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まともな会話が出来ないカルト信者の両親

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(編集部より。規約により投稿の一部を変更しています。)

私の両親は、共に熱心な某宗教の信者です。私は子供の頃から信心する気は無いです。
それをいつも貶され、お願いしても私の考えは全く聞き入れられず、尊重されたことはありません。

とにかく何を話しても宗教に結びつけ、
悩みがあっても話を聞いたり一緒に考えることなく、
『お経をあげなさい』しか言われず、その後はお経、信心、御書、宗祖のすごさ…など聞いてもいない事を延々と話し続けます。

特に幼い頃は大変苦労いたしました。
信心は人生の羅針盤!などと言っていましたが、私は宗教でなく両親の考えが聞きたかったのです。
しかしそれが得られない環境でしたので、精神的な拠り所がなく
ひどい摂食障害に高校生の時はかかり、生理が止まる程でした。大人になるとうつ病などの難治性ストレス病にかかりました。

何気ない会話やちょっとした相談をしても、まずはお経!信心!ご本尊様!のオンパレードで
すぐに本題から逸れ、信じていない私を貶し、信者を誉め称えます。

つまり信者であれば認めるがそれ以外は悪、ダメ人間扱いです。疲れます。

私の親しい友人の家族が亡くなった時も、
信心していなかったからだと断じておりました。
とんでもない人間だと呆れましたが、ここまで洗脳が深いともう何を言っても無駄なので、私を含め親族も諦めています。
元々の負けず嫌いな性格もあるようです。

それ以外にも驚く程無神経な発言も多いのですが、母も高齢になり、こうした発言もだんだん老化現象のように処理している自分にホッとしています。しかし
やはり唯一の母親がカルト宗教に依存して己を保っているという事実や、成り立たない会話、他人や私へのひどい発言は、わかっていても私を苦しめます。

人を貶してひどい言葉を平気で吐くことについては、一切情報を渡さない事で対処したいと思っていますが、
子供が生まれたばかりで付き合いを一切断つ事はできずにいます。
今までお世話になった事も数えきれない分、愛憎が深いのだと思います。
母の言葉に心動かないようになりたいです。

どうすればもっと心の距離を取れるでしょうか。


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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

毅然としていればいいのです。

私のような立場の者(日蓮宗僧侶ですから)が、さつきさんにお話をする。ということをご両親が聞かれたら、それは大変は事でしょうね。大謗法罪(だいほうぼうざい)と罵られるでしょうね。
昔はよく訳の分からない法論を仕掛けられました。

私たちも、某新興宗教の欠点を随分勉強しました。でも、一度、洗脳されてしまうと、なかなか抜け出せないような仕組みになっているので仕方ありません。
でもそれが新興宗教の手段ですから、渦中にある方は何ともし難いです。

もちろん矛盾に気づき退会される方には、大いにお話をしますが、そうでない方には一切関わりません。どうぞご自由にということです。

さて、さつきさんも日頃から、その関わりでご苦労されたと思いますが、第三者から冷静に見た時に、やはり信仰はそういうものではないと感じられたと思います。それに気づかれたらそれで十分です。
でも、今さらご両親の考え方が変わる訳でもありませんから、もうそのままに対応するしかありません。

家庭内での信仰の問題も多々ありますが、何を信じているのかによって、親子兄弟、夫婦さえも亀裂が生じます。それも仕方のないことであり、身体は拘束されても心までは拘束できないということです。

若かくて元気な間は、ある程度自分の思い通りになるので、真理法則に反していても都合よく理解しますが、そうではなくなると、真理真実を受け入れざるを得ませんが、そんな日が来るといいですね。

「何でもお題目さえ唱えれば自分の思うままになるのではありません。たくさん唱えればいいというものでもありません。まして、お題目はそのように使われるものでもありません、まずは、人として最低限の良識と社会人として生きることからです。その上で信仰するから救いがあるのです」
ともあれ、両親は両親ですの、何かに気づいた時に救ってあげればいいのですから、さつきさんも自信を持って対応してください。

さつきさんご自身もそのような環境で育てられたということも意味があってのことでしょう。何を脅かされても大丈夫ですから、包み込むような愛でご両親を見守ってください。

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おきもち

日蓮宗のお寺で、名古屋市南区にあります。 ”お寺は生きている人のためにも...
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変わらないご両親を愛してください

偶然ですが、私と同年(58歳)のその宗教信者2人と知り合いです。二人ともとても立派な人物で、したがって周囲の人たちからとても尊敬されています。バランス感覚みたいなものもすごく持っていて信心に凝り固まっていません。でも、熱心な信者です。熱心さと常識みたいなもののバランスが取れているので尊敬されているのでしょう。

残念ながら、ご両親はそんな感じではなさそうですね。ご高齢の御両親がこれから変わっていかれるかというと難しいといえます。たぶんあなたもそう思っておられると思います。ご高齢になり身体は衰えられるでしょうけど……。

で、身体が弱っていかれる御両親に対してどう接していったらよいかお悩みなのでしょうが、それはもうあなたがお考えを変えられて、ご両親をそのまま受け入れてあげるのがよいと思います。これももう既に分かっておいでのことでしょう。が、それを再確認していただいて、より高いところから御両親を受け入れ、かばってあげていただくより他にないと思います。

小さい時からたくさん嫌な思い出が積み重なっているのでしょうが、それでも大切な親御さんです。ご両親は変わりませんから、あなたが気持ちを入れ替えるしかないと諦めて(ここでは明らかに知って、という意味です)ください。

ただ、切り替えるということは、耐えることでもありますから、何か自分のためにご褒美を用意するとか、楽しみを持つとか、そうしたことも忘れないでください。

ご両親とあなた自身をたいせつになさってください。

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私はお坊さんといっても、ひと様に何か答えらしいものを提示できるような立派な...
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信仰への執着は煩悩(悩み苦しみの原因)

お釈迦様は、煩悩が自分と他人の悩み苦しみの原因になることを発見されました。
たとえば、信仰への執着も煩悩であり、自分と他人の悩み苦しみの原因になりますよね。
他人との優劣を気にするプライドの煩悩も悩み苦しみの原因になります。
ご両親は、煩悩に苦しみもがいている状態なのです。
誰にでも煩悩はありますので、仕方ない部分はあります。
煩悩があるのはお互いさまなので、まずはご両親に対して慈悲の目線を忘れないようにしましょう。
世の中には、他人の煩悩を刺激して客を集める手法が多々あります。
宗教は、信者のプライドの煩悩を刺激して、「特別な信仰をしている自分たち」という優越感に浸らせ、信者を気持ち良くさせてくれます。
人生の希望を失っているような人々にとっては、とても気持ち良い刺激なので、新興宗教の施設に行くと、心身が弱っている人々がけっこう集まって来ています。
信仰以外に喜びがないのかもしれません。
ご両親には、信仰以外で人生の喜びを感じられると良いですね。

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がんよじょうし。浄土宗教師。「○誉」は浄土宗の戒名に特有の「誉号」です。四...
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質問者からのお礼

藤岡様

お返事ありがとうございます。じつは両親は外面は良いのです。家族には別の顔を見せています。子供の頃はお寺で七五三をしていますので、両親は70代ですから多分もうすこし古い信者の人間で、そのせいなのか若い人より他宗の弾圧や悪口が強烈です。他人の悪口を言う宗教は私は受け入れられません。藤岡様のご友人のような方が両親であれば、私ももっと見方が違っていたのかもしれません。
いつしか私も子供を産み経験を積み、両親を1人の人間と認識できるようになっており、いまその弱さに落胆しているのかもしれないです。アドバイス通り、俯瞰の位置から包み込む姿勢をとります。ご褒美、良いですね!今まであまりやったことが無いですが、色々考えてみます。

鈴木様
ありがとうございます。大謗法罪…言われると思います。日蓮宗、浄土真宗などの他宗のみならず機関紙にも他人の中傷ばかりで、昔から嫌でした。特に母は、お題目をあげれば全てが叶っていく!と、身近で起きた都合の良い事を体験談として語ってくるのですが、鈴木様の仰るとおりお題目は本来そんなものでは無いと私も思います。
何を脅かされても大丈夫、と言っていただきありがとうございます。ずっと脅されてばかりで怖かった気持ちを理解してもらって嬉しいです。また、そんな環境に生まれ落ちたことにも意味があると勇気づけて下さって感謝します。親の宗教のせいで人生かなりハードモードでした。お葬式の事を考えると今から憂鬱ですが、いただいた毅然とした態度でいなさい、というアドバイスをこれからも大切にします。

願誉さま

ありがとうございます。新興宗教の施設に行くと、心身が弱っている人がいっぱい集まっている…よくわかります。私の知っている人達も両親を含めそういう人達が多いですし、身近にそんな人がいれば折伏しに行こうとする事も…
末端の人達は善意で言っているぶんタチが悪いと思います。

母から唐突に、あなたのように曖昧なものを信じている不安定な人間に比べたら信心している人はどんな事も乗り越えていける!などとLINEが送られてきましたが、
カルトに頼って偽物の万能感に浸っている自分は不安定ではないのかな?と、普通に疑問です。
何を言っても無駄なので無視していますが、何もしていないのにこんな事を毎度言われて気分の良い人などいないはずなのに…
むしろ、不安な自分を鼓舞するために敢えてこんな事を言っているのかもしれないですね。私を貶せば、自分が私より上に感じられて気分が良いのだと思います。
という事は、やはり仰られるように特別な何かになりたい、優れたいという煩悩に苦しんでいるのでしょうね。
なんだか、悲しくなってきます。

仰られた慈悲の目線を忘れない、ということが何か、ここ最近は少しわかるようになりました。若い頃は正面衝突ばかりでしたが、両親も両親なりに一生懸命だったのかもしれません。
未だ執着は消えやらずのようですが、それが両親なのだと、あるがままに捉えていきたいです。

「パートナー・親族・友人と宗教」問答一覧

彼が交際より信仰を優先したのが苦しいです

交際していた彼が神道系の民間信仰にすがっていて、10年ほど前に自死した彼の亡妻が、私との交際のせいで成仏できていないと教祖から言われたそうで、私は突然別れを告げられました。 亡妻は仏教徒ですが、彼は「仏教では自死の人は救えず、自分が信仰しているその神様にしか救えない」と主張し、妻の成仏が今は何より大事なので私とはもう会わないと言われました。 その教祖に彼は直接会えず、身内がお告げを聞いて伝えてくるそうですが、身内を通じて彼の行動は教祖にすべて報告しなければならない決まりらしく、別れ話のために私と会うときさえ、身内に事前に報告し教祖の承諾を得ていたようです。 また、亡妻が自死した当時、その身内がやってきて、彼のせいで妻が自死したのだとわざわざ言ってきたそうです。 その教えは正しい行動をしないと悪いものが寄ってくると言い、人の行動を把握した上で様々な日常のトラブルなどを因縁や霊のせいだと結びつけさせているようです。 そのように他人の行動を監視・支配し、心の弱さ、悲しさを慰めるどころか罪悪感を植え付け、亡くなった人が成仏できていないなどと脅し、何の問題もなかった交際関係を断つことが正しいと誘導する教えがまともだとは私にはどうしても思えないのです。 私は教えの矛盾を指摘し、災いなど起きないから私と生きていこう、生きている人を大事にしない考え方で供養などできないのではと説得しましたが、彼は聞く耳を持たず、これ以上どうしようもなく彼とは道を分かつ決意をしました。でも、彼も私も別れのときは寂しく、互いに抱き合って泣きました。 彼は別れ際、自分だけでなく家族にも災いがふりかかると言われており、信仰をやめる勇気はない、がんじがらめで自分はもう一生幸せにはなれないと言っていました。 私たちは本当に出会った縁を大事に2年間付き合ってきました。どうして別れなければならないのかが今でも納得できず苦しく、そんな教えを優先して私との関係を切った彼自身や、それをそそのかした教祖に対する強い負の感情が時々こみあげてきて、なかなか気持ちが切り替えられません。 どうしたら前向きに進んでいけるでしょうか。 また、彼は少なくとも数ヶ月自分の周りがどうなるか様子を見たいと言っていて、今後連絡が来る可能性も皆無ではありません。今後何かのときに再会した場合、私は彼にどう接したらよいのでしょうか。

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還暦のお祝いについて

風習について親戚に指摘され、悩んでいるので教えて頂きたいです。 今年60になる父の還暦があり、当然のようにお祝いをしようと思っていたのですが、ある親戚から私が厄年であるためお祝いは控えるように言われました。 実は以前も、母が還暦の時、同時に義母も還暦でお祝いをしようと思いましたら、その親戚から「勝ち負け」が起きるから、どちらか一方のみお祝いして、もう一方はお祝いしてはいけないと言われました。 「不幸になる」や「早死にする」など不吉な言葉を言われて、気にしないようにしたくても、一度それを言われてしまった手前、やはりお祝いし辛くなってしまい、義母の還暦はお祝い出来ませんでした。 正直、風習などにはあまり詳しくありませんが、その親戚は何かあるごとに「不幸になる」などの言葉を使います。 純粋にお祝いをしたい気持ちを、踏み躙られたようでとても悲しいです。 今年は父の還暦、たった一度の行事なのに、なぜそれをお祝いしてはいけないのか理解できません。 実際、宗教上の理由などで、そのような風習は存在するのでしょうか? また、お祝いの気持ちを蔑ろにされ、どのような心持ちで還暦の日を迎えれば良いのでしょうか。 回答いただけたら嬉しいです。 よろしくお願い致します。

