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10年前に亡くなった彼のお葬式は可能?

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10年前に亡くなった彼の、形だけのお葬式をしてもらうことは可能でしょうか?

10年前、学校でのいじめや、家庭環境によって私は孤立していました。
その際に、お世話になった男性がいます。

しかし、出会ってから2ヶ月後に彼は亡くなりました。彼の妹を名乗る人物から突然病死を告げられたのです。

彼には片想いをしていたのですが、結局想いを告げることが出来ずに終わりました。

彼の妹とも音信不通になってしまい、葬式をやったかどうか・お墓の場所・そもそも本当に彼は死んだのか等、何も分からないまま、今日までずっと彼の死を引きずり続けています。

ここ10年、彼のことを想っては泣き続ける日々を送ってきました。そろそろ前向きに切り替えたいです。

しかし、今ここで自分が切り替えたら、彼のことを忘れてしまいそうでとても怖いです。

そこで、色々考えてみたのですが…。
お葬式は、亡くなった方の供養をするためだと思うのですが、残された人々の気持ちを整理するためでもあるのではないかと思いました。

彼の本名も知りませんし、写真も骨も無いのですが、自分の中で区切りをつけるために、簡単に形だけでのお葬式をしてもらう事は可能なのでしょうか?

不躾な質問で大変申し訳ございません。
ご回答いただけますと幸いです。


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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

お葬式はもともと生きている人のため

お葬式をしてしなくても亡くなった人には意味がないことです。つまりお葬式って生きている人が亡くなった人と別れるための儀式です。だから、あなたのためにその男性のお葬式をなさるのは理に適っています。人間は儀式を行うことで新たなステップを踏んでいくんですね(通過儀礼が典型)。

さて、それが仏式とかとなると、お葬式をご依頼になるお坊さんとよく話し合い、どんな儀式がよいか、その方と議論してから決めることが大切ですよね。信頼できるお坊さんを見つけて、よく話を聞いてもらい、このお坊さんなら、と思う人に頼んでください。

それから、お葬式を務めたら気持ちに踏ん切りみたいはものは出てくるでしょうけど、それで忘れるということではないと思いますよ。毎年のお祥月命日にそのお坊さんにお参りしてもらうということも考えてみてください。

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私はお坊さんといっても、ひと様に何か答えらしいものを提示できるような立派な...
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こんばんは。

 「お葬式」は、仏式ですと「故人がお釈迦さまの弟子になる式」と「故人との告別の式」の二部構成になっていると思います。
 その方が本当に亡くなっていたとしたら、ご家族ご親族で「お葬式」をしたと思います。仏式で行ったとしたら、その時に「故人がお釈迦さまの弟子になる式」を行っているはずなので、その部分はご質問の場合不要でしょう。あなたの場合は「故人との告別の式」の部分を行うとよいでしょう。

 藤岡師が回答してくださった通り、お坊さんに事情を話してお経をしてもらう事はもちろん可能でしょう。見つかると良いですが、なかなかそのようなお坊さんがみつかるかどうかわかりませんし、過去の問答から経済的にも大変かと思います。
 村上春樹の「ノルウェイの森」という小説の中で、主人公の恋人が亡くなってしまって、お葬式が済んだ後、共通の知人と、ふたりでお葬式をやりなおす場面がありました。その「ふたりのお葬式」とは、二人でギターを弾きながら思い出の歌を何曲も何曲も歌って彼女とのお別れをする、というものでした。あなたもその彼に対し歌を捧げるとか、詩や文章にして感謝の気持ちを伝えるなどの方法で「お葬式」をするのも良いのではないか、と思いました。
 hasunohaの「個別相談」を利用してhasunohaのお坊さんに「お葬式」をしてもらうのも方法だと思いました。

