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「病気」を含む問答(Q&A)一覧

慢性疾患持ち、死にたくてどうしようもない

こんにちは。私は20代女性で、全身の痛みと倦怠感が主な症状である難病を患っています。 私はもういろいろなことに疲れたと感じて、大変不謹慎ではありますが、毎日死にたくてどうしようもない気持ちです。 病気になる前は、学業に励んでいました。成績や進学先も良かったので、主観的にはともかく、客観的には努力してきた生き方だったと思います。 ある時期から症状が出始めて、激しい倦怠感や節々の痛みが現れました。 結局、国家資格職を目指していたものの、なんとか資格を得ただけで、社会人経験なく現在に至ります。無職です。 一般的な同世代の人に比べて、積むべき社会経験をほとんど積まずにここまできてしまいました。 スキルも常識も身についていないと思うし、症状がしんどくて人付き合いもあまりできなかったので、友人と呼べる間柄の人はほとんどゼロです。 毎日、起き上がるのが辛い、歩くのが辛い、何か動作するのがいちいち辛い(椅子を引いたり、布団を自分に掛けるようなレベルでもかなりしんどい)、風呂に入るのがそれだけで涙が出るほど辛い、何もしていなくてもほぼ常に痛みがある、といった生活です。 社会的責任を果たすことも、プライベートの趣味や楽しいことも、何もできていません。幸い、「元気だったらこれをやってみたい(やってみたかった)」と思うものはありますが、現実としてそれに取り組めそうな状況ではありません。 医療費がかさみ、生活にも困窮しています。それなのに、基準の一部を満たさないため、社会的支援は受けられません。 今後どうやって生きていけばいいのかわかりません。 倦怠感と痛みに耐え、毎日身体に鞭を打って働くのも、正直かなりしんどいです。もう少し体調が良かった頃はそのようにして働いていましたが、現在は当時よりかなり体調が悪化しているので、現時点では難しいです。 自殺すると家族が悲しむとは思いますが、家族への負担は言うまでもなく減ります。なのに自殺すらできない自分が情けないです。死にたい死にたいと思うだけで何も行動に移せない自分に腹が立ちます。 治療に励んできたつもりでしたが、薬の副作用でさらに新たな疾患(臓器障害)を抱えることになりました。 闘病にも社会復帰にも、そもそも生きていたいと思えないので、何をモチベーションにして頑張ればいいのかわからないです。 とにかく辛い。 まとまりのない相談でごめんなさい。

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夫の病気に伴うさまざまな悩みについて

夫との今後について考えてしまいます。 共に46歳子供はおりません。 仲は良い方だと思います。 夫が昨年夏に摘出した臓器から癌が見つかり、さまざまな検査を得て体内への転移が無いとの結果です。 ただ、質の悪い癌で転移しやすいため予防の意味で5月頃まで半年間の抗がん剤治療中です。 暫定では転移が無いとはいえ、再発の可能性→夫の死ばかり考えてしまいます。 また副作用できつそうにしている姿を見て将来に希望が持てません。 また昨夏以来、夫婦生活もなく淋しく感じます。 (抗がん剤治療は1週間の薬断ち期間がありますがそのときはお酒が喜びのよう。本人にお酒を飲むと性機能が不能という思い込み有り) 子供が出来ずに苦しみ続けやっと楽になりかけ、穏やかに過ごしていた矢先のことで理不尽さを感じています。 一人っ子で兄弟もいません。 夫がいなくなり、天涯孤独になることを恐れて両親に話したところ『自分の苦しみばかりで本人のことを考えてない。マイナス思考すぎる』と一喝され、それ以来両親とは距離を置いています。 このような中で私が病気になれば良かった、逃げ出したい、死んで終わらせたい…と思ったり、何とかなると思ったり、気持ちの浮き沈みが激しい毎日です。 また考え過ぎて、好きではあるけれどいっそのこと離婚して夫と離れようかとも思う時もあります。 それは冷酷なことなのでしょうか。 気持ちが落ち着かない中で、なるべくは離婚は避けたいですが、それは癌に怯える日々とイコールと思うと気が滅入ります。 最終的に答えは自分の中にあるのだとは確信しています。 ですが、日々、少しでも楽な心の持ちようをご進言いただけましたら幸いです。 趣味の時間は一瞬忘れられますので、そのような時間を増やして乗り切ることが良いのでしょうか。 乱文・長文にて大変失礼いたしました。 お忙しい中大変恐縮ですが、どうかよろしくお願いいたします。

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死が近いことを知り、心が冷めるのは?

