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反省は実行してこそ本当の反省ですか?

回答数回答 3
有り難し有り難し 57

具体的な内容はここには書けずに申し訳ございません。

今は毎日猛省し、今後もう二度としない、それに尽きるのですが、
してしまった事の愚かさに後悔しない日は無いです。
なぜしてしまったのか原因を考える余裕もないです。
こんな愚かな私を両親、ご先祖様は情けなく思っているだろうと思うと、心が痛むばかりです。

してしまった事は許されないとは思っています。
ですが、
謝りに行く勇気がない私はダメでしょうか?
口だけで反省してると言って、行動しないと本当に反省が足りないと思うのでしょうか?
罪を償っていないと思いますか?

どうか教えて下さい。
助けて下さい。


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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

自分をあきらかにする

過去の相談もあわせて拝読しました。苦しい思いが切に伝わってきます。

しかし拝読していて感じますことを失礼ながら申し上げさせていただきますと…

本当に反省したいのでしょうか。罪を償いたいのでしょうか。ただゆるされたい、楽になりたいということはないでしょうか。
両親・先祖があなたを情けなく思うかどうかは両親・先祖が決める事です。今は「両親・先祖があなたを情けなく思っていると"あなたが”思っている」のでしょう。

行動は実践です。実践とは具体的に謝るという行為もそうでしょうが、「ウダウダ自分の思いに停滞していないで日々の生活を誠実に」というのも実践です。

なにがあったのか、してしまったのかはわかりませんし、書きたくないなら書く必要もありません。
しかし相手がいることで、実際に謝ることができるならやはり謝罪するのも一つの区切りです。それは自分が許してもらい楽になるために謝罪するのではありません。許すかどうかは相手が決める事です。たとえ許されなくとも精一杯の反省を見せ、申し訳ないという思いを伝えるのが謝罪でしょう。

その上で、自分をゆるせるのは自分しかいません。そしてその自分をゆるすはたらきを促してくれるのが仏様です。
仏様はあなたを絶対的に許します。それは悪い事をしてもいいというのではありません。たとえ悪い事をしようともそれを障りとせず必ずあなたを救うというのが仏様です。
だからこそ、その仏様のお慈悲に人は頭が下がり、自らの身の事実を恥じ、懺悔し、せめて仏の願いにかなうような生活をおくりたいと自らの在り方を問いながら実践するのでしょう。
それは自分が自分の思い通りに楽になる道ではなく、たとえ苦しくともその苦しみを自らの事として引き受けて苦しみきっていける道です。

ここで私たちがいくら「あなたは反省しています。もう充分ですよ」と言葉をかけたところで、実際に自分で自分をゆるせていなければ救われません。
どうぞ自分の姿をあきらかにすべく、今一度客観的な目で自らの姿を見てください。その目は私の目でなく仏の眼です。

目をとじ、手を合わせ、「私は私の都合の良いように考えていないだろうか」と問うてみましょう。
仏様はあなたをゆるします。あとはあなたがそのゆるしにあずかり、自らの在り方を問うていくのみです。

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おきもち

はじめまして。北海道の片田舎の農村のお寺で住職をしております。 人生...
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業(カルマ)の問題も考える

ティポ様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

これまでのご質問も拝見させて頂きました。

反省、懺悔、慚愧、謝罪、贖罪・・世間的な場合と、仏教的な場合では意味合いが異なることもありますが、いずれにせよ、基本的には、悪い行いを慎んで、善い行いに励み努めることが大切なことにはなります。

懺悔は、悪い行いへの自覚的要素が強く、慚愧は、自覚的要素とともに、告白的な要素も伴うものとなります。

謝罪は、告白的に罪を詫びること、贖罪は、罪を何らかの対価を以って償うということになるかと存じます。

恐らく、悩んでおられるのは、その人への直接の謝罪と贖罪、あるいはその人への損害があるのであれば、その賠償についてのことであるのではないかと存じます。

もちろん、その人がいらっしゃるのであれば、できれば、直接にするべきではあります。

でも、どうしてもできないということもあるでしょう。相手方の事情もあって、できない場合もあり得ますし。

それならば、やはり、これ以上の罪はつくらないように気を付けると共に、できる限りに悪い行いを慎んで、善い行い(それも、できれば仏教的な善い行い)に励み努めることが必要となるでしょう。

仏教では、いずれにせよ、自分の行いが、自分のこれからに大きな影響を与えることになって参ります。業(カルマ)の問題であります。過去の自分の行いの業を含めて、その全般的な流れをより善いものに調えていくための教えが仏教となります。

是非、この機会に、しっかりと仏教をこれから修習して頂くことにより、その流れを善いものへと調えて頂けましたら有り難いものになるかと存じます。

川口英俊 合掌

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おきもち

Eishun Kawaguchi
最新の仏教論考はこちらでご覧頂くことができますが、公開、非公開は随時に判断...
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謝った方がスッキリする。「反省」は実体のない概念

謝っても、相手が許してくれるかどうかはわかりません。
それでも、謝った方がスッキリするとは思います。
謝っていない間は、あなたがボールを持っているのです。
謝ることで、そのボールは相手に渡せます。
あとは、そのボールをどうするは相手次第。あなたは自分のできることをやったと、少しはスッキリできるかもしれません。

「反省」という言葉は、人間が造り出した概念で、実体がありません。
実体のない「反省」についてあれこれ考えるのは、実在しないペガサスについて「ペガサスは体重何キロになったら大人のペガサスだと言えるのか?」と悩むようなもの。
実体のない言葉・概念にあまりこだわらないでください。

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おきもち

がんよじょうし。浄土宗教師。「○誉」は浄土宗の戒名に特有の「誉号」です。四...
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質問者からのお礼

ご回答して頂いた全てのお坊様、
ありがとうございました。

今一度、自分と向き合います。
本当にありがとうございました。

「過去の罪・過ち・懺悔」問答一覧

過去の罪。罪悪感との向き合い方。

過去に人として最低なやってはいけないことをしてしまいました。そのことを最近強く意識するようになり苦しいです。 内容はここに書くのはとても怖いのでお手数おかけしますがプロフィールをご覧ください。 生きていれば人は過ちを犯すとよく聞きますが、私の場合過ちが人より大きい気がします。 何度もこの時のことを思い出し、自分を責めて何回も反省しました。ですが罪悪感は消えず苦しいです。自業自得です。 あまりにも耐えきれず、両親やカウンセラーの方にこの事をお話しました。 あなたは優しいよ、真面目だよ、そんなに真剣に考えられるだけで十分だよ。そう言っていただきました。 自分はこんなに汚い過去があるのにこうやって優しくしていただけることにも申し訳ない気持ちでいっぱいで涙が出てしまいました。 被害者の方とはもう10年以上面識がありません。謝罪したい気持ちでいっぱいですが、今更謝れたところで相手にメリットはない、嫌な思い出を思い出させてしまうだけと考えています。 私は生きていてはいけない、楽しい思いをしてはいけない、そう考えることも多くあります。 こんな私ですが、これからも生きていくためになにか生きるためのヒントがほしいです。

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自分の過ちとの向き合い方

私はお笑いが好きで良くライブに行きます。 いつもはまだメディアに出ていない、若手の方のライブに行くことが多いです。 終演後は劇場の外で、芸人さんから声をかけてくださることが多く、1〜2分お話をしたり、差し入れをお渡ししたりすることもあります。 さて、先日、テレビにも出演されている有名芸人さんがたくさん出演するライブがありました。 昔から応援している芸人さんも出演するということで、チケットを取り、ライブを鑑賞しました。 終わった後、「少しでも会えたら嬉しい」と思い、劇場の外で差し入れを持ち、待っていました。 10分後、その芸人さんが出てこられたので、「ご迷惑じゃなければ」とプレゼントをお渡ししました。 「くれるんですか?ありがとうございます」と受け取ってくれました。 しかし、少し困った表情に見えました。 他にも20人ほど出待ちの方がいたのですが、「写真は勝手に撮って構いませんが、時間がないので一緒に撮ったり、サインをしたりはできません」とおっしゃっていました。少し険しい顔をされていました。 私はプレゼントをお渡しして、すぐに立ち去ったのですが、とんでもないことをしてしまったと思いました。 いつも行くライブでは、どの芸人さんもたくさん話しかけてくれて、「出待ちも嬉しいです。ありがとうございます。」と言ってくれるので、プレゼントはみなさん喜んでくれるのだろうと勝手に思い込んでいました。 今回出待ちした芸人さんは、最近ブレイクされて、お忙しく、収入も安定されているので、知らない人からのプレゼントなんて、そんなに嬉しくないだろうということに考えが至りませんでした。 お仕事以外で知らない人から話しかけられることが、嫌な人もいるということにも気付けませんでした。お恥ずかしい限りです。 いつもファンを思い、明るく振る舞っている芸人さんに対して、困らせるようなことをしてしまったことをすごく後悔しています。 私のような1ファンのことなど、気にも留めていないかもしれませんが、プレゼントを拒否せず、受け取ってくれるような優しい方に少しでも嫌な思いをさせてしまったことが辛いです。 知人なら、謝罪できるのですが、それもできず、ただただ後悔し、反省を繰り返しています。何も手につきません。 この気持ちとどのように付き合うべきでしょうか。 自業自得なのはわかっていますが、とても辛いです。

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罪の償い方

相談させていただきます。 私には社会人の息子がいます。 母子家庭で2歳から育てていましたが、 息子が中学入る頃、お付き合いしていた方と一緒にくらしました。 当初、上手くいっていたとは思うのですが、だんだん息子と相手の方の関係が悪くなってしまいました。 暴力はありませんでしたが、家庭内が冷えていて、うまく行きませんでした。 相手の方は私よりかなり若かったので、成長しきらないところもあり、機嫌の悪い時は、息子が相手の方に気をつかっていたり、納得いかない事を言われた時も我慢していた時もあったと思います。私がいる時は必ず間に入りましたが息子に気を使わせたりしていました。 完全に私の判断が間違っていました。 一緒に暮らして5年後くらいに 相手の方に謝罪して、家をでてもらいました。 息子は、今は独立して別居していますが、私にも周りにも優しいですし、自分の人生を歩んでいると思います。 相手の方とは、別居した後はプレッシャーから逃れたかのように穏やかになり、連絡を取り合い今はたまに会ってお茶するくらいですが、良い友人です。 私は、息子の思春期に、親でない人に怒られたり、気を使ったりさせてひどいことをしたと、思っています。 あの頃に戻れないので罪は消えませんが、償いをしながら生きていきたいと思います。 何か、良いお知恵をいただけないでしょうか?

有り難し有り難し 4
回答数回答 1

自分の過去の行いが許せない

こんにちは。初めて相談させていただきます。 何年か前から今まで犯してきた過ちや罪を振り返ることが増えました。 というよりはようやく今まで自分のしてきたことの重さと意味に気が付いたのだと思います。 お手数おかけしますが詳しいことはプロフィールを確認していただきたいです。 今回は中でもかなり重いものについての相談ですが、振り返ればこの件に限らず私は過去に何度も人を傷付けてきたと思います。 こうして言葉にすると軽くなってしまいますが相手には本当に心の底から申し訳ないと思っています。 傷付けた方が何を抜かすのかという感じですが自責の念で苦しいです。 とんでもないことをしてしまったと思います。過去の自分が許せないし恥ずかしいです。 謝って済むことではないにしろ、できることなら相手に直接謝りたいですがもう謝ることはできず、それに謝罪したいと思うこと自体謝ったからもう良しと一方的に区切りを付けて楽にしたいだけなのではないかと思うとまた自分に腹が立ちます。 過去は取り消せないし、やってしまった事が事でありもう謝罪もできない以上、二度と間違いを繰り返さずその上で自分のした事を一生忘れず背負って生きていくしかないのだと思います。それがわかっているのにも関わらず、自分が苦しいからとこうして相談していることも随分都合のいいことのような気がしてまた自分に腹が立ちます。 今の自分はもう二度とそんなことはしないし何より絶対にできないと誓えますが、それでもまた誰かを傷付けるような真似をしたらどうしようと思うと不安でたまりません。当時も許せないという短絡的な思いから酷いことを書いてしまったのにも関わらず今もