自分の都合優先で中々側にいてあげられなかったこと
これらによる後悔の念。

独身のため少しずつ虚しさや寂しさが出てきました。母が一番心配していた私の結婚もとうとう今まで出来ませんでした。父は母に何もかも任せきりだったため父のことも乗りかかってきます。

これ以外にも多々ありますが、もっとしっかりして、母を安心して成仏させられるか心配です。

母を亡くした後、どのように生きて自分を保てば良いのでしょうか。
よろしくお願いします。


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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

親を見送れば、多かれ少なかれ「後悔」は残ります

 6年前の11月に私の父親は亡くなりました。その4か月後、母親が亡くなりました。実家を離れていたので、入院中なるべくお見舞いに行くように努めましたが、自分の寺の住職としての仕事がありましたので、あまり見舞いに行けませんでした。止むを得ないこととは言え、申し訳なく思っております。
  
   葬式後、「亡くなった両親が喜んでくれるような生き方をしよう。」「亡くなった両親が安心してくれるような生き方をしよう。」という気持ちで、日々精進しなければ、という気持ちでおります。但し、その気持ちの通り100%実行できているかと言うと、残念な結果で終わっているというしかありません。

  失礼ながら、「いまじにあ」さんも私と同様の部分があると思います。あまり偉そうなことを言える立場ではありませんが、敢えて私がアドバイスを申し上げるとしたら、「結果など気にしないこと。両親の思いを受け止めて、一生懸命生きていきましょう。」この言葉に尽きます。

 
  この世にいる親は子供に「結果」を求めるかもしれませんが、仏界に居る親は子供に「結果」を求めません。この世では、どうしても「努力する」という行為よりも、「努力した」後の結果が重要視されます。仏教では「因縁」という教えを説きます。ものごとを成し遂げることを「因縁所生」と言います。因(自分の行動)と縁(自分を取り巻く条件)によって、結果は生じます。頑張って婚活に努めたとしても、「出会いが無かった」「出会ったけど、性格が合わない」という縁のために結婚には至らない。それを、この世の価値観では「いつまでたっても、嫁を貰えない。」という非難の的となります。

 お母様は亡くなられて、仏様の世界に行かれました。仏様の世界では、通信簿はつけません。「亡き母を思って、一生懸命に生きる。」「亡き母の思いをかなえようと、努力する。」これだけで十分です。仏様の世界では、結果を求めません。精進すること、行動することが大事なんです。御縁に恵まれれば、結果は付いてきます。結果の好悪に関わらず、あなたが頑張って生きる姿を見せ続けるだけでいいんです。

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 目の前の方の悩みや気持ちをしっかりと受け留め、心を開いてもらうように努め...
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こんにちは、お悔やみ申し上げます。

人は皆、2人います。ドッペルゲンガーではありません。
たとえ話ですが、太陽は光を放ちます。誰にどうされるともなく、黙々と光を放ちます。そしていまじにあ様はその光を受けます。光を受け止めて、太陽の存在をキャッチして、太陽と共に生きます。光を放つのは太陽の職分です。いまじにあ様がどうこう出来ることではありません。でも太陽の光をしっかりと受け止めるのはいまじにあ様の職分です。太陽がどうこうできることではありません。だから太陽は2つあるのです。光を放つ太陽と、いまじにあ様に光を受け止められた太陽。
人間も同じです。その生き様、1日1日の行いとして光を放ち続けたお母様。そしていまじにあ様にその光を受け止めてもらったお母様。2人のお母様がいたわけです。今となっては、お母様は新たに光を発することは無くなってしまいました。でも、いまじにあ様が生き続ける限りずっと、いまじにあ様が受け止めたお母様は生き続けるのですよ。だから人間は何千年も昔から供養、供え養うということを続けています。
軌道に乗るまでには時間が掛かりますが、今度はお母様を供え養うことでいまじにあ様が今日を、明日を生きる活力が湧いてきますよ。

