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裏腹

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誰かの役に立ちたいと病院で勤務を始めました。しかし立てなくなるまでに足を痛めてしまい、僅か半年でやむをえずに退職。
医療業界を諦めたくなく、リハビリを重ね、別の病院への勤務を今月から始めました。しかし早々にインフルエンザにかかり、それがきっかけとなり持病も悪化し休み続きになってしまい気づけばもう二週間……。入ったばかりで迷惑をかけ通しになってしまい、徐々に体調はよくなり始めていますが、職場の方々にどんな顔をされるか怖く、行きづらく感じはじめてしまい心苦しいのです。

…毎回そうなのです。どの職場についても、気持ちに反して虚弱な体がついてきません。もう嫌気がさして来てしまいました。人に迷惑をかけたくないのに。


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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

不運は不運で切り替えましょう

憧れていた医療業界に入り、飛ばしすぎて体調を崩してしまったかもしれないですね^_^
自分の限界を超えて頑張るのは良いように思えますが長い目で考えれば、コツコツと自分の体に合わせて働いてみてはいかがでしょう?
まだ業界的にも経験が浅いと思われるので最初から即戦力としてベテランのような働きは求められてないと思いますよ。
私はお坊さんになる前はサラリーマンをやっており部下を持っていましたが、頼んだ仕事に自信がなかったり、体調がすぐれない時は悪化する前にはっきり言ってくれる部下のほうがコントロールしやすかったです。
上司や周りの方々との相性にもよりますがまだ甘えれる立場にいると思いますので報告、連絡、相談をマメにしてみてはいかがでしょう?
愚痴や拒否が多い部下は嫌われますが自分の弱い部分を素直に打ち明けて、できることからコツコツと働いてくれる部下は可愛いかったです。
実務を覚えるのも大事なことですが、まずは可愛いがわれる立ち回りを覚えれると良いですね!
ちゃんと回答できているか微妙ですが、せっかく憧れの医療業界で働くことができたのですから、不運は不運で仕方ないので出来ることから焦らずコツコツとやってみてください。

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有り難し
おきもち

初めまして。 私は山梨県の信楽寺というお寺の住職をしております清水雅典と...
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質問者からのお礼

ありがとうございます。焦らずやってみます

「自分・人生に絶望しています」問答一覧

さすがにもう幸せになりたい

不幸自慢のように思われてしまうかもしれません。けれど、どれだけ不幸であったか、不幸であるかということを書かせていただきます。 小学生のときに転校してから、今までずっとずっと、死にたい死にたいと思いながら生きてきました。 いいかげんに幸せになりたいです。 転校した初日に母に言った言葉は死にたいだったそうです。私は覚えていないのですが…… その日から学校にいても家にいてもしんどくて、生きていることが辛い、消えたいと思う毎日でした。 実際はしんどくないのに死にたいと言っているかというとそういうわけでもありません。 小学生の頃は人の目が怖かったです。場面かんもく症といって、学校関係の場面では声が出ずに話すことができませんでした。前を向くこともできず、首が痛くなるほど下を向いていました。 小学生の頃には父からの性的な暴力が何度かありました。今はもう一緒に暮らしてはいませんが、親子関係は続いています。ですが父親として認めることはないです。 中学生は不登校で、少しだけ通いましたが、授業をまともに受けられないし、下ネタが飛び交う荒れた環境でした。1人の子からブサイクだ、存在が気持ち悪いといじめられたこともあります。机をぶつけられたりもしました。 高校生の間は、転校してからの人生で一番穏やかなときでしたが、やはりブサイクだ気持ち悪いと言ってくる人はいました。辛いことが重なった結果うつ病になりました。 こうやって書いていると、あまりしんどくなさそうだなぁと思われるかもしれません。 ですが本当に心がしんどくて、生きることが苦しいんです。 最近は支えてくれていた母もしんどくなってきてしまって、ケンカが増えました。私が責任を押し付けて、母のことを尊重できていません。 私の命はなぜあるのだろう、苦しむためにあるのかなと感じます。 変な話、嫌に思われるかもしれないのですが、小さい頃に悪いものに取り憑かれたことがあるみたいなんです。有名な厄除けのお寺でよくしてもらいました。 その悪いもののせいで辛い人生なのかなって、悪いものに責任を押し付けたくなります。 生きることは苦しみであると仏教は説いていますよね。 幸せになれるって言って欲しい気持ちもあります。 長年苦しんだから、幸せになれますか? 人生に希望が見えなくて、希望を見せて欲しいって思ってしまいます。

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楽しかった過去を思い出してしまい苦しい

初めて相談させて頂きます。 文章の構成などめちゃくちゃだと思いますがご容赦ください。 私は20代、社会人の男です。 タイトルにある通り、楽しかった過去を定期的に思い出してしまいその度に苦しくなってしまいます。 きっかけはいろいろあるのですが、昔の友人から連絡があった時や、ふと過去の写真を見つけた時、はたまた仕事で辛いことや受け止め切れないことが起きた時などにそうなることが多いです。 前者であればまだ「あの時はいろんなことがあったなぁ」とポジティブに懐かしむことができるのですが、後者の場合(仕事で辛いことがあった時など)が非常に厄介です。 もともと私は要領が良い方ではなく0から物事を考えることも苦手なのですが、今の仕事では覚えることや考えることが非常に多く、いつも上司に怒られてしまいます。 いつも迷惑をかけてしまっているな、と落ち込む毎日です。 普段はなんとか自分なりに前向きに取り組み心もリカバリーできるのですが、 自分の中で限界になると「昔は楽しかったなあ」などと現実逃避してしまいます。 それがタイトルにも書かせていただいた状態であり、今まさに陥っている状況です。 こうなると目の前の物事に向き合う事も難しく、具体的には過去のメッセージのやりとりや写真などいろいろ漁ることに夢中になってしまいます。 しまいには、「なんとかあの頃にもう一度戻れないだろうか」と本気で考えてしまいます。それは絶対に無理だとわかっているからこそ、とても苦しくなるのです。 結婚しており趣味も楽しめているため、プライベートは充実していないわけでは決してないと思うのですが、どうしても仕事で辛い状態が続くとそういったドツボにハマってしまいます。 こういったときに私はどう向き合うべきなのでしょうか? 人間誰しも過去を懐かしむことはあると思うのですが、皆様はどう向き合っているのでしょうか? 今は将来どころか目の前も見えず、ただ過去に固執してしまっている状況です。

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普通の家庭への羨望、前向きにがんばれない

あまり一般的とは言えない家庭で育ちました。 親は共働きですが父親が働いたお金をすべてギャンブルに注ぎ込むため、生活費や学費がなくなり子どもの私や姉が高校に入学すると同時にバイトを始め母と一緒に生活費を工面する生活でした。高校卒業時に全部自分で責任を背負うことを決め家を出て、大学に進学しました。そして海外の大学院に進学し今に至ります。 現在私は30歳になり、海外で自分がずっとやりたかった仕事ができています。 それは子どもの頃からの地獄のようなアルバイトの生活とこれからの奨学金の返済義務を犠牲にやっとこの場所に立てているのです。なのにただ何もかも用意された環境で育ち、困ったことがあればすぐに頼れる実家や家族がいて、お金の心配をする必要なく日々を前向きに過ごせている周りの友だちが羨ましくて仕方ありません。 その上「逆境こそがんばらなきゃ!貧困を努力で乗り越えた人たちはたくさんいるよ!」「もっと賢い方法でお金を稼ぎなよ」と子どもの頃から何不自由なく育った人たちに言われても、素直に受け取れません。 周りからがんばれと言われても、そもそも子どもの頃から全部自分で稼いできた人が存在すること、親に頼れない家庭が存在することを知らない人ばかりで実際私の立場は誰にもわかってもらえないことと、周りとのスタート地点の大きな差をただただ思い知らされて心が折れそうです。 「確かにあの時もっとかんばれたんじゃないか?あの時少し怠けていたんじゃないか?」など自分の技量不足や努力不足も疑い始めました。でもこれでも立ち止まらず、立ち止まれずに心と体をぐちゃぐちゃに壊しながらも今まで一生懸命やってきました。 これからももっともっと前向きにがんばってお金を稼がなければなりません。それなのに私は今も周りの生まれた環境を羨み、比較して、なぜ私は今までもこれからもこんなに苦しまなければならないのかと絶望してしまいこれ以上がんばれないままでいます。 周りとの生まれの違いを気にせずに、どうやったら前向きにがんばれるでしょうか?

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