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久しぶりに会った友人の発言に傷つきました

私は40代の男性です。 同級生に我が家の菩提寺を継いで住職になった友人がいます。 勤務していた支店が閉店し、退職して地元に戻ってきたのでお寺を訪ねた機会に友人の彼と話をしました。 「色々あって地元で就職先を探しているから良ければ力になって欲しい」と言うと、彼は「妻も呼んで話を聞いていい?」と彼の奥様を傍に呼んでからは明らかに上から目線の態度になり段々と私の生き方や性格を問い詰めて批判するような発言を繰り返しました。 私はこのような言動に傷ついてしまい、戸惑いながら問い掛けました。 すると「純粋に菩提寺の住職として、君について前々から思っていたことをアドバイスしただけ。そういう受け取り方をするぐらいだから、自分で自分の悪い所に気づいてない。だったらこの機会に教えてあげるから直した方がいい」と言われ、人間関係の基本や接し方について話し始めました。さらに「今の妻と結婚してから考え方を変えることが出来たし、住職の仕事を通じてたくさんの人を見てきたから分かる」と、傍にいた奥様と同調しながら夫婦で私を悪い例として例えながら似たような話を繰り返して語り続けました。 小学校や中学校の頃の友人自身は引っ込み思案な性格で、このような言動を聞いたことがありませんでした。 むしろ、お昼休みや帰りは常に私が誘って雑談したり、どこかに行ったりするぐらいでした。そのため、私を問い詰めて責めるような言葉を選ぶようになったのか理解できず困惑していました。 最後は彼が奥様からの耳打ちを受けて「あなた自身が自分を変えないと思わない限りは我々がいくら時間を使って話しても無駄だから」「今は学生の頃と違って同じ身分ではないのを理解して欲しい」と突き放されるように言われて終わりました。 今後、彼との友人関係を悪化させないのにはどのように対処すればいいかアドバイスをいただきたいです。 何よりも、我が家の菩提寺なので関係を断つわけにもいかず、付き合いが続くと思っています。お坊様方にアドバイスをいただけると幸いです。よろしくお願いします。

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家族の信仰との折り合い

私は結婚しているのですがパートナーは神道系の民間信仰に出会い、そこにすがっていてます。「私も一緒に同じ教えで歩んでほしい。そうすれば先祖も家族も早く救われる」と話しをしてきます。そこの教えは教祖の方が神様の声を聞いて伝える形をとっていて、先祖の因縁による影響等の話しや神様に背くと命をとられるとかの話しをするので、私にはしっくりこず、どちらかというと距離を置きたいと思っています。 自分の思いも伝えますが、話しがかみあわずです。「神様に逆らうと命をとられると言われていて、子どもの命がとられるかもしれないのに自分を守る発言ばかりで親ではないのか」と責められます。パートナーは 「私一人ではもう限界で私に一緒に信仰してほしい」と言ってくるのでしんどいと感じる時や言い争いになるときもあります。 またパートナーが泣きながら訴えてくるときもあるので自分が悪いことをしているような、素直に信じられないことがよくないのかと自分を責めたりすることもあります。パートナーとの関係を維持するために合わせたほうがいいのかと一瞬思ったり、でも心から信じてもいないのに合わせるのもどうかと思ったり迷っています。 また、妻が「最近神様に失礼なことをしてしまったからお詫びをしないといけない」と言っています。これも「私が逃げて向き合わないのが理由であり、お詫びをしないと、禊をくってお金が無駄に出ていき、家族に危ないことが起きるので、数十万用意してほしい。神社にお詫びを込めて奉納するとのことです。お金は働けば返せるが命は返らないので一刻も早く」と言われています。手元にお金がなく困ってローンを組むことにしました。 パートナーから「私といるから不幸になる」と言われ、私もパートナーと別れたほうがいいかと考えたり、一方で子どもは家族離ればなれになりたくないと言うので何とかお互いに折り合いをつけられないかと悩んでいます。 パートナーは私が家族の問題の要であると捉え責めてくるのに対して、私も萎縮してトラブルを避けるためパートナーの話しに沈黙をするか、受け流す形の対応になってしまい、余計に怒りをかうこともあります。パートナーは信じきって拠り所にしていて考えを変えるのは難しいので、私が思いを受けいれ、一緒にしたほうが楽かなと思ったりしてます。ただ自分の思いと違うことに抵抗する心もあります。 ご指導いただきますと有難いです。

