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観世音菩薩の場合
世音を観じるの意味を表しているのだと思います。根拠は以下のとおり。
妙法蓮華経観世音菩薩普門品第二十五の冒頭に何故、観世音菩薩はその名を観世音と名付くのかが説かれています。
『世』間の『音(こえ、声)』をよく『観』察するから観世音と名付く。
名の由来の説明の後に、様々な形で道を得せしむための手段を講じるとあります。すなわち、仏の形を見て道を得る者には仏を現し、自在天を見て道を得る者には自在天を現し、婦人、童男童女、魔を見て道を得る者にはそれらを現す。
尊顔がいくつもあるのは様々な世音を観じることをあらわしているのでしょう。
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せっかくですから観世音菩薩が叱られるシーンがありますので紹介いたします。
上記を聴いた会座の善男子が観世音菩薩に華の首飾りの供養を申し出ます。しかし観世音菩薩はその供養を断ります。
それを見ていた釈迦牟尼世尊(いわゆるお釈迦様ではなく、久遠実成釈迦牟尼世尊です。)は観世音菩薩を叱ります。
『慈悲を以って受けよ』
観世音菩薩が慈悲に乏しいことを明らかにした重要な部分です。
観世音菩薩が実は僕たち凡夫と変わらない、僕たちは観世音菩薩に近づけると理解したならば、
様々なかたちで世の中でお役に立てる、立つことで観世音菩薩と成れるんだと希望がわいてくるのであります。
観世音菩薩は僕たちの化城(けじょう、仮の目標)のひとつなのです。
飛天(ひてん)のことだと思います
本尊である如来や菩薩を讃嘆し荘厳するために、仏像の光背や天蓋に天人が彫刻されることがあります。それらの天人のことを一般に「飛天」と呼んでいます。仏画に描く場合は、より自由自在に飛行する感じに描かれていると思います。
宇治平等院鳳凰堂の雲中供養菩薩が「飛天」の代表作と言われております。
化仏(けぶつ)・化菩薩(けぼさつ)かな?
質問者からのお礼
ご教授いただきありがとうございました。