いまじにあ様が病院にいらした時、お母様はお喜びになったとのことですが、何より我が子に会えたのが嬉しかったのではないでしょうか?それなら手を合わせて、お参りしてあげましょう。
我が子の生活を思わない親はいません。お母様は「きっと仕事が忙しいのだろうな、頑張っているのだろうな」と応援してくれていたのではないでしょうか。だから笑顔で迎えてくれたのでしょう。だから目の前のお仕事を1つ1つ丁寧に行いましょう。
昔の人は結婚したいから結婚したというより、する必要があるから結婚していました。それでも良いのですよ。1人では手が回らないからお父様のことも含め、家のことを任せられるパートナーが必要。安心して背中を任せられるから感情や気分ではなく、本当に『掛け替えのない』人なのです。そういう間柄ならそうそう簡単に離婚できませんし、最期まで感謝と敬意が尽きないのではないかなと思っています。そんなつもりでボツボツ探してみてはいかがでしょうか。
これらの1つ1つが何よりの供養であり、成仏への道です。

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おきもち

曹洞宗副住職。タイ系上座部仏教短期出家(捨戒済み)。仮面系お坊さんYouT...
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後悔はしなくてよい

私もガンで母を亡くしました。
あなたの、ひとつひとつのエピソード、私もほぼ同じです。
あとになって失敗に気づくことがありますね。
しかし、後悔は、怒りや悲しみといった負の感情を含みますから、悪い感情なのです。
二度と同じ失敗をしないように教訓にするのは良いのですが、過去は過ぎ去りもう無いのです。
後悔して憂鬱を増幅させたら、今が辛いだけです。
辛い今を重ねたら、結局ずっと辛い時間になってしまいます。

家族や大切な人の病気や別れは、これからもあるでしょう。
次から気を付ければよいのです。

仏教は輪廻転生を前提に考えます。
あなたは、無数の過去世で、数えきれないたくさんの親と別れて、もしかしたらその度に後悔をくりかえしてきたのかも。
今回の人生からは、後悔しない訓練を始めましょう。

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おきもち

がんよじょうし。浄土宗教師。「○誉」は浄土宗の戒名に特有の「誉号」です。四...
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質問者からのお礼

回答ありがとうございました。
確かに前世、その前、そのまた前と何人もの親がいたわけですよね。
どれだけのことをしてきてもどこかで後悔していたのかもわかりません。
今世以降はどれだけのことをできるか、母からの教訓として生きていきたいと思います。

吉田様
結果では無く精進する姿を見せる
これからは周りに無責任に何を言われようと母だけは結果では無く過程を評価してくれる
そう思うと少し気が晴れたかもしれません。
ありがたいお言葉大変ありがとうございました。

大慈様
先に回答していただいた僧侶様も経験しており
誰もがいつか迎えるとしても悲しいものです
一生懸命生きるのが供養になるとわかっていても
仏教の教えを聞くより楽になります。
ありがとうございました

「親・家族・恋人・大切な人の死・亡くした後悔」問答一覧

父の死に激しい後悔

 こんにちは。日に日に積もる気持ちにどうしようもなく、相談させて頂きます。  父の死に後悔ばかりです。2~3年前から股関節骨折を機会に父の持病が悪化し、病院から老健の行ったり来たりで、父は家に帰りたいとか死にたいとか言うようになりました。  もともと父と私は昔から喧嘩ばかりしていて、口も聞かない時期が沢山ありました。  そしていたずら電話を何度もするようになり、電話に出ても何も言わないでこちらの声を聞いたりしてましたが、私はキレてきつい言葉で罵りました。言い過ぎたので悪いと思い病院に顔を出しましたが、父は普通に話してくれました。  でも父との最後の会話は 父『家に帰りたい』 私『痰を常に取らないといけないから仕事あるから無理』 父『私の心配はしなくてもいいから帰りたい』 私『いい加減にして!お父さんの心配なんか一つもしてない。私は自分の仕事と将来のだけを心配をしてる。絶対に嫌』 父『あーもうーいい加減にしろ』 父『もうお前に頼まん』  絶望のような声で言ってました。これで二週間後に危篤になり、息を引き取りました。  またきつく怒鳴ったのでそろそろ顔見せに行こうかと思いながらも、また家に帰りたいと言われたらどうしようと思って、顔を出すのを控えてました。  危篤の父に何度も謝ろうと思っだけど『介護の何一つもしていない自分が言える言葉か』と思いなぜかどうしても言えませんでした。  今、後悔しかないです。本当に自分の愚かさが嫌になります。今ごめんねと謝っても後悔ばかりです。父はどんな思いでイタズラ電話をしてきたのか。どんな思いで帰りたいと言ったのか。  私が有給をとり自宅介護を一週間でもした方が良かったのに、私は汚い言葉で罵る事しかしなかった。。。もっと言い方はあっただろうに。。ただ怒るだけの私  お葬式で家に遺体を運んだ時に、亡くなってからでしか家に帰れなかった、父のその姿が頭から離れません。  日に日に思いが強くなり、激しい後悔です。この気持ちにどう折り合いをつけたらいいでしょうか。ご教授お願い致します。

