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人生のすべてを失ったので死にたいです

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有り難し有り難し 38

私は、人生のすべてを失いました。
すべてを失い、何も残らなくなりました。

仕事も、プライベートも、自分が望むことを欲してやってきました。それは、周りよりも自分が優れている、自分は自分が望む生活をしている、その欲のためにやってきました。自分以外は全て敵、自分はそれを上回なければならない、それだけを思ってやってきました。

しかし、仕事もプライベートも、そのせいで最期に失敗という形で突き付けられました。自分よりも、優れた生活をしている人間ばかりになってしまった。自分よりも、充実した人生を送っている人間ばかりになってしまった。そう思い知ったのです。

自分は、仕事もプライベートも何もかも失くなった、無残な人間の残骸です。最早、この世で生きたいと思えなくなりました。何もかも失い、立ち直る気力すらも失せ、絶望という真っ暗闇に置き去りにされた自分です。

自分は、今まで失敗だらけの人生でした。過去に失敗をして、現在で失敗した。自分の全てが無くなったことで、これ以上生きる意味はないのです。

願わくば、自分に死ぬための力と覚悟を授けてください。お願いします。

2021年10月16日 23:03

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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

選択してください

こんにちは。

あなたは、「仕事も、プライベートも」「自分以外は全て敵、自分はそれを上回なければならない、それだけを思ってやってきました」と書いています。

「仕事」で余人を凌駕する業績を残したい、これならわかます。
ただ、「プライベート」で「優れた生活」とは一体なのを指すのでしょうか。
文章で具体的には書かれていませんが、恋愛を含めた人間関係、所有物、社会的地位といったところでしょうか。

「敵」という認識は、敵、味方という基準からの判断です。
「優れた」という認識は、優、劣という基準からの判断です。
「失敗」という認識は、成功、失敗という・・。

それらは、すべて自分中心の視点から見た判断に終止していませんか。
自分以外は「敵」。自分だけが味方。
自分は劣っておらず、「優れて」いる。それ以外の結論は認めない。
成功が自分にこそ相応しく、「失敗」をする自分は認めない。

自分中心の視点と、自分を中心にした三つの判断基準。
あなたの人生は、「生きる意味」はこれが全てなのですか。

周囲を見回せば、味方はすでにいるのではないですか。
あなたが敵だと思っているだけで。

「優れて」いることがそんなに重要ですか。
別に優劣自体をジャッジすること自体必要はないのでは。

20代で「失敗」といっていますが、成功するための「失敗」だとは考えませんか。むしろ、「失敗」の積み重ねにしか成功はありえないと思いますが。

あなたが、自分を中心にした三つの判断基準から動きたくない、回答僧も「敵」であると考えるなら、ここでの回答はあなたに何も響かないでしょう。

自分を省みるか、現状維持か。
ご自身で選択してください。

2021年10月17日 7:14
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有り難し
おきもち

釋 悠水(しゃくゆうすい)
浄土真宗本願寺派報恩寺住職(兵庫県三木市) 本願寺派布教使 元本願寺布...
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質問者からのお礼

追記で、もう少し詳しくお伝えしようと思います。

私は、仕事に対して拘りの価値観を持っていました。発達障害まみれの自分を理解してくれること、自分に対して正当な対価と評価をしてくれること、その2つを自らの生命線として頼っていました。

しかし、その2つとも叶えられないことに私は絶望し、仕事を壊しました。その結果、今まで執着しなかったプライベートに執着するようになり、この世界で存在感を示すこと、No.1の地位を示すこと、それでこそ自らを証明できると血迷ってしまいました。

私はゲームが好きな人間です。そのゲームで、常に周りより優位であること。そうしなければ、私の存在は卑しい存在に堕ちてしまうこと。私はただそれだけを胸に、自らも敵として生きてきました。

しかし、結局はそれすらも達成できないまま、自分より優れた人間の存在を見せつけられたことにより、遂に私は全てを失ったのです。

全ては、劣った才を引き継がされた時点で、こうなる運命だったのだと、私は理解をせざるを得ません。もはや私に、これ以上の気力は残されていないのです。だからこそ、死を以て、この世から開放されることこそが、私にとっての最後の全てであると、そう認識したのです。

