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他者との差について考えると怖くなります

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有り難し有り難し 14

私は今まで逃げたり堕落したりして努力を怠り人生を送ってきました。何度か頑張ったこともあったけど、心の底から本気で取り組んでおらず何処か手を抜いていました。心や体の強度、対人能力、人脈、人生経験、読書量…今まで頑張ってきた人達とは人間的成長度にかなりの差が付いていると思います。何をしても気分が晴れず何度も自殺を考えました。

そんな私でも、今の自分を変えたいと思い1ヶ月前ほど前から頑張り始めたところです。毎日散歩をして、週に何度かジョギングをして、ダンベルで筋トレをして、身体に悪いものを控えて栄養状態を改善して、夜更かしせず睡眠を8時間取って、自慰行為を控えて、ネット上の娯楽を制限して、実家から独立のため一人暮らしの物件に申し込んで引っ越し日が来月に決まりました。

でもここまで遅れを取った自分が他の人達に追いつくまでどれだけの時間がかかるんだろう、と就寝前など静かな時間にふと空虚な気分になったりします。気持ちは20代前半のままだったのに実際は近いうちに28歳を迎えます。貴重な20代が一瞬で過ぎ去り30代になるのに、年齢に見合った能力や経験が身に付いていないことがどれだけまずいことか、思考がクリアになったことで実感が湧いてきました。

おそらく他人は他人で自分は自分、と分けて考えた方が良いのでしょうが、何故かこういった思考が浮かんできます。この悩みにどう対処すればよいのか分かりません。何かお言葉を頂きたいです。

2024年2月21日 12:51

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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

ただ目標が高すぎるのです。

拝読させていただきました。
よくよく自身をエネルギーを与え、頑張っておられます。
他人と比べているだけで恐らく周囲の一般的な同年齢の方々よりは、健全的かつ努力家、向上心をもっています。
しかし、これは他人の比較することで永遠のテーマとなり、永遠に追い越すことはできないことです。また、他人はその人の環境で自己レベルを上げるために努力なりしているのであり、その人の環境に適した能力をいかに最大限に発揮できているかを思念していることです。
一番になることより、ベストを尽くすことが大切であり、自己の目標レベルにゴールを決めることも必要です。
ダイエットでもたった一週間食事や炭水化物などを減らしても、体重が減少するだけで、リバウンドは倍増することは分かると思います。
そうすると自身でやった一週間は、後々に後悔となり「意味がなかった。やらなければよかった」などと、自身に否定感や虚無感を生み出してしまいます。
大切なのは、自身の気持ち(心)と"共に"向上していくことが否定感を作り出さないことでもあります。
私は真言宗という宗派です。
この宗派の考え方は、「顕密両輪の如く」ともいい、実践と勉学を平行して進行していくことが大切であるとします。
いわゆる人格を伴っていないのに、知識だけつけても、周囲は承認しにくくなります。経験という実践をしてこそ、そしてそこに伴う知識の両方を共に保持することで、自身を納得させ、また他人からも信頼・信用にも連動・連結させていくのです。
他人と比べているうちは、自信が付くことは天才といわれる人たちでも難しいことです。
釈迦はこのように真理を説きます。
「大きな岩が風に揺るがないように、非難と称賛には動じない」
と、します。
これは色々な角度から取れるものでもありますが、他人からの評価を気にするのではなく、自己に徹したときに自分らしくなれることを説いています。
要は「腹を括れば、迷いは消える」という不動明王の信念です。
不動明王を携帯電話の待ち受けにでもされ、揺るがない自身をつくるという克己心をはじめにもってみてください。
仏教では、「頑張る」という言葉もなければ、誰かに「勝ち負け」という言葉もありません。
自己にうち勝つという「克己心」の意志をもつことから始めてみませんか?
何をするにも遅いということは年齢には絶対に関係のないことだけは断言しておきます。

2024年2月21日 14:12
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有り難し
おきもち

祈るこころに佛心が宿る。 変化多き時代を生きる私たちにできること、それは...
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いつの間にか見えてくると思います