2年前から乳がんの治療をしています。そして、徐々に上がっていた腫瘍マーカーが、このたび倍の値をはじきだしました。 数ヶ月、様子をみて、おそらくまた再び抗がん剤治療が始まります。 できれば長生きしたいのですが、がんが見つかった時には全身に転移していました。幸い自覚症状は全然ないのですが、画像でうつったがんの影や、異常な数値を見ると、私は(も)、時間はもうあまりないのかもしれないと実感します。 38歳、夫を残して死ぬことは心残りですが、他に関してはなぜかすごく冷めているのです。 窮地に陥ると実感するような、生きたい!とか死にたくない!という情熱や、あたたかな感謝や、しみじみと人生をかみしめるような気持ちが、全然起きてきません。 死んだら死んだだな、もう疲れた、というのが今の気分です。 できれば、あたたかな感謝の気持ちや、なにかを目標に進めるようなエネルギーが欲しいとも思うのですが、その反面、簡単に人にわかるか、わかられてたまるか、というどうしようもないスレた気持ちが強いです。 からだと心を善きもので満たしたほうが、予後もよいと思うのですが、そうなれないことに不安と焦りがあります。 しかし、それよりもこの冷めた感じ、やけくそみたいな気持ちがわいてることが、なにより自分らしく感じてしまいます。 天命というものがあるのなら、それは心のありかたや、生活のありかた、生き方は、繋がっているのでは、と思うのですが、このような冷めた、すれた、感謝もないような心や生活のありかたは一体どうなんでしょうか? 心身を入れ換えるエネルギーがないというのが正直なところで、虐待、流産や、病気になったことで思いもよらない悪意ある言葉をなげつけられることのショックで、もうどうにでもなればいいわというのが正直な気持ちなんです。 そんなだから、腫瘍マーカーの値があがり、がんが増えているのか? いっそうエネルギーがなくなり、本当に冷めてしまっています。 病と心・生活のありかたは、どのような関係があると考えていいのでしょうか? また、こんなに冷めた気持ちでいる自分は死が近いんでしょうか?死の近い人間は心は冷めていくものなんでしょうか?あたたかみをもったほうがいいのでしょうか?

有り難し有り難し 33
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死期が近いかもしれない祖母に対する心構え

ひと月程前に入院した祖母が、ずっと意識の無い状態です。 お医者さんからは意識が戻る可能性は低いと言われています。それでも手を握ったり話し掛けたりしてはポジティブに回復を願って経過を見ていました。 しかしここ数日緩やかに容態が悪化し始めています。そして今日、お見舞いの折りに看護師さんから劇的によくなる事はないかもしれないと言われ、現実感が無くて受け入れられずにいます。 物心ついてから身近な人の死についての経験が全くありません。大好きな祖母のそれを考えただけでとても怖いですし悲しくて涙ばかり出ます。祖母に話し掛けている時も、「これが最後かも」と頭にちらついてしまって、うまく応援や励ましが出来ているのかわかりません。 最期を覚悟することと回復を祈ることの両立や折り合いは可能なのでしょうか? ※ 祖母についてもう一つ相談させて下さい。 祖母は元々近所に住んでいて、よく家へ行ったりたまに外に連れ出したりしていましたが、高齢のために昨年末から施設に入っていたので直接会う事も長らく出来ていませんでした。 コロナウイルスが収まったらまた一緒に遊びに行こうと思っていたのに、このような状態になってしまって、元気なうちにもっと会いたかったなあとかなり後悔しています。 ずっと悔いは残ると思います。でも悔いを思い出した時に少しでも気持ちが軽くなる方法はあるのでしょうか?

