皆様に大変ご好評をいただき、ご質問が殺到しています。

回答が追いついておりません。お坊さんから丁寧にご回答いただくため質問受付数を制限させていただいております。大変申し訳ございません。

これからどうすべきか。助言をください。

生きるのに疲れました。

13年間死にたい思いと共に生きてきました。
いじめや不登校、治らないアトピーやうつ病。
お前なんてまだまだだと言われるかもしれません。でも、もう沢山苦しんできました。

たしか8年くらいの前ことです。決めたことがあります。
両親より1日でも長く生きること。
それがその時に自分ができる、今まで迷惑をかけてきた両親にできる唯一の親孝行だと思い決心しました。

でも、もう疲れた。

苦しい思いをして生きる必要なんて感じない。

人の命が互いに量りきれないのなら、誰が先でもいいはず。
先に生まれた方が先に死んでいいなんて、そんなのその人の都合でしかない。
「親より先に死ぬのは親不孝」と今両親に死なれた子供に対して言えますか?

両親は優しくて寛大な両親です。
自分がどんな状態にあっても味方でいてくれます。

でも、もう疲れた。
楽になりたいです。

有り難し 59
回答 5
回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。

何ものにも所属せずに生きてみましょう。

アナタが誰かと同じであろうとか、標準であろうとか、いっさいそういう同所属意識を捨ててみてください。心の中だけで結構です。
あなたは天然の全宇宙にたった一人だけの存在です。
ご両親からお生まれになられたとしても、あなたはご両親と髪の毛の本数も肌も視力も聴力も嗅覚も味覚も身体能力も皆違う。
アナタが誰かとの関係に縛られず、本当に自分と言う一箇、一個人を生きてみてください。
一時的でもイイ。
本当に友達も、家族も、名前も忘れて、只の一個の存在になりなさい。
肩書きも、立場も忘れて。
一切の観念的なはからいを捨てないと「素の自分」「ただの自分」を愛せません。
自分は何もない、劣っているつまらないものだと思っているのでしょう。
比較をしているからです。
人間の存在はそれぞれが絶対です。絶対とは対がない。
比較するべき相手がない。それぞれがそれぞれの存在です。
トコトン肩書きを忘れて一人の命の塊になってみてください。
それによって、はじめて見えてくるものがあるでしょう。

聞かせて下さい

たまさま
はじめまして、なごみ庵の浦上哲也と申します。
お返事が遅くなってすみません。

たまさんは20歳代とのこと。
そのたまさんが13年間も苦しんでいらっしゃったということは、少なくとも人生の半分前後は苦しみの中にいらしたということですよね。それは決して「お前なんてまだまだ」なんていうことはなく、よくその苦しみに耐えていらしたと驚きを覚えるほどです。

人のいのちは老少不定。仰る通り年長者が先に亡くなるとは限りません。親より先に子が、祖父母より先に孫が亡くなることもあります。

でも、たまさん。今あなたは生きている。
そして8年前に決めたことがある。
苦しみの中にいる方には厳しい言葉だと感じるかもしれませんが、その8年前の決意をなんとか保って頂けないかと私は思っています。

他にも苦しい思いがあるのではないでしょうか。
よろしければ聞かせて下さい。

あなたのためにココがある!

たま様、はじめまして。
「でも、もう疲れた」との繰り返しに、たま様の13年に及ぶ苦しみの深さが見えます。
ご両親に深く愛されている実感が、唯一たま様の支えでしょうか?
でももし、たま様がその苦しみから逃避してしまった場合(考えたくもないですが・・・)
あなたの苦しみはご両親の心の中に倍になり残ってしまいます。

でもたま様は、最後の救いを求めてhasunohaに来られたのです。
ココの僧侶方は皆さんあなたを心配し、寄り添おうとしています。
どうぞ、その苦しい胸の内を吐露して下さい!
これ以上、公開の形が不可能なら私を含めココの僧侶方のFacebook・Twitterなどからメッセージを送るなりして相談してください。
すぐに解決できるとも思えませんが、共に歩むことはできます。
あなたの様な苦に寄り添うために、私たちはココにいるのです!
どうぞ、もっと胸の内を聞かせて下さい。