拝読させて頂きました。
あなたが今までの生活や心がけを改めて人として生きる道を正面に向き合い精進なさっていこうと思わていることを読ませて頂きました。あなたがこれから取り組んでいこうとなさる志はとても尊いと私は思います。私はあなたを心から応援させえ頂きたいと思います。
あなたが今まで人からすると遅れを取っていて、いつになったら人と差が縮まって追いついていくだろうと思っているのですね。あなたがふとそう思ってむなしく感じてしまうお気持ちもわかる様に感じます。お気持ちを心よりお察しします。
今あなたはあなたの道を見つめて歩み始めたばかりです。富士山の様な山々に登山なさっていることに例えたらあなたは今1合目でしょうか、上を見ると高々と山の峰がそびえていて圧倒されてしまったり、遥かかなたに先に登っている方々の姿が遠くに小さく見える様な状況ではないかと思います。どうしてもものごとに向き合っていく時にはその大きさやハードルの高さによって気圧されてしまって委縮していまったりやる気をそがれてしまうこともありますからね。それは致し方ないことかとも思います。
とはいえあなたの足元にはしっかりと地面があって一歩また一歩と歩みを進めていけばその道は広がっていくでしょうし、進んでいくあなたの目の前には様々な景色が飛び込んでくるでしょう、そして美しい緑や花々に出会い清々しい風や鳥の鳴き声を耳にすることになるでしょう。合間にゆっくりと一息お休みなさるととても清らかな美味しい水や新鮮な空気をいっぱいに吸い込み、豊かな果実や命を頂くことができるでしょう。
激しい雨も降ってくるかもしれません強い風にあおられるかもしれません、或いは吹雪に直面して立ち止まったり迂回しなければいけないことにも遭遇するでしょう。
それでもいつかあたたかい光が降り注いであなたの歩みを後押しして下さることでしょう。そうして一歩一歩歩みを進めていくといつの間にかあなたは行程の半ばを過ぎて頂き近くにきているかもしれません。よく見渡してみると先に行かれた方々の背中は見えるところまで来ているかもしれません、或いはもう既に追い越してしまっているかもしれません。そしてあなたが目指す頂きはもう目の前に広がっているかもしれません。
どうか決してあわてることなくあせらずにあなたのペースで己の道をしっかりと歩んでいって下さいね。心より応援してます。

2024年2月21日 18:32
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有り難し
おきもち

Kousyo Kuuyo Azuma
脱サラして10年が経ちました。栃木県佐野市の一向寺に勤めています。(佐野ラ...
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質問者からのお礼

素晴らしいご回答をありがとうございました。
どれも非常にためになる暖かいお言葉です。
顕密両輪の如く、勉強になりました。勉学と実践をバランスよく並行して行う。
他人がどうとあれこれ悩まず、自分のことに集中します。
克己心の意思を持って毎日を積み重ねていこうと思います。

ハイキング程度ですがこれまで何度も山に登ったことがあるため、私にぴったりのお話でした。
富士山という日本一の山、遠景ですら殆ど見たことが無いためどれほどの大きさや高さなのか想像もつきませんが、長い道のりとなるのでしょうね。
人によって登るペースが異なり、出発時刻も装備も重量も異なります。大事なのは自分の歩みを着実に進めることなのですね。
自然の美しさが表現された文章で、読んでいて心が洗われるようでした。
美しさや傍らの小さな喜び、突然訪れる厳しさ…確かに人生とよく似ています。
これから挫けそうになった時は、今回いただけたお言葉を読み返して頑張ろうと思います。とても暖かなお言葉をくださり、本当にありがとうございました。

「自分・人生に絶望しています」問答一覧

さすがにもう幸せになりたい

不幸自慢のように思われてしまうかもしれません。けれど、どれだけ不幸であったか、不幸であるかということを書かせていただきます。 小学生のときに転校してから、今までずっとずっと、死にたい死にたいと思いながら生きてきました。 いいかげんに幸せになりたいです。 転校した初日に母に言った言葉は死にたいだったそうです。私は覚えていないのですが…… その日から学校にいても家にいてもしんどくて、生きていることが辛い、消えたいと思う毎日でした。 実際はしんどくないのに死にたいと言っているかというとそういうわけでもありません。 小学生の頃は人の目が怖かったです。場面かんもく症といって、学校関係の場面では声が出ずに話すことができませんでした。前を向くこともできず、首が痛くなるほど下を向いていました。 小学生の頃には父からの性的な暴力が何度かありました。今はもう一緒に暮らしてはいませんが、親子関係は続いています。ですが父親として認めることはないです。 中学生は不登校で、少しだけ通いましたが、授業をまともに受けられないし、下ネタが飛び交う荒れた環境でした。1人の子からブサイクだ、存在が気持ち悪いといじめられたこともあります。机をぶつけられたりもしました。 高校生の間は、転校してからの人生で一番穏やかなときでしたが、やはりブサイクだ気持ち悪いと言ってくる人はいました。辛いことが重なった結果うつ病になりました。 こうやって書いていると、あまりしんどくなさそうだなぁと思われるかもしれません。 ですが本当に心がしんどくて、生きることが苦しいんです。 最近は支えてくれていた母もしんどくなってきてしまって、ケンカが増えました。私が責任を押し付けて、母のことを尊重できていません。 私の命はなぜあるのだろう、苦しむためにあるのかなと感じます。 変な話、嫌に思われるかもしれないのですが、小さい頃に悪いものに取り憑かれたことがあるみたいなんです。有名な厄除けのお寺でよくしてもらいました。 その悪いもののせいで辛い人生なのかなって、悪いものに責任を押し付けたくなります。 生きることは苦しみであると仏教は説いていますよね。 幸せになれるって言って欲しい気持ちもあります。 長年苦しんだから、幸せになれますか? 人生に希望が見えなくて、希望を見せて欲しいって思ってしまいます。

