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死ぬことが怖くて夜も寝れません

閲覧有難う御座います、カテゴリ違いでしたら申し訳ないです。

私は、死ぬことが怖いです。「死」は全く未知の世界なので恐怖心でいっぱいになります。自分という存在が無くなる事、死に方によっては痛みを伴うこと。考えれば考える程、頭が混乱して嫌になります。

夜、寝る時も布団に入ると不意に「死ぬこと」を考えてしまい、寝れません。死ぬ事が怖くて、死にたくなくて、泣いて夜中まで起きている事が頻繁にあります。

死に繋がることも苦手です。地震が起きると身体の震えが止まらず震度3くらいの地震が起きたときは、それから暫くは地震が頭から離れすま身体が揺れてる感覚に襲われます。両親にも「お前の地震に対するビビり方は尋常じゃない」と言われます。

テレビ番組で特集を組まれる、戦争特集。地震特集、殺人事件。なども見ていて不安な気持ちに駆られ、その日の夜は眠れません。

死は、いつか来るもので受け入れなければならない事ですが、私は受け入れる事が出来ない状態です。

精神科で、気持ちを明るくする薬を出してもらうことも可能(?)だと思います。ですが、そうすると薬に頼らないと生きれなくなってしまいそうです。この状態を変えたいです。どうすれば良いでしょうか。

生きる意味
有り難し 29
回答 4
回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。

ご先祖の教え

はじめまして。

ボクが10代のころ、あなたように「死」について考えたこと、なかったなぁ、と感心しています。

翔玄師が書いていらっしゃることに同意です。

あと、付け加えるならば、あなたのご両親はご健在ですか? では、祖父母さまは? さらに曾祖父母さまは? つまり、ご先祖さま=仏さまがいらっしゃるかと思います。

亡くなられた方は、文字通り「いのちを亡くした」方々です。その亡くなれた方々は、みんな仏さまに成られています。仏さまに成る=成仏。仏さまは、教えを説いていらっしゃいます。どんな教えか? 「人は必ず死ぬ」という教え。

そう聴くと、「そんなことはわかってる」とおっしゃるかもしれません。でも、いのちを亡くした方だからこそ、まだいのちある我々に「その、いただいたいのち、精一杯大事にしてしなはれ。たとえ明日、死んだとしても悔いのないようにね」と身をもって教えてくださっています。

真宗の蓮如上人という方は、それを「後生の一大事をこころにかけて」とおっしゃいました。ご先祖に手を合わすということは、その教えをいただくこと。お念仏を称えることは、いただきました、いのち大事に精一杯生きますという返事です。

死は怖いです。ただ、死ぬその瞬間まで、いのちは、ボクやあなたが何を思おうと、感じようと精一杯、私の中で生きてくれてます。そのいのちとともに私も精一杯、今日を生きましょう。

ご両親やご親族、友人、先輩や後輩、先生や上司、ご縁いただいた多くの方の「おかげさん」で生かされてある私、そしてあなたですよ。

合掌

回答僧

圓常寺

聖章

極楽浄土

浄土宗的な回答ですが…、

南無阿弥陀仏と唱えた事が一度でもありますか?
無ければ小さな声でも称えて下さい。
なむあみだぶつ、ですよ。

称えましたか?
その声を阿弥陀仏は極楽浄土で今お聞きになりました。
あなたが命尽きる時、阿弥陀仏はあなたを迎えに来て、極楽浄土に連れて行ってくれます。
極楽浄土には、先に亡くなった人がたくさんおられます。
あなたのご先祖様も大勢おられるでしょう。
なので寂しくありません。
極楽浄土には苦しみもありません。
命が尽きる瞬間は苦しいかもしれません。
しかし、阿弥陀仏が近づきその光が見えた瞬間に苦しみがスッと消えると言われています。
ほんの一瞬です。

なので、どうか安心して下さい。
来世のことは安心して、今生きている現世に集中して下さい。
不安を感じたら、また南無阿弥陀仏と称えて下さい。

回答僧

翔玄

いつ死ぬかは分からない

明日かもしれない、今日かもしれない
寝たら目が覚めないかもしれない
来年かもしれない、10年、20年後?
分かりません、分かりません

だから今を思い切り生きるんです、明日があるし平気平気、と思うのではないんです

私も同じように不安で怖くてたまらなくなったことがありました
考え始めると怖くて怖くてしょうがないものです

毎朝朝起きて布団から出るときにしっかりと声に出してみましょう

「今日も目が覚めた、ありがとう」

ありがとう、は神様でも仏様でも自分にでも全部に対してでも構いません
今日無事に起きれた幸せ、生かされている幸せ
それを毎朝噛み締めてください

それを知っている人は知らない人よりもっと日々に感謝して生きれるんですよ

ふじわら様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

最近にも死についての恐怖や不安に関する問いに回答させて頂きましたので同内容となりますが、ご参考までにて。

「死」についての恐怖、不安に悩みお苦しみのご様子・・

拙生ももちろん、「死」に対しての恐怖、不安というものを持っておりました。

しかし、今ではさほど、恐怖、不安はございません。

恐怖・不安の原因は、「無知」にあります。

あるいは、仏教では、「無知無明」として、真理を知り得ていない状態のことであるとなります。

そこで、もちろん「考えないようにする」、「無視する」というのも一つでしょうが、いずれは誰もがやがて迎えるものですので、いつまでもそういうわけには参りません。

そのため、手前味噌にはなりますが、「死」についても真摯に対峙して理解を進めていく仏教を学び修していくことを、やはりお勧めさせて頂く次第でございます。

その一つのヒントとしましては、「死」における「肉体」と「意識」(微細な意識)のありようについてのことを、理解していくということになります

「死」について、「無」になってしまうのかもということが、その恐怖・不安の原因の一つのようですので、「死」は決して「無」、「絶無」ということではないということを、しっかりと得心なさることができれば、また「死」についての理解も少しなりにも進み、恐怖や不安も和らいでいくのではないだろうかと存じます。

是非、仏教に関心を持って学ばれて頂きたいと存じます。

川口英俊 合掌


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