皆様に大変ご好評をいただき、ご質問が殺到しています。

回答が追いついておりません。お坊さんから丁寧にご回答いただくため質問受付数を制限させていただいております。大変申し訳ございません。

突然死が怖くてたまらない

6月に父が急死しました。
前日、普通に電話で話をしていたのに。
健康面では特に問題もなかったし、何の前触れもなく、突然死でした。

そんな父の死がトラウマとなってしまっています。ふとした瞬間に思い出し、恐怖や悲しみが頭から離れなくなり寝られなくなります。
母が、旦那が、娘が、弟が……身近に居る大好きな家族が「もし父と同じように急に居なくなったら」という不安が、父が亡くなってから今でもずっと続いてしまうのです。

いつかは来ることと分かっていても、本当に怖いです。頭では理解しようと頑張っても、心の中が追いつきません。
急に居なくなったら私はどうしたら良いのだろうと、自分の不安な気持ちのことばかり優先させた考えで情けないですが、そんなことをずっと夜中じゅう考えて朝になってしまうこともあります。

どうやってこのトラウマを乗り越えたら良いのか未だに分かりません。ずっと私につきまとってくるのです。
私はどうしたら良いのでしょうか。
久しぶりに不安でたまらなくなったので、こちらで相談させてもらいました。

死について
有り難し 19
回答 2
回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。

本当は突然死ではないのであろうと思います。

お父さまの突然のご逝去、本当にショックであられたと思います。
謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
おそらくお父さまが亡くなられた原因は、本当に小さなことの積み重ねや、めぐりあわせの中での結果であられたのだと思います。
必ず結果には原因があります。
最後にお会いしたかった、もっとお話をしたかったというお気持ちもおありであろうと思います。
ですが、本当に残念ではありますが、今お嬢様であるあなたがお父さまへのご報恩となることは、ご報恩となる生き方をされていく事であります。
もしお父さまが生きておられたら、、、
今のあなたのご様子をみて何を望まれる事でありましょうか。
私にも娘がいます。
もし、私が突然死でなくなったとしたら、娘に願う事は「とうちゃんはやむを得ずして死んでしまった。長く苦しまずに安らかに眠りについた。だから、今は私はもう苦しくないから安心しなさい。でもお前は生きている。いたずらに悲しみ続けることよりも、今日から一歩目を踏み出してほしい。人はいつか死ぬんだ。遅かれ早かれ、いつかはこの命を返さなきゃいけない日が来る。だから生きている内にこそ、【いつ死んでも大丈夫な生き方】を探しなさい。どんな苦しみがあっても、それを乗り越えていけるものを学びなさい。それが仏教だ。私もそれですくわれた。」と励ますことでしょう。
人生はどんな困難苦しみがあっても、古来よりずっと寺院や仏教を守ってきて下さった先人様が遺してくださった教え、それを乗り越えていく力、智慧があります。また、お父さんがどこかのお寺さんの護持をされていたのであれば、そのお寺さんがきっとあなたを助けてくださるはずです。
今なきお父さまが、形を変えて、あなたに手を差し伸べてくれているのですよ。
私のこの回答も、今日の寒き日にあなたを温めてくれる服も、みんな間接的にお父さまが遺してくれたものなのです。何故ならば、今日まであなたが元気で育っているのはかげながらのお父さまのお力でもあるのではないでしょうか。そういうかげながらのお力をおかげさまというのです。その姿はお父さまのお姿はしていません。お父さまのお姿はしていませんがそれはお父さまがお姿を変えているものであるという事をあなたは感じ取って生きていくべきです。それが宗教心というものです。そういう心を大切に生きていくことが、報恩の供養になるのです。

安穏小住 覚元合掌

回答僧

鳳林寺

光禪

だからこそ今を大切に

 こんにちは。

 お父様のご逝去に謹んでお悔やみ申し上げます。

 さて死はお釈迦様が説かれた「四苦八苦」のなかの「死苦」(死は思い通りにならない)として取り上げられています。
※仏教でいう「苦」とは「くるしい」ではなく「思い通りにならない」の意味です。

 多くの人が病院で死を迎え、核家族化により身内の老いや死を見る機会の減少、「家族葬」の流行で他人の葬儀にも参列する機会が少なくなってしまった現在、死の存在はとても遠くに感じられるようになってしまいました。

 しかし、私も、あなたも、あなたの大切な友人や家族も、必ず死にます。私たちは生まれたと同時に「死」という属性を持っているわけです。そしてそれはいつ死ぬのかどのような原因で死ぬのかは「苦」(=思い通りにならない)のです。

 仏教では、死を「いつ死ぬか分からないんだ」と悲観的・詠嘆的にとらえるのではなく、「だからこそ今を大切に生きよう」とする考え方をします。
 「いってらっしゃい」や「おやすみなさい」を言うときに「もしかしたらこれが最後のいってらっしゃいやおやすみなさいになるかもしれない」だからこそ、けんかをしていたら仲直りをしておくべきだし、最高の気持ちでいってらっしゃいやおやすみなさいを言うべきです。

 あなたは、お父様の死を機会に、死について深く考え知ることができました。だからこそ今をしっかりと生き、いつも笑顔で家族やお友達と仲良くしましょう。お父様は死を通してあなたにそれを最後に身をもって教えてくれたのです。


質問者からの有り難し - お礼

お忙しい中、お二人のお坊さんに回答頂き嬉しく思います。ありがとうございます。

私は父と、もっと話したいことがあったのだと思います。だから突然の別れに戸惑い、それを今生きている大切な人たちに当てはめてしまっているようです。

後悔するような接し方はダメだと、本当にそう思います。大切な人たちをいつでも心から大切に思えるように、その気持ちを忘れないようにしていこうと思います。

きっとまたクヨクヨして気持ちが弱くなった時に同じようなことを言う日が来ると思いますが、その時もまたこちらを利用させてもらい、気持ちを落ち着かせることが出来ればと思います。

本当にありがとうございます。

関連する問答
このページの先頭へ