死ぬことの何がいけないのでしょうか?人は死にたいと思えば、死んでしまえば良いのではありませんか?生きるか死ぬか、決定権はその人にあります。それを他人が決めるのは、冒涜というものであり、それこそが自由ではないでしょうか。

私はただ、死ぬ自由を選び、それを実行に移す力と覚悟が欲しいだけなのです。ただそれだけなのです。それを、生きる道に精通した方々にご教示いただきたいと思い、今回の投稿に及びました。

それなのに、全てを失って、後は死を迎えるだけ、その力と覚悟を授けてほしいだけなのに……これまで以上に生というものを考えるようになりました。

私は今まで、阿修羅のごとく、人生は勝ってナンボ、負けることに意味はなく、価値もない。常に自分自身にも勝ち続けることこそが、絶対条件である。そうでなければ、人は衰え、朽ち果てるものだと、そう信じてきました。それこそが、私にとっての全て、この世を形成する、絶対神である、と。

成功も、失敗も、それは結果だけに過ぎず、それだけが全てなどではない。本当は、そう信じたかったのです。しかし私は、そんなものは眉唾だと切り捨て、勝利が全ての世界に陶酔するようになりました。その結果がこれです。

どうして私は、こんなに歪んだ存在になってしまったのか……私はずっと苦しんでおります。阿修羅の如く、戦いに明け暮れ、休まることのなき人生を、どうして私は歩んでしまったのでしょうか。

そうなるべき過去を歩んだからなのか、そうしようと願った未来を歩んだからなのか、今になっては知る由もありません。ただ一つだけ言えることは……釋さまのお言葉は、私がやりたかったことを全て体現してくださったことです。

「自分・人生に絶望しています」問答一覧

さすがにもう幸せになりたい

不幸自慢のように思われてしまうかもしれません。けれど、どれだけ不幸であったか、不幸であるかということを書かせていただきます。 小学生のときに転校してから、今までずっとずっと、死にたい死にたいと思いながら生きてきました。 いいかげんに幸せになりたいです。 転校した初日に母に言った言葉は死にたいだったそうです。私は覚えていないのですが…… その日から学校にいても家にいてもしんどくて、生きていることが辛い、消えたいと思う毎日でした。 実際はしんどくないのに死にたいと言っているかというとそういうわけでもありません。 小学生の頃は人の目が怖かったです。場面かんもく症といって、学校関係の場面では声が出ずに話すことができませんでした。前を向くこともできず、首が痛くなるほど下を向いていました。 小学生の頃には父からの性的な暴力が何度かありました。今はもう一緒に暮らしてはいませんが、親子関係は続いています。ですが父親として認めることはないです。 中学生は不登校で、少しだけ通いましたが、授業をまともに受けられないし、下ネタが飛び交う荒れた環境でした。1人の子からブサイクだ、存在が気持ち悪いといじめられたこともあります。机をぶつけられたりもしました。 高校生の間は、転校してからの人生で一番穏やかなときでしたが、やはりブサイクだ気持ち悪いと言ってくる人はいました。辛いことが重なった結果うつ病になりました。 こうやって書いていると、あまりしんどくなさそうだなぁと思われるかもしれません。 ですが本当に心がしんどくて、生きることが苦しいんです。 最近は支えてくれていた母もしんどくなってきてしまって、ケンカが増えました。私が責任を押し付けて、母のことを尊重できていません。 私の命はなぜあるのだろう、苦しむためにあるのかなと感じます。 変な話、嫌に思われるかもしれないのですが、小さい頃に悪いものに取り憑かれたことがあるみたいなんです。有名な厄除けのお寺でよくしてもらいました。 その悪いもののせいで辛い人生なのかなって、悪いものに責任を押し付けたくなります。 生きることは苦しみであると仏教は説いていますよね。 幸せになれるって言って欲しい気持ちもあります。 長年苦しんだから、幸せになれますか? 人生に希望が見えなくて、希望を見せて欲しいって思ってしまいます。

有り難し有り難し 17
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楽しかった過去を思い出してしまい苦しい