有り難し有り難し 11
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楽しかった過去を思い出してしまい苦しい

初めて相談させて頂きます。 文章の構成などめちゃくちゃだと思いますがご容赦ください。 私は20代、社会人の男です。 タイトルにある通り、楽しかった過去を定期的に思い出してしまいその度に苦しくなってしまいます。 きっかけはいろいろあるのですが、昔の友人から連絡があった時や、ふと過去の写真を見つけた時、はたまた仕事で辛いことや受け止め切れないことが起きた時などにそうなることが多いです。 前者であればまだ「あの時はいろんなことがあったなぁ」とポジティブに懐かしむことができるのですが、後者の場合(仕事で辛いことがあった時など)が非常に厄介です。 もともと私は要領が良い方ではなく0から物事を考えることも苦手なのですが、今の仕事では覚えることや考えることが非常に多く、いつも上司に怒られてしまいます。 いつも迷惑をかけてしまっているな、と落ち込む毎日です。 普段はなんとか自分なりに前向きに取り組み心もリカバリーできるのですが、 自分の中で限界になると「昔は楽しかったなあ」などと現実逃避してしまいます。 それがタイトルにも書かせていただいた状態であり、今まさに陥っている状況です。 こうなると目の前の物事に向き合う事も難しく、具体的には過去のメッセージのやりとりや写真などいろいろ漁ることに夢中になってしまいます。 しまいには、「なんとかあの頃にもう一度戻れないだろうか」と本気で考えてしまいます。それは絶対に無理だとわかっているからこそ、とても苦しくなるのです。 結婚しており趣味も楽しめているため、プライベートは充実していないわけでは決してないと思うのですが、どうしても仕事で辛い状態が続くとそういったドツボにハマってしまいます。 こういったときに私はどう向き合うべきなのでしょうか? 人間誰しも過去を懐かしむことはあると思うのですが、皆様はどう向き合っているのでしょうか? 今は将来どころか目の前も見えず、ただ過去に固執してしまっている状況です。

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普通の家庭への羨望、前向きにがんばれない

あまり一般的とは言えない家庭で育ちました。 親は共働きですが父親が働いたお金をすべてギャンブルに注ぎ込むため、生活費や学費がなくなり子どもの私や姉が高校に入学すると同時にバイトを始め母と一緒に生活費を工面する生活でした。高校卒業時に全部自分で責任を背負うことを決め家を出て、大学に進学しました。そして海外の大学院に進学し今に至ります。 現在私は30歳になり、海外で自分がずっとやりたかった仕事ができています。 それは子どもの頃からの地獄のようなアルバイトの生活とこれからの奨学金の返済義務を犠牲にやっとこの場所に立てているのです。なのにただ何もかも用意された環境で育ち、困ったことがあればすぐに頼れる実家や家族がいて、お金の心配をする必要なく日々を前向きに過ごせている周りの友だちが羨ましくて仕方ありません。 その上「逆境こそがんばらなきゃ!貧困を努力で乗り越えた人たちはたくさんいるよ!」「もっと賢い方法でお金を稼ぎなよ」と子どもの頃から何不自由なく育った人たちに言われても、素直に受け取れません。 周りからがんばれと言われても、そもそも子どもの頃から全部自分で稼いできた人が存在すること、親に頼れない家庭が存在することを知らない人ばかりで実際私の立場は誰にもわかってもらえないことと、周りとのスタート地点の大きな差をただただ思い知らされて心が折れそうです。 「確かにあの時もっとかんばれたんじゃないか?あの時少し怠けていたんじゃないか?」など自分の技量不足や努力不足も疑い始めました。でもこれでも立ち止まらず、立ち止まれずに心と体をぐちゃぐちゃに壊しながらも今まで一生懸命やってきました。 これからももっともっと前向きにがんばってお金を稼がなければなりません。それなのに私は今も周りの生まれた環境を羨み、比較して、なぜ私は今までもこれからもこんなに苦しまなければならないのかと絶望してしまいこれ以上がんばれないままでいます。 周りとの生まれの違いを気にせずに、どうやったら前向きにがんばれるでしょうか?

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