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お坊さん33秒法話一覧

編集部が選んだお坊さんのことばの一覧ページです。

  • 悪いことを「避ける」でなく「どう対処するか」が宗教

    「私が楽に楽しく、先祖代々よくなる方法」はありません。

    宗教というものは「死後の問題」、あるいは「人生の意義」といった問題、そういう科学では答えの出せない問題に対し、人が納得できる(救われる)ような答えを提供するものであります。

    しかし、それはあくまでも信仰という精神的な領域において救いをもたらすものであって、現実に起きる様々な問題・境遇(事故であるとか、貧困であるとか、人間関係のトラブル)という世俗的な領域に対し、科学などの法則を無視して「神仏を拝めば願いが叶う」・「不幸は先祖や霊が祟っているから」などと結びつけられるものではありません。

    つまり宗教が担うべき領域は、「いい事を起こし、悪い事を避ける」ことではなく、「いい事・悪い事」に対し「私がどのような態度をとるか」ということです。

    悪い事が起きないことが救いなのでなく、悪い事が起きてもそれを「受け入れることができる」「受け入れて立ち上がり、現実的な対処をしていく力をもらえる」というところまでが宗教の救いであって、そのボーダーラインを超えているものははっきり言って怪しいです。

    宗教が担える救いは、

    「それが私(だけ)のせいではない」と責任から解放されるというもの

    あるいは「それは先祖や霊などのせいではなく、私や私を取り巻く環境によるものだ」と責任を引き受けていけるもの

    であり、それを思い通りになくすものではないのです。

    なくすために必要なのは宗教的行為ではなく、世俗的努力です。そしてその世俗的努力を支えるものが宗教的な信仰であったりもします。
      有り難し
    186
    回答僧 法覚寺 吉武文法
  • 夢を取るか現実を取るか。仏様に任せてみたら?

    現在の仕事にある程度満足しており、頼りにもされている。
    しかし、自分の夢を叶えるためには、現在の仕事を続けていては・・・

    まず、ご自分の気持ちを確かめましょう。

    夢か、現在の仕事か、どちらが自分にとってやりたいのか

    それでも自分でわからなかったら、仏様に聞いてみましょう。

    ある仏教に詳しい方は、
    二つの道で迷ったら、仏様に手を合わせ、
    サイコロを振って、出た目でどちらかを決めるのだそうです。

    未来のことは、自分では、正確にはわからない。
    どっちに転んでも、いいようになる。
    どっちに転んでも、自分で道を切り開く。

    そういう思いで、やってみてはいかがでしょう。
      有り難し
    47
    回答僧 正善寺 藤堂尚夫
  • 人それぞれに「いのちリズム」。あなたの場所を探して

    あなたはいまの日本人のスピードとは違う「いのちリズム」をもっていると感じました。

    毎日、同じ時間に満員電車に乗って、課題やノルマに追われるような生き方には向いてないかもしれません。でも、こんな日本人のせこせこした勤勉な生き方がすべてではありません。

    世界を見渡してみてください。

    毎日、何時間も夕日が沈むのをぼーっと見ている人たちもたくさんいます。1日1本のバスを退屈と思わず何時間もぼーっと待っている人たちもいます。

    日本人に生まれてきたから、ダメな気がするかもしれません。でも視点を変えれば、いまの日本人の生き方がいいわけでもないのです。

    豊かなのにしあわせでない人いっぱいいますよね。貧乏な国の子供のほうが生き生きして輝いた目をしていますよね。

    自分をだめだと思わないで「ぼーっとできるあなたの個性」を生かす生き方をしてほしいと思います。

    ぼーっとできるのは「能力」です。その能力を生かすのなら、変える必要はないと思います。

    自然の豊かな海外や日本の田舎を旅してみたらどうでしょう・・・。

    あなたの「いのちのリズム」にあった場所がきっとみつかると思います。
      有り難し
    102
    回答僧 仙如
    回答僧
  • ぬいぐるみの処分。不幸をもたらすものは何もない

    10年も大切にされてきたぬいぐるみには、それはたくさんの思い出が詰まっていることとお察し致します。

    人間は、忘れたくない思い出や、それを思い出せば楽しい気分になれる出来事を、心の中(頭の中)で記憶するだけでは、心許無くて、形ある物に込めて、大切にするのでは無いでしょうか。

    お墓やお位牌も、同じような役割を担ってきました。何も無い場所で故人を思い出すより、お墓やお位牌を前にする方が、より懐かしい思い出に浸ることができ、感謝の念が湧くわけです。

    子供の頃は、河原で拾った石ころやドングリでさえ、「記念」として大切にしていた記憶があります。

    「念じて記す」訳ですから、それを後から取り出せば、また楽しい思い出が蘇るのです。

    しかし、諸行無常と言って、形ある物は永遠では無い事もまた、この世の法則です。
    いつかはそれらも役目を終える時が来ます。

    「捨てられない」のは、執着と言って、良い事ではありません。

    お墓やお位牌であれば、そこに宿ってくださっていた仏様に、本来の世界にお還り頂く作法があります。

    人形供養をしてくださるお寺もあります。

    今、あなたにとってそのぬいぐるみが十分に役目を果たし終えたとお思いであれば、その楽しかった思い出と、そこにご縁のあった方々に心からの感謝を込めて、あなたの胸に深く刻み直してください。
    その後の「抜け殻」は気持ちよく「処分」出来るはずです。

    ぬいぐるみは100%あなたの楽しかった思い出だけで出来ています。あなたに不幸をもたらす物は、一切含まれていませんよ。
      有り難し
    66
    回答僧 南都 十輪院 橋本昌大
  • 過熱するワイドショー。お坊さんはこう見ている

    親鸞聖人のお言葉に

    「凡夫」というのは、わたしどもの身にはあるがままのありようを理解できないという、最も根本的な煩悩、迷いの根源が満ちみちており、欲望も多く、怒りや腹立ちやそねみやねたみの心ばかりが絶え間なく起り、まさに命が終ろうとするそのときまで、止まることもなく、消えることもない(一念多念証文・現代語訳)

    とあります。八百年前、既に人間の本性を深く見つめた言葉です。

    「凡夫」とは、自己の利益のためなら、他を犠牲にすることも厭わない。あらゆる欲求が交錯する日暮らしで、それが命が終わる瞬間まで続く。何とも、恐ろしく悲しき性ではありますが、最近のワイドショー・週刊誌は、正にこの欲求のためにあります。そして私たちの本性も…。

    隠れて悪いこと(倫理に反すること)をした人、それを暴く週刊誌、その週刊誌の読者、そして今質問の中で週刊誌カメラマン・パパラッチに怒りを向ける あなた、皆同様に、怒り・腹立ち・そねみ・ねたみの心が絶え間ない煩悩具足の「凡夫」なのです。

    私たちの目や耳は外に向いていますから、人のことはよく分かります。しかし、自分が欲望煩悩の身であるとは全く見えていないのです。

    あなたの主張は、一般倫理では正論です。でも振り返って私も実は煩悩具足の「凡夫」だと自覚できた時に初めて、様々に腹も立て、愚痴をこぼしながらも、いろんな方々とつながり(縁)を持ち、生きるというより、生かされている生活を感じる事ができるのではないでしょうか。
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    49
    回答僧 養法寺 大熊範隆
  • 過去恋愛。男は「名前を付けて保存」女は「上書き保存」

    たまたま携帯を見て発覚してしまったということは、あなたが目に見えない「何か」に守られているような気がしてなりません。
    人の携帯を見るのは超ルール違反ですが・・・

    でもね、うまいこといくときは、うまくいきます。

    今回のことだって、あなた自身で判断することだと、私は思います。
    出来れば、今は彼氏に告げず、引き出しにしまっておかれてもいいのではないでしょうか。

    小出しにするのです。

    それにしても男性と女性では、脳の構造がまったく違いますね。

    男は過去の恋愛を「名前を付けて保存」、女子は「上書き保存」

    恐らく元カノは、あなたの彼の事、もうどうでもいい存在である確率が高いですね。
    逆に、元彼の事を気持ち悪いと、言ってた女子がいました(泣)
    しかし、男はいつまでも夢を見てるのです。

    ご縁があればこのままゴールインなーんてね。あるかもしれませんが、、、
    私にはあなたたちのご縁を見通す超能力はありません

    あしからず。
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    46
    回答僧 善通寺 海老原 学善
  • 除夜の鐘に苦情がくる現代。ゼロか100ではない対応を

    苦情をあげている方はおそらくそのお寺さんに対する個人的な嫌悪感が強いだけであると思います。そもそも先住民であったのはお寺でしょう。

    後から、住みついた方々が、自分達の権利ばかり主張して、土着のネイティブ民族、ずっと長く愛されてきた歴史のあるものを個人的な私情でもって排除しようとする姿勢が、宗教云々の前に人間としてあまりにも不寛容というべきものです。そういう認知をしてもらう事の方が先だと思います。

    そもそも除夜は日本の国民行事としてもお盆や除夜というのは我々の先祖が継承してきた公共的な文化でもあるわけです。

    自分を中心としたものの捉え方や、排他的な精神、敵対心などをこそ滅するのが除夜の鐘です。夜を除く、夜とは、ヤミ、病み、闇、止み。心のネガティブな働き全てです。

    伝統行事を無くす程の行き過ぎた気遣い・自粛はやり過ぎであると感じます。
    中止する側も妥協のラインを他の方々も納得がいくような形で対応していくべきであると感じます。
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    167
    回答僧 安穏寺 (天岑寺) 丹下 覚元 (たんげ かくげん)
  • 幸せは椅子取りゲーム?実は椅子の数に限りはない

    世俗的な幸せは、確かに椅子取りゲームかもしれません。

    しかし、無常であり、幻、砂上の楼閣のようなものです。
    いずれ脆くも崩れ去るような砂の塔を作っているような感じです・・

    そういえば、「砂の塔」というドラマと歌も最近にあったようですね。

    まあ、世間で言っているところの幸せなど、真なる幸せではないと仏教では考えます。

    もちろん、世間的な幸せになるためにも仏教は大いに資するものにもなりますが、そんないずれ崩れ去るような椅子に何も自ら好んで座る必要はありません。
    むしろ、譲ってあげるぐらいの気持ちも必要です。

    それよりも、悟り・涅槃という究極の幸せの椅子を狙っていきたいものであります。

    また、その数に限りもありません。
    なぜなら、その椅子は、自らで作るのですから。
    世間の幸せの椅子もそうです。
    自分で作り、自分で座ればよいのです。

    幸せかどうかは他によって決まる、決めるものではなく、自らで決めていくようなもの。
    良い結果へと向けては、自らによる良い因縁(原因と条件)の努力を。

      有り難し
    119
    回答僧 岩瀧山 往生院六萬寺 川口 英俊
  • クリスマスプレゼントは、納豆

    プレゼントはもらうのはうれしいし、贈る時は「何にしようかな」って考えるのは楽しいですよね。ご自分に何かプレゼントしてみては?

    12月24日我が家は普通の夜を過ごします。

    毎年「普通の象徴」(笑)である納豆ご飯を食べています。
      有り難し
    577
    回答僧 鳳林寺 光禪
    回答僧
  • 修行すると女性にモテますが、何か?

    ワシは修行を終えて、帰ってくると妙に女性に話しかけられました。
    実は学生のころは気持ちわるがれ、全くモテず、女性と話したことも無いし、全く相手にされませんでした。

    「なぜだ。なぜだ。・・・馬鹿にされているのか。」と内心思いましたが、「身近に居なくて興味深々。」や「誰に対しても優しく接してくれるから。」などと言われて非常にうれしく思います。

    はっきり言ってワシは顔は良くありません。ファッションもイマイチやし、足も短い。そんなワシが女性に声を掛けられ、会話をしている。

    「これは修行の成果か?」と思いました。

    時間が年齢がそうさせたのか?モテキではありませんが、女性には非常に声を掛けられます。優しく接している分、言いたいことをズケズケ言われるのも事実です。

    尊敬より親しみやすい僧侶ですかね。
      有り難し
    86
    回答僧 大鐵
    回答僧
  • 土日、お坊さんは忙しいのです

    土日祝日はご法事などのご予約が多くあります。
    私のところは月参りなどは無い地域ですが、最近は平日のご法事も増えてきています。

    ご法事以外の時間は、お檀家様や信者様へのお手紙や、メールなどでのご相談への返信、寺の運営や布教活動の資料作りなどの寺務(事務)、宗派内外の関係団体の仕事などをします。

    作務(掃除や備品管理など)をしている時もありますます。

    とは言っても毎日朝から晩までというわけではなく、月に数回は午後の時間があけられたり、することもあります。
      有り難し
    39
    回答僧 感応寺 成田 淳教
  • 「素直になれない」は、 それだけ愛している証拠

    私もよく寝る時に、過去の失敗を思い出し、布団にうずくまることが多々あります。でも、その失敗が経験となり、これからの人生にきっと役立つことだと思います。

    笑えるのは、楽しんでる証拠。
    怒るのは、真剣だった証拠。
    喧嘩するのは、一緒だった証拠。
    つまずくのは、進んでいる証拠。

    裏切られるのは、信じていた証拠。
    失恋は愛していた証拠。

    「疲れた」は、頑張った証拠。
    「失敗した」は、挑戦した証拠。

    「もう止めようかな」は、 まだ希望を捨てずにいた証拠。
    「素直になれない」は、 それだけ愛している証拠。

    もう良いは、全然よくない証拠。
    大丈夫は、全然大丈夫じゃない証拠。

    いつもヘラヘラしてる人は、過去に何かあった人
    よく笑う人は、よく泣いた人
    よく大丈夫と言う人は、よく無理をする人
    よく強がる人は、よく我慢する人
    幸せな人は、幸せを知っているから
    優しくなれる。強くなれる。

    努力する人は希望を語り、
    怠ける人は不満を語る。

    泣きたかったら泣けばいい
    辛かったら頼ればいい
    我慢できなくなったら我慢しなくていい
    笑うのが疲れたら無理しなくていい

    「明日笑えるかな」って思うより
    「明日少し笑ってみよう」
    って思う方が辛くない。

    立ち止まることは、悪いことなんかじゃない。
    辛いとき。苦しいとき。少し休憩して
    またもう一度歩きだせばいい。


      有り難し
    289
    回答僧 護国寺 上田尚史
  • 諦め(明らかにすること)を知り、こころに余裕を

    「余裕があるときは優しくできる、ないときにはきつくなる」

    まるでまさに私も同じです。他の人々もまた、同じようなものだと思います。

    自分の長所や短所をうまくコントロール出来る人がどの位いるでしょうか?

    うまくコントロールできないことが普通なんだよなぁと思い、いい意味での諦め(明らかにすること)を知ることではないでしょうか。

    人に優しくすることは、ときに相手の思いとずれることがあります。

    だから人に対して普通にすることが大事だと思います。やたらと優しくすると、私はこんなに優しくしてあげたのにと、またそれがストレスになるかもしれません。

    人は誰でも他人に対してきつくあたることは多々あるでしょう。

    でもその後で自分を客観視できるあなたはそれでいいのではないでしょうか。
      有り難し
    72
    回答僧 荒滝不動尊 岡井継孝
  • 死にたい死にたい。苦しいあなたにハチドリのひとしずく

    森の山火事を消そうと、くちばしに一滴一滴水を含んで運び、火の上にかけるハチドリのお話です・・

    火事からわれ先にと逃げ出した動物たちは、それを見て、「そんなことをして、いったい何になるんだ」と嘲笑します。

    それに対して、ハチドリは答えます。

    「私は、私にできることをしているだけ」

    ・・

    生きることは確かにしんどく、つらく、苦しいことです。

    ある意味では、皆、苦しみの業火に焼かれ悶えてしまっています。

    そんな中で、少々何をどうしたところで、何の役に立つのかと思われるかもしれません。

    それでも、「因縁(原因と条件)無くして結果無し」です。

    少しずつでも心に善い種をまき、水をやり、育てないと、幸せの花は咲きません。

    70億人の人間のそれぞれの迷い苦しみに、hasunohaは、所詮、無力です。無いに等しいのかもしれません・・

    でも、ほんの少し、例え一人でも、幸せの花を咲かせて頂くためのお手伝いができればと思って取り組ませて頂いております。


    どうか、はやまらないでほしいです。やるべきこと、なすべきこともまだまだございます。

    できれば、仏教を少しずつでも学び修して頂きまして、善き種を心にまいて、しっかりとそれを育てていってほしいと存じます。

    あなたの心に、少しでもこの拙い私の思いが届きましたら幸いです。

      有り難し
    272
    回答僧 岩瀧山 往生院六萬寺 川口 英俊
  • 死が怖いと泣く小1の息子。抱きしめてあげてください

    とっても優しい息子さんですよね。まずはそこを褒めてあげてください。

    そして優しく抱きしめてあげてください。

    死ぬことを真剣に考えられるということは、生きることを真剣に考えることができるということです。

    とても立派なことですよ。「新しい命が生まれる為にいつかは死ぬんだよ」と、きちんとお伝えできていることもすばらしいと思います。

    息子さんはご両親のことが大好きで、離れるのがつらいんですよね。
    いまは、ご両親が抱きしめてあげて、ぬくもりを伝えてあげてください。

    ご両親から大切に思われているということが伝わったならば、息子さんも安心できるのではないでしょうか。

      有り難し
    176
    回答僧 圓勝寺 釋高明
    回答僧
  • 怒り狂う奥さんがいる旦那さんへ「反応しない自由」

    「奥さんの怒りに反応しない自由がご自身にあること」を
    思い出されるのはどうでしょうか?

    人はみんな自由^^

    怒るのも自由
    それに反応しないのも自由^^

    女性はホルモンバランスの関係で急にイライラしたりキツくなったり
    自分でも制御が難しい時があります^^;

    そんな時自由に怒らせてもらって(笑)
    男性も自由でいてくれたらけっこう助かる、

    女性サイドの
    いち意見でした(*^_^*
      有り難し
    198
    回答僧 草野 妙敬
    回答僧
  • 僧侶が本気で「南無阿弥陀仏」を語る

    親が子供を育てるのは当然。
    人が人を育てるように、阿弥陀という仏が仏の子として育てるんだよ、と愛情いっぱいに包んで下さる(慈悲)

    子供は子供らしく、精一杯元気に生活してね。
    うまくいかないこと、どうしたらいいか分からないこと、きちんと教えるからね(仏教)と道を示して下さる(智慧)

    見返りはいらない。

    あなたが楽しくても悲しくても必ず側にいるから、という親心に対して、私は「分かりました。迷惑ばかりかけるけど自分の人生を大切にするね。ありがとう」と阿弥陀様の願いにお任せする。

    それを伝える言葉が南無阿弥陀の名号と考えています。
      有り難し
    129
    回答僧 光西寺 緇川杏美
  • 坊主丸儲け?ここで10人分でも答えを読んでみなさい

    私は、仏様は気取って無いし
    神様は神社に言ってくれ

    堂々とプロフィール掲げてやっている
    時によっては、汚い言葉だって使う。

    自分の出来ないアドバイスでも、もしかしたら、その人なら出来るかもしれない。解決できるかもしれない知恵があるから語る。

    自分は何も出来ないと、目と耳を閉じていては居ないのと同じ。
    今のここにいるからこそ、勇気を出して返事を書いている。

    あなたが知っているお坊さんは何人だ。
    ここには100人を超えるお坊さんがいる。
    ネット社会だからこそ、批判を受けるかもしれないと言う恐怖と戦いながらも一つ一つ質問に答えている。

    100人分とは言わないが、10人分でも答えを読んでみなさい。
      有り難し
    288
    回答僧 法華寺 讃岐英昌
  • とんち合戦してみる?hasunoha回答僧と

    私は様々な欲望を想像しました。
    我欲に任せて興味をそそる文面ですね。

    ちょっと気を許すと食いついてしまいそうですね。
    魅力的な文章ですが気をつけなさいと言っている様にも聞こえます。

    我欲によってわが身を滅ぼすことになりますからね。
    私も気を付けたいと思います。
    世の中はたくさんトラップがありますからね。

    これからの人生お互いに精進致しましょう。心を清めて頑張りましょう。
      有り難し
    45
    回答僧 一向寺 kousyo Kuuyo Azuma
  • 嫌な上司でも、別視点で見ればあなたのお客様です

    あなたは、会社に労働力を売って稼いでいるのです。
    そういう視点で考えたら、上司はあなたのお客様です。
    客商売なら、嫌いなお客様でも受け入れないといけません。

    一方で、あなたは会社の家来や召し使いではありません。

    労働力を会社に売っているプロとして、会社にサービス(嫌な上司や業者につきあってあげるのもサービス)してあげてください。

    嫌々やらされているという「受け」の気持ちではなく
    「攻め」の姿勢で、積極的にサービスしてやるぞと思ったほうが楽だと思います。

    仏教では、怒りは悩み苦しみの原因だと考えます。
    怒りではなく、慈悲の気持ち(相手を可愛いやつだと思う)を育てた方がストレスは減るでしょう
      有り難し
    64
    回答僧 願誉浄史
    回答僧
  • 諸行無常。この世界に不変なものはなにもない

    新品の自動車はどんなに大切にしても、だんだん古びていきます。
    あらゆる動物の赤ちゃんは、子供になり、青年になり、大人になり、老人になり、いつかは死去します。
    死去した、動物の身体は、微生物や昆虫の餌となったり、植物の肥料になったりするでしょう。