 あなたが気持ちを切り替え前に進み、そして彼のことを忘れない事が、彼にとって一番の喜びだと思いますよ。

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おきもち

・曹洞宗/静岡県/50代 平成27年鳳林寺住職。平成28年hasunoh...
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あなたのお気持ちが届きますように

拝読させて頂きました。
お葬式というかその方を思い心を込めてご供養なさることはできると思います。
あなたがもしも本気でご供養の為にお葬式というかご供養のお勤めをなさりたいならばきっとできるでしょう。
その場合にはしっかりとお坊さんにあなたのお気持ちをお伝えなさったり、その方の概要をお話しなさり理解してもらうことが必要かと思います。
例えばですがここハスノハでもオンラインで相談を受けることができますから一度具体的にご相談なさってみてはいかがでしょうか?おそらく対応して頂けるお坊さんはいらっしゃるでしょうからね。ちなみに私もオンラインで相談は受けております。
よろしかった一度ハスノハ事務局にご相談なさってみて下さいね。

あなたのそのお気持ちがその方に届きます様にと心よりお祈り申し上げます。

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Kousyo Kuuyo Azuma
脱サラして10年が経ちました。栃木県佐野市の一向寺に勤めています。(佐野ラ...
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質問者からのお礼

Kousyo Kuuyo Azuma様・光禪様・藤岡俊彦様

ご回答ありがとうございます。
あれから色々ゆっくり考えてみたのですが、やはり彼の性格等や、当時の関係性から考えて、自分らしいお葬式を静かにやろうと思いました。

当時、彼と「いつか一緒にカラオケへ行きたい!」と約束していたのを思い出しました。彼の命日にカラオケへ行って(このご時世行けるかわかりませんが…)、彼や私の好きな曲、別れの曲などを歌って自分なりに供養をしようと思います。

また、彼が亡くなった後に、私が彼に宛てて書いた手紙を見つけました。
書いた手紙を燃やす?のも供養の1つだと考えましたので、機会があればハスノハオンライン等で相談しようと思います。

この度は誠にありがとうございました。

「葬儀」問答一覧

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先日父方の祖父が亡くなり、週末にかけて葬儀等を済ませたのですが 実は父が檀家総代をしているお寺の住職の母親の四十九日が祖父のお通夜と告別式が終わった次の日にあり 父は間もなくその手伝いに向かいました。 亡くなる1ヶ月前から祖父は施設のベッドから落ちて大腿骨を骨折したのちに入院と手術をしていたのですが その際はちょうど住職の母親が亡くなったあたりのタイミングだったため 本来であれば医師からの説明のためずっと病院に居なければならないはずが 檀家総代であるという理由から葬儀をまとめなければならず あまりそばに居ることができないような状況でした 「なんとかして祖父のそばに居てやれないものか」と言っても 父は「俺が葬儀のまとめをやらなければいけない」と返され聞き入れてもらえませんでした その時でも色々と疑問に思うことはありましたが まだ祖父は生きている状態だったので とりあえずはあまり口を出さずにいました でもなんだか今回は話が違うような気がするのです 昔からお世話になっているお寺なので 色々と感謝することがあるのは間違いなく 手伝う義務のようなものがあるのは十分理解しているつもりなのですが 身内の、しかも自分の親を見送るという時に葬儀から荼毘まで最低限のことだけして それが過ぎたあとは先にひかえている他人の葬儀を優先的にまとめるというのは なんだか祖父をないがしろにしているような感じに見えてしまってわたしは納得できません。 せめて四十九日までは自分の親のために集中できないものなのかと ただでさえ葬儀の前も後も大変だというのに… 檀家総代というのは、大切な家族の時間を犠牲にしてまでこなさなければならないものなのでしょうか? 本人に言っても、まわりに相談しても 「仕方がないことだから」と言われて終わってしまいます。 自分の行いは大なり小なり必ず自分にかえってくるものです もし自分があの世に行くときでも同じようにないがしろにされても良いということなんでしょうか。 あまりに薄情な気がしてなりません。。

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