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痛みの対処法について

人間誰しも体が痛かったり気分が悪くて苦しんだりする時もあると思います。そういう時に早く治ってほしいなとかどうしてこんな目に…みたいに悩んで苦しむこともあると思います。 私も、比較的健康な体ではありますが、大抵毎日どこかは痛みます。腰が痛んだり、腹が痛んだり、頭が痛んだり…。(基本的には病院に行っても仕方ないくらいのものですが大袈裟に慌てるので、昔から家族にも「またかよ面倒だな」みたいな対応をされていました…) その度になぜこんなに痛いのか、早く痛みから解放されたい、これは大変な痛み(ひどい病気とか)だったりしないだろうか、と思い悩んでしまう日々を過ごしております。 こうやって悩むことこそが苦しみを増やし、もしかしたら痛みすら増幅しているのかもしれない(とても不安になりやすく、そのせいでストレスによる身体的症状がよく出ます)とも思うのですが、悩まないように考えないようにしようとしても20何年もの染み付いた思考の傾向はなかなか取れそうにありません。 最近は痛む最中に恐怖に怯えながら苦悩した記憶から、痛まない時にもあの状態になったら怖いな…と悩んでしまい、悪化しているなと感じています。 あらゆる痛みを0にするというのは、どんな名医でも不可能なことはわかっているので(麻酔を常にたくさん入れればできるんでしょうけどそれは違うと思います)、痛んでいてもそんなに気にしないようになりたいと思っています。 痛い時や痛くない時にこういう風に考えるようにすればいいといったものはありませんでしょうか? 少なくとも、痛いのが無い時には痛みのことを忘れて生きたいと思っています。

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二十代なのに寝たきりです。

こんにちは。 二十代の女です。 私は、病気で寝たきりの生活をしています。 生まれつき寝たきりではなく、数年前からです。 私の患っている病気は、珍しく前例があまりないので医者が手探りで治療や手術をしてくれています。(私の体で症例発表されたこともあります。精神疾患ではなく、身体的な病気です。) 全身麻酔の大掛かりの手術を行ったのですが、治りませんでした。 私には夢があります。 医者になることです。 ただ、もう二十代です。 時間がありません。 毎日毎日、病気の辛さと焦りで泣いたり、ヒステリックを起こしてしまいます。 そして、そのストレスを両親へ当ててしまいます。 この前、お父さんが私が欲しいと言っていた物をせっかく買ってきてくれたのに、ヒステリックで壊してしまいました。 本当に申し訳なくて、なんてことをしてしまったんだという思いで涙が出て止まりません。 もう、どうしたら良いかわかりません。 両親への申し訳なさで何度も首を吊ろうとしましたが、できませんでした。 命にかかわる病気ではないため、希望をもってしまうのです。 もしかしたらり治るかもしれない、治ったら医学部へ行けるかもしれない、今まで迷惑と心配とストレスばかり与えてしまった両親へ親孝行できるかもしれないと。 その希望を見ることが辛いです。 希望と現実のギャップがとても辛いです。 このギャップを見ることに疲れてしまいました。 毎日夜になると、トリカブトや首吊り、新しいなにか楽に死ねる方法はないかと調べてしまいます。 自分でも、死にたいのか生きたいのかわかりません。 なにを質問したいのか、なにを答えて欲しいのかわかりません。 どうしたらいいかわかりません。 私は、両親を悲しませたり、ストレスを溜めさせたりしなくありません。 両親には、私のことで心配したりしないで幸せになってほしいです。 たぶん、これが私の一番の願いです。 こんな意味のわからない文でごめんなさい。

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仕事に趣味に恋愛に、人並みに生きたい

こんばんは 以前御相談させていただいた時から、2年ほどが経ちます。 とても心が救われたのですが、あれから広場恐怖症になりました。 突然電車に乗るのが怖くなり、エレベーターが怖くなり、酷い時には閉められた車の中で人を待っているのが怖くなりました。すぐに出ることができない状況がどうしようもなく怖くなりました。 そんな広場恐怖症が少し落ち着いてきた矢先に、次は体調の変化が急に怖くなり、病気や死に対する漠然とした恐怖で頭がいっぱいになりました。少しでもどこかが痛い、違和感があると病院に駆け込む日々でした。 それもこの1年ほどは落ち着いていたのですが、また1週間前から再発です。 きっかけは腕のしびれ、痛みが出たことから。1年前と同じく、インターネットで自分の症状を調べては怖いものばかり見て落ち着かなくなる一方で、今回も病院に駆け込みました。 結果は心配しているものは特になかったです。 ただ採血の結果で、「少しこの数値が気になるかな。問題はないと思うけど。」と言ったお医者様の言葉が次は頭から離れず。 もともと私のやりたい放題の生活で、肥満になっており、このことがきっかけで生活習慣改めなきゃ。となりましたが、1つ解決したら次の病気を怖がり、自分自身とても疲れてきています。 長くなってしまいましたが、アドバイスいただきたいことは1つ。 どのような考え方を持てば、毎日を笑顔で過ごせるようになるでしょうか。 私は27歳です。これからの人生、色々なことがあると思いますが、仕事に趣味に恋愛に、余計なことを考えずに一瞬一瞬を楽しみたいのです。確かに健康に対する注意は持ち続けなければいけないことは分かっています。でも今それが頭の中の全てを支配し、恋愛も仕事も手につかなくなっています。まだなにも分からないことに怯えて、不安な気持ちだけで1日を過ごしたくないのです。 どのような考え方で生きれば、楽になるでしょうか。

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アレルギーが酷くなり辛いです

私は生まれつきアトピーがあります。 小さい頃には卵アレルギーがありました。 傷だらけでしわしわの皮膚を見て酷い言葉をかけられたこともありましたが、治療をしながらなんとかやってきました。 しかし大人になるにつれてアレルギーが酷くなっていきました。 食物、動物、ハウスダスト、カビ、花粉、金属、界面活性剤、ラテックスと、身の回りの物がほとんどダメです。 食物は果物類、サバ、山芋、そば、甲殻類など、数字上は軽度ですがほとんど食べられません。 アレルギー性の喘息も発症し、体調が悪いと息が苦しくなります。 そしてついにアナフィラキシーをおこして入院。 エピペン(緊急用の注射)を持つことになり、原因は小麦とごまでした。 今まで食べていたパン、麺類などが食べられなくなり、よくよく気付けば世の中は小麦製品ばかり。 お菓子も、デザートも、軽食も、ありとあらゆるものが食べられらません。 外食なんか怖くて出来なくなりました。 毎日じんましんや呼吸症状に怯え、少しでも体が痒くなると「何か食べたのか」「あれに入っていたのか」と不安になります。 普通に食事を楽しめることがどんなに幸せだったか… なぜこんなに苦しまなきゃならないのか… 考えすぎて死を選びたくなります。 なにかお言葉を頂けたら幸いです。

有り難し有り難し 22
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自分になにができるのか、叶えたい願い

 自分には大切な人がいます、その人がいるからなんとなく生きていた人生を自分のために選択して生きようと思わせてくれた、なにをすべきかではなく自分が生きるためにどうしたいか考えさせてくれた、恩師のような人です。 :  その人は今余命を受ける病気になっています。 ですがこのままでは、というような言い方でした。 : :  自分はそんな恩師になにをしてあげられるのだろうとずっと考えていますが ショックで受け入れられず、今も冷静でいられている自信がありません。  助けたいと強く思うのになにをすればいいのか自分がどうしたいのか霧がかかったように先が見えず、混乱しています。  恩師の今の状況を理解して受け入れて、救える言葉をなにかけられればいいのに、気持ちが焦って、嫌な想像をして、恐怖して、ちゃんと恩師自身を見れているのかと嫌になります。  また、それどころではないとわかっていながら寂しさを口にしてしまうこともありました。 :  自分が落ち込み恩師が一番辛いのに恩師を困らせ逆に大丈夫だよ、と励まされてしまいました。自分がしたいことはこれではない、とものすごい罪悪感です。 自分はその人のために何ができるでしょうか、物理的に遠く一緒にはいられない状態です。 : :  恩師の気持ちを理解したいのに自分にはない経験で考えても考えても理解できないことも苦しいです、ずっと今、なにを考えて病気と戦っているのだろう、と体と共に心も心配で毎日心臓が潰れそうです。 :  自分は人を大切にするということがまだはっきりとはわからない未熟者ですが恩師を大切にしたいです。 :  また宗教やお坊さまは人の心を救うもの、魔法などではないと素人ながらに理解はしているのですが 願い、叶うのならばとすがりたい気持ちが強くあります。 どうか恩師が幸せで健康に生きられるために私ができることはありますでしょうか。 :  お願いいたします。

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