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弟の死を未だに受け入れられないです。

2022年1月に、4つ下の弟を自死で亡くしました。 亡くなってから気づくもので、同じ年の8月ごろから自ら死を選ぼうとしていたようでヘリウムガスを購入していました。 私は結婚して家を出ているので、祖父母と両親と5人暮らしです。普通の家庭で、何不自由なく育ったと私自身は思っています。 弟とは仲が良く、結婚して家を出てからも二人で飲みに行ったり両親を連れて出掛けたり、私の家族とみんなで旅行に行ったりしていました。なぜ死を選ぶのかが、正直わからない程です。 弟が亡くなってから、弟の友人に聞いたのですが中学生ごろから「そんなに、長生きはしたくない。」大人になってからも、「どうせいつか人は死ぬんだから自分で自分が死ぬ年齢は決めたい。」などといっていたようです。今思い返せば、弟が20歳になった時に私と母に「20歳まで生きるはずじゃなかったんだけどなー。笑」と言ってきたことがあります。 未だに、弟がいないという現実を受け入れたくないので考えないようにしている自分がいて時間が経てば経つほど苦しいです。 自死を選んで後悔してないのか。気になって気になって絶対にわからないのに答えがほしいです。 出棺のときに、霊柩車が実家に向かう途中にエンジントラブルで3.40分遅れたり 告別式で拝んで頂いているときに私の主人の数珠が突然弾けて数珠がすごい勢いで散らばったりハプニング続きで、葬儀会社の方もこんなこと初めてだと驚いていました。その出来事がなおさら、やっぱり死ななければよかったと思って後悔しているのではないかと思えてなりません。 何か、いいお話が聞ければと思ってこちらに書きました。よろしくお願いします。

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夫と死別。ずっと苦しいままです。

2週間前に夫を会社の事故で亡くし死別しました。 現在2歳児の息子がいて2人目妊娠中36wの妊婦です。 これから先、どうしようと途方に暮れていましたが 義実家が受け入れてくれお世話になる事になりました。 義両親はとてもよくしてくれ関係もすごく良好です。 夫が亡くなった日の翌朝、夫のスマホから 連絡を取ったりしないといけない用事等があり パスワードを入力し開くと何通か通知が来ており 急ぎかな?と思い開きました。 夫はTwitter、Instagramで裏アカを作成し、 その他出会えるアプリに登録しており 何人もの人と不貞行為におよんでいました。 亡くなった翌朝に会う約束をしてる人もいました。 私には残業があると言っていたので すごくショックを受けました。 また、不貞行為を始めたのは私の2人目の妊娠がわかった時位からでした… 私がつわりが酷くて保育の送り迎え往復4、50分かかってつらかった時も 夫は3交替で私はワンオペ、家事育児仕事の両立がきつくて泣いていた時も 早出や遅出や会議や出張や飲み会があると ずっと嘘ついて女性と会ってたやり取りが見つかり その日からずっとふとした瞬間苦しくなります。 私と息子の存在は夫にとって何だったのかな? 亡くなった後に久しぶりに乗った夫の車から息子の チャイルドシートが外されトランクに隠されていて あー夫は他の女性をこの車に乗せて 独身であることにしてたんだなあと思い、 リュックサックからバイアグラも見つかり虚しくなりました。 夫が亡くならなかったら私は一度も夫を 疑いもしなかったし気付かないままだったと思います。 夫の死はとても悲しく、だけど呆れや虚しさや 腹立たしい気持ちもあり今でも涙が出ます。 夫は最期まで私や息子を愛してくれていたのでしょうか… ずっと苦しい気持ちが消えません。 どうしたらこの気持ちが消えてくれるのでしょうか。