仏教を学ぶきっかけとして

たま様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

生きるのは本当につらく苦しいことです。大なり小なり、皆、日々色々な苦しみと闘いながら不安や恐れと共に過ごしています・・

生・老・病・死・・あるいは、愛別離苦・怨憎会苦・求不得苦・五蘊盛苦・・私たちには様々な苦しみがあります・・

しかし、お悟りを開かれたお釈迦様は、それらの苦しみの対処法として、苦諦・集諦・滅諦・道諦の「四聖諦」を諦らかになされました。それは、苦しみは確かにあるが、その苦しみには、必ず原因・条件(縁)があり、その原因・条件(縁)をしっかりと見極めた上にて、その原因・条件(縁)を解決させることによって、当然に結果としてのその苦しみを無くすことができるのだとして、そのための方法・手段を様々に巧みなる方便にてお説きになられました次第でございます。

ですので、もちろん、たま様のお苦しみの解決方法も膨大なるお釈迦様の教えの数々の中から、探し出していけばきっと見つかるはずでございます。

もっとも、拙生、残念ながらまだまだの浅学非才の未熟者ゆえに、「これです」として即座にお示しすることができません・・大変に申し訳ありません・・

ただ、一つのご提案として、この機会に、たま様も少しずつでも仏教を学ばれることを始められて、共にその解決の方法を探しだすことに取り組んでみませんか?

この世のモノ・コトは、すべて因果の流れによって成り立っています。そのため、たま様の苦しみや迷いにも必ず、その原因・条件(縁)があり、それが結果として今、そのように現れているはずです。ですので、その原因・条件(縁)の流れを何とか変える方法を仏教の教えの中から探しだして、試しにでも実践していくことが「これからどうすべきか」の一つのヒントとなるのではないかと存じます。

とにかく、この度は、まず苦しみや迷いは実体として永久永遠にそれがそれ自体として有ると言えるものでなく、原因・条件(縁)によって変化させていけるものだということだけでも、少しくご理解を頂けましたら幸いに存じております。

このことをご理解頂けましたら、次に、ではどのように具体的に原因・条件(縁)を変えて調えなければならないかということを考えて実行していくこととなります。是非、共に仏教を学ぶ中で取り組んで参りましょう。

川口英俊 合掌

たま様。

自死したら、楽になれると思われますか…楽になれると言う錯覚でしかありませんよ。
自死する事は、この世の種々の煩わしさから、一時身を隠すだけですよ。
貴女は、貴女が自死した後のご両親の、その後を考えてみられた事は有りますか。
よくよくお考えなさいませ。其れがどんなに苦しい事かと…
貴女は、みまかられたから其れで良いかも知れませんが、
後に残った、貴女の仰る「両親は優しくて寛大な両親です。 自分がどんな状態にあっても味方でいてくれます。」其のご両親を苦しみのどん底に突き落としてもいい訳は有りませんね。

よくよく貴女のご両親とお話しなさいませ。
「両親は優しくて寛大な両親です。 自分がどんな状態にあっても味方でいてくれます。」
と仰る貴女の大事なご両親と…

また、NPO法人 自殺防止ネットワーク「 風」にもご相談為されたら宜しいかと存じますよ。
http://www.soudannet-kaze.jp/


質問者からの有り難し - お礼

浦上哲也様、沙門密富様、大熊範隆様、ご回答ありがとうございます。

自分は弱い人間なので、きっとこれからも苦しみながら生きていくんだと思います。
苦しみから逃れたい思いと、両親を悲しませたくない思いで揺れながら。

また利用させて頂きました。一読して頂ければ嬉しいです。

川口英俊様、ご回答ありがとうございます。

丹下覚元様、ご回答ありがとうございます。

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