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カルトに入った元親友についての相談

いつもお世話になってます。 お陰様でお勤めも毎日するごとに気づきが増えました。 今回の相談は、大学時代の親友がカルトに入信して10年弱経つことです。 5年前までは県外でしたがよく連絡取っていて、入るときもその時はカルトがよくわからなくて止めもしなかったんですが、最初はよくある手口の勧誘にさそわれて…とのことです。 5年前に久々に親友とあったらミニマリストより物がさっぱりしていて、人を殺めてもいい、私はもっと教団の上に登らなければならない、みたいな焦りがありました(後で調べたら仏教やヒンドゥー教など様々取り入れた公安も見張ってる某カルトでした)。最初は優しくしてたんですが帰りに怖くなって喧嘩別れしてしまいました。 当時悩んで私も縁切り寺にも行きましたが「そんなことで縁を切るのかね。別れなくても良かっただろうに。」と言われ、縁切りじゃなく仲直りの祈祷をされました。 それから時間が経ち、確かにそうかもしれないな。と思いました。でも当時の自分の限界だったから仕方ありません。 何となく感じるのは、自分がまず日々丁寧に生きてどっしりすること、長い目で遠くから見守ることを目標にすることしか思い付きません。 親友だった人のために、直接でなくても今できることはもうないのでしょうか?

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旦那家族に結婚を反対されている

わたしの実家が宗教一家です。 わたしは信仰心はないものの、幼少期から親の意向で名前だけ会員でした。 結婚前にそれは旦那、旦那家族に伝えて了承もらっていたものの、 わたしの家族が旦那に対して選挙応援のお願いをして反対されるようになりました。 その後わたし、わたしの両親から旦那、旦那家族にそれは謝罪し、 わたしは実家の宗教から名前も抜けました。 しかし、旦那家族は実家が宗教である限りどんなに約束していてもまたわたしが入信する可能性がある、そうしたら旦那や子供も入会させられると思い、 わたしと旦那を約3週間会わせず、2週間連絡もとらせないようにしました。 そして今は離婚調停のために弁護士を手配しています。 旦那はわたしと隠れて連絡をとり、 わたしは旦那家族の上記不安点や「わたしが親と絶縁しないと結婚を許さない」と旦那家族が言っていることを知りました。 強引に2人で元の生活(同居)に戻ろうともしましたが、常に家族親戚に監視され、 決行しようとしたら「じゃあお前と私たち家族全員縁を切る。さようなら」と言われ、完全に心が折れ親の言いなり状態です。 旦那は離婚調停をして不成立にして、せめて別居婚を狙っているようです。 わたしは元宗教に関しては信仰心がなく、人がするのは構わないが自分が勧誘されるのは好きではなく、 もう一度入会する気は一切ありません。 また家族も旦那や旦那家族に勧誘活動をする気は一切なく、選挙も二度と頼まないと誓っています。 家族と縁が切れるわけない、今は向こうも縁を切ると言っていても、 何度でも2人で謝りに行ってたらいつかはゆるしてもらえる日がくるし、親孝行もきっとできるよ。と旦那には話しました。 しかし、旦那は二度と親子の縁は戻らない、あの家族は本気で言ってる、無理だと思っています。 離婚調停で不成立になっても旦那家族がわたしたち夫婦を会わせることはないので、 形だけの夫婦です。 旦那家族にどうしたら信じてもらえるのか。 旦那はどうしても離婚したくないと言っているが、どうしたら家族に踏ん切りつけてくれるのか。 (家族に消えて欲しい、無理と何度も言いつつやはり家族しか選べない) わたしはどうしたらいいのか。 もうわたしも精神的に参ってしまい判断がつきません。