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夫が急逝しました。

初めて投稿いたします。 私はうつ病を抱えております。 答えが欲しいというより聞いていただきたいのです。 今年の2月、長い間病と闘ってきた夫が急逝しました。 夫は若い頃から腎臓と心臓に病を抱えていて、40代で人工透析を受ける事となりました。 それも長期になってくると身体に負担がかかります。 不整脈もあって、50代後半には仕事に支障が出るほどに体調が悪化。 そうなると次は腎臓移植です。 しかし移植を待つ患者は多く、順番が回ってくるのはいつになるか。 そこで私は、私の腎臓を移植する事を夫に提案しました。 最初はとんでもないと固辞していましたが、やはり体の辛さに耐えられず、数年かかってやっと承諾してくれました。 このまま透析を続けてもいつまで生きられるか。 それなら私の腎臓を移植して生き永らえる時間を延ばせれば。 そして2020年4月、夫婦間生体腎臓移植手術を受けました。 しかし、ここから再び夫の苦難が始まってしまったのです。 入院中に様々な病気を併発し、退院できたのは2ヶ月半後。 元々筋肉質だった夫は痩せ細り、1人で歩く事もできなくなっていました。 しかし私は心配していませんでした。 元々楽天的で努力家の夫は、私がセーブしなければ頑張り過ぎてしまう人でした。 ところが今回は違いました。 なかなかリハビリを始めない夫を私は叱咤激励し、時にはなじってしまいました。 今なら理解できます。 移植手術は思ったよりも夫の身体に負担を強いたという事を。 もう遅かったのだという事を。 移植を受けたため、夫は免疫抑制剤を常用しなければなりません。 世間ではコロナが蔓延していた時期。 ワクチンは都度接種し、外出時はマスクをし、手を消毒、帰ってきたら手洗いうがいをさせ、注意していたつもりでした。 しかし昨年末、夫がコロナに罹患してしまったのです。 最初はまさかコロナだとは思わず、年末年始という時期もあり、家で様子をみる事に。 ところが年明け早々呼吸困難に陥り、救急車搬送となりました。 そして入院から1ヶ月ほどで、突然心停止し、そのまま逝ってしまったのです。 私は今、悲しみと後悔の念に苛まれています。 私にはまだ実父と義母、そして飼い猫を見送るという役目が残っています。 それを終えたらもうすべき事はありません。 いつか仏様の元で亡き人々の冥福を祈りながら過ごす、それが今の私の願いです。

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夫が亡くなりました

昨年末に夫が亡くなりました。 結婚30年目の事でした。一度離婚して別居した事があったのですが、その後思うところあり再婚し、私は別居先で仕事を始めてしまったので、週末婚の状態で過ごしていました。 週末には必ず一緒に過ごし、買い物したり、ご飯食べに行ったり。 夏には私と一緒に別居している娘達と旅行に行っていました。 しかし、昨年は年頭から私たちがコロナに次々と感染し、更には娘が職場で怪我をする、更年期の私は外出もままならない、となり、一度も会いに行けないまま、年の瀬を迎えてしまいました。 しかし、年末恒例でいつも私が年越しの料理を大量に作って持っていくのが定番でしたのでそろそろ、と思っていた時に、同居していた息子から『父が死んでいた』と連絡が来たのです。 それからの事はあまりよく覚えていないのですが、自宅で亡くなったので警察に遺体を持っていかれ、家では会えなかった事、身内が殆どいなくなっていたので子供達だけで火葬した事、それまで全く泣かなかったのを覚えています。 ですが、今年になってからの半年は相続関係、遺産分割などで段々と主人がいないんだと思うと泣く、と言うより胸を掻きむしりたいくらい自分が悪女になったようでどうしたらいいのかわかりません。 主人はどんなに寂しかったろう、たった1人で冷たい部屋で最後にどんな思いで逝ってしまったのだろうと思ってしまいます。 私はどれほど酷い妻だったのだ、と泣く資格なんてお前にあるのか、と言われている気がするのです。今更遅いのはわかっています。でも、どうしたら主人に詫びる事ができるのでしょう。納骨もしなくちゃならないのはわかっていますがまだ、離れたくなくて自宅においたままです。生前から散骨希望ではあったけど、そうしたらもう本当に主人はいなくなってしまう。 一体どうしたらいいのかわからないのです。 夢にでも出てきて私をとことん罵ってくれればいいと思うのにたまに夢に出てくる主人は穏やかに笑って昔みたいに一緒に料理したり、キャンプしたりなのです。 亡くなった人と会話ができたらいいのに、と思うばかりで胸が苦しくてたまりません。

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温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