    すべての、物質、すべての存在は、常に周囲の環境とお互いに影響を及ぼし合い、常に変化しつづけます。

    人間の心もそうです。
    人間は、外界の環境を、感覚器官で感覚し、その情報を脳で処理して、考えたり感じたりしています。
    人間の身体も、常に変化し続けていますし、周囲から受ける情報も常に変化しつづけています。

    「この世界に、不変なものはなにもない」 が諸行無常の意味でよいと思います。

    これは、対比的に、「不変の存在」を想定する宗教があったから、強調されたのです。
    釈尊の当時のインドにも、「魂は不変、不滅」と考える思想がありました。
    魂は、インドの言葉では、アートマンというそうです。
    仏教は、アンアートマン。
    つまり、無霊魂論です。
    不変の実体的な魂のような存在は存在しないのです。
    これを、漢語では、諸法無我といいます。

    諸行無常と諸法無我は、密接に関係しています。
      有り難し
    58
    回答僧 釋精徹
    回答僧
  • 自身の為したことに自身が納得し腑に落とすことから始まる

    親御さんの介護お一人で大変だったでしょう。

    介護についての相談は数多くあります。 その中でよくあるのが、親へではなく、兄弟間の「気遣い」や「遠慮」という問題です。

    あなたの思う形とは違うかも知れませんが、何らかの形で、ご兄弟にも必ず親御さんの事を考える時が来るはずです。

    あなたは親御さんの面倒を見たことを後悔されていますか?
    きっとそうではないはずです。

    ご兄弟やご親戚と自分を比べるのではなく、ご自分の選択でなさったことをやり続けているのですから、ご自分のなさってきたことに自信を持って下さい。

    ただ、そこで「俺はやったのだから」になってしまっては、今まで懸命になさってきた介護まで、他者との駆け引きになってしまいます。

    仏教では、他者と比べることを良とはしません。

    自身の為したことに自身が納得し腑に落とすことから始まるのです。

    ご自分の選択を他者と比べたり批判することなく自身でやり遂げられたなら、この上なく幸せな人生ではありませんか?
      有り難し
    89
    回答僧 受法寺 小原観慈
  • 10代の君へ。SNSは便利、でも危険も伴います。

    SNSは現代の公開日記のようで便利なものです。 でも便利なものは必ず危険レベルもあがります。

    便利な自動車が事故で死ぬこともあるのと同じです。そのことを覚悟した上で使わなければなりません。問題が起こっても自己責任を前提として大人は使っています。

    そのことを承知の上で責任が持てるかどうかで使うか使わないか、判断しなければなりません。
    ネットは自分だけしか知らない日記ノートと違い、多くの人に知られてしまいます。それは公開していると良い人もいれば悪い人も見ているからです。

    人生経験が浅いと本当に信用できる人かどうか判断が甘くなります。そういう意味で、自分の生き方、人生観が確立していないと、ネットは楽しむレベルにしておいた方が良いのです。

    好きなアーティストにメールするのはいいんじゃないですか?(笑)。
      有り難し
    41
    回答僧 金剛座寺 染川智勇
  • 努力すれば面白い話ができる人になれます

    私も全然おもしろい話ができません。退屈千万な人間です。

    でも、ときとして法話をしなければならないので、面白い話を途中で挟むことはあります。
    そこで、法話が上手なお坊さんの話を聞いてみると、面白いことをおっしゃっています。
    さらに、よく聞いてみると、「その笑い話、別のお坊さんのパクリや」ということが非常に多いことに気づきました。みんな「パクッて」いるのですね。

    しかし、パクッてでは品がないので、「想像は模倣よりはじまる」という格言を用いることにします。面白いことをいう才覚がないあなたや私は自分の力で面白いことをひねり出すのに向いていないで、面白い話をたくさん覚えるほかにないのだと思います。

    『サラリーマン川柳』などのなか、特に面白いものを100とか200くらい覚える(面白いのでそんなにたいへんではないはず)と、どこが面白くて人が笑うか見えてくるので、自然と応用力もつくのではないでしょうか。

    面白いことが言える人は、面白いことを言うための努力をしているものと思います。

    日本で最初にガン末期の方々のためにホスピスをおつくりになった柏木哲夫先生がユーモアを大切になさっていることを思い出し、笑いは人間関係の潤滑油だから、やはり大切にしなければと思い、以上のように考えてみました。

    柏木先生も人を笑わせるための努力をなさっているようですよ。
      有り難し
    50
    回答僧 了教寺 藤岡俊彦
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