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餓鬼のような人

昨年に続き、今年も餓鬼についてご相談させてください。 今年実父が亡くなりました。問題は母、叔母、墓のある在家団体です。 母は自己中心的でお金に執着し、他人の悪口で自分が優位に立つことばかりいい、また他人の財産を狙ってばかり。母方祖母の相続では叔父と相続トラブルを起こし絶縁状態、私や父との生活でも自分が優位なようにと常に画策。父の葬儀後は、遺産相続に奔走、四十九日も行わず、遺産はほとんど全て母のものにして、さらに私の夫の遺産や収入等も当てにした生活を要求、私ともトラブルになっています。 私が何か言えば、「私は母親なのに」「あなたは冷たい」と逆切れ、不法侵入を繰り返す等犯罪めいたことも。知らない人には都合のいいことを言うなど、人格障害レベルの自己愛です。 叔母は父や私が在家団体と一定の距離を置く(叔母の信仰の仕方に従わない)ことに不満があるらしく、父の葬儀に戒名はつけない、墓にも入れない等と言い出しトラブルに。夫の納骨、三回忌についても、納骨法要だけで三回忌法要はなしと決めてきました。元々在家団体の活動で勝手に父や私の名前を使ったり、金銭トラブルを起こしています。在家団体の方も叔母に都合のよい対応で曖昧にする部分があります。 亡父は、在家団体の信者である祖母、叔母が家族を放り出し、開祖等への供養に熱心である様子に対し、家族に対して最低限の対応はすることと供養の対象は三界萬霊の方と私に言っていました。 お墓は私の方で維持するため在家団体との最低限のお付き合いはしますが、夫の三回忌法要を断られたこともあり、今後、身延山で本願人として夫と父のお位牌を立て、ご供養は移すつもりです。また、このお盆にあたり、身延の方でお塔婆供養を申込しました。 以前にご相談した際に「触らぬ餓鬼に祟りなし」「人の振り見て我が振り直せ」「「善導の精神」こそが菩提心なのであり、衆生済度の精神」とのご回答をいただきました。 仏教的に母、叔母、在家団体に対して今後どう対応すべきか、他にできることがないか、ご意見をいただければと思います。また、日蓮宗の信徒というわけでもなく身延山にお位牌を立てる形になるので、日蓮宗の方からのご意見もいただければと思います。

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両親の事で、悩んでいます。

両親は、私が幼少期の頃からあまり構ってくれる方ではなく、どちらも自己中心的な性格で、話を聞いて欲しい時や、本当にしんどい時も面倒くさがってあまり話せる環境ではなく、幼少期から甘えさせてはくれませんでした。 現在、子どもは5歳・2歳・生後3ヶ月の子が3人いて、旦那が交代制の仕事で半月程夜いない為、ワンオペが辛い時もありますが、両親に頼ろうとしても協力的ではなく、孫への世話も殆どしてくれません。子どもがあまり好きではなありません。産前産後も協力が得られませんでした。 19歳の頃に一度バイクに乗っていて、巻き込み事故にあったのですが、母は私の命の心配どころか、最初の一言は「バイクは?」と言われ、家に帰った後も「もう少し巻き込まれてれば、10対0だったのに」とお金の心配ばかりでした。保険金目的で、無理やり入院もさせられました。そんな母に対し、正直許せない気持ちはずっとあります。 以前は両親2人とも宗教に入っており、10年以上サボり続けていたのですが、父の癌をきっかけに焦る様に宗教に入り直しました。親戚家族も宗教一家で、それからは叔父や叔母とよく連絡するようになりました。両親とも、LINEでは突然敬語になり、人が変わったような内容を送ってくるようになりました。そして私や弟にも「家族みんなが清まらないと意味が無い」と言われ、宗教に入るように説得してきて、弟は両親から土下座され、私も去年大厄で家庭問題等があり、心身共に疲れていたのもあって、2人とも入りました。 宗教に入って、段々と「もっとお清めをしなさい」や、活動への参加の連絡も多く、子育て真っ最中の私には、億劫に感じています。 父は病気への不安からか、すっかり宗教にのめり込んでおり、毎日お清めや活動に参加しています。抗がん剤治療でしか、抑えることが出来ない状態ですが、副作用で入退院を繰り返してからは、抗がん剤治療を拒むようになり、現在は宗教活動に専念しております。 私が父に会う度の印象は、声もか細くなってきており、今後の事を考えざるおえないと感じております。 宗教へは、正直参加したくありません。でも父の事を考えると、私も活動した方が喜ぶのではと考えてしまいます。 そして、母は父が活動している最中に「弱っていくのを見るのはきついのよ」と言い、頻繁に好き勝手浪費しています。そんな母に、怒りを覚えますし、要領が良い母を許せません

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