初めて相談させて頂きます。 文章の構成などめちゃくちゃだと思いますがご容赦ください。 私は20代、社会人の男です。 タイトルにある通り、楽しかった過去を定期的に思い出してしまいその度に苦しくなってしまいます。 きっかけはいろいろあるのですが、昔の友人から連絡があった時や、ふと過去の写真を見つけた時、はたまた仕事で辛いことや受け止め切れないことが起きた時などにそうなることが多いです。 前者であればまだ「あの時はいろんなことがあったなぁ」とポジティブに懐かしむことができるのですが、後者の場合(仕事で辛いことがあった時など)が非常に厄介です。 もともと私は要領が良い方ではなく0から物事を考えることも苦手なのですが、今の仕事では覚えることや考えることが非常に多く、いつも上司に怒られてしまいます。 いつも迷惑をかけてしまっているな、と落ち込む毎日です。 普段はなんとか自分なりに前向きに取り組み心もリカバリーできるのですが、 自分の中で限界になると「昔は楽しかったなあ」などと現実逃避してしまいます。 それがタイトルにも書かせていただいた状態であり、今まさに陥っている状況です。 こうなると目の前の物事に向き合う事も難しく、具体的には過去のメッセージのやりとりや写真などいろいろ漁ることに夢中になってしまいます。 しまいには、「なんとかあの頃にもう一度戻れないだろうか」と本気で考えてしまいます。それは絶対に無理だとわかっているからこそ、とても苦しくなるのです。 結婚しており趣味も楽しめているため、プライベートは充実していないわけでは決してないと思うのですが、どうしても仕事で辛い状態が続くとそういったドツボにハマってしまいます。 こういったときに私はどう向き合うべきなのでしょうか? 人間誰しも過去を懐かしむことはあると思うのですが、皆様はどう向き合っているのでしょうか? 今は将来どころか目の前も見えず、ただ過去に固執してしまっている状況です。

有り難し有り難し 4
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普通の家庭への羨望、前向きにがんばれない

あまり一般的とは言えない家庭で育ちました。 親は共働きですが父親が働いたお金をすべてギャンブルに注ぎ込むため、生活費や学費がなくなり子どもの私や姉が高校に入学すると同時にバイトを始め母と一緒に生活費を工面する生活でした。高校卒業時に全部自分で責任を背負うことを決め家を出て、大学に進学しました。そして海外の大学院に進学し今に至ります。 現在私は30歳になり、海外で自分がずっとやりたかった仕事ができています。 それは子どもの頃からの地獄のようなアルバイトの生活とこれからの奨学金の返済義務を犠牲にやっとこの場所に立てているのです。なのにただ何もかも用意された環境で育ち、困ったことがあればすぐに頼れる実家や家族がいて、お金の心配をする必要なく日々を前向きに過ごせている周りの友だちが羨ましくて仕方ありません。 その上「逆境こそがんばらなきゃ!貧困を努力で乗り越えた人たちはたくさんいるよ!」「もっと賢い方法でお金を稼ぎなよ」と子どもの頃から何不自由なく育った人たちに言われても、素直に受け取れません。 周りからがんばれと言われても、そもそも子どもの頃から全部自分で稼いできた人が存在すること、親に頼れない家庭が存在することを知らない人ばかりで実際私の立場は誰にもわかってもらえないことと、周りとのスタート地点の大きな差をただただ思い知らされて心が折れそうです。 「確かにあの時もっとかんばれたんじゃないか?あの時少し怠けていたんじゃないか?」など自分の技量不足や努力不足も疑い始めました。でもこれでも立ち止まらず、立ち止まれずに心と体をぐちゃぐちゃに壊しながらも今まで一生懸命やってきました。 これからももっともっと前向きにがんばってお金を稼がなければなりません。それなのに私は今も周りの生まれた環境を羨み、比較して、なぜ私は今までもこれからもこんなに苦しまなければならないのかと絶望してしまいこれ以上がんばれないままでいます。 周りとの生まれの違いを気にせずに、どうやったら前向きにがんばれるでしょうか?

有り難し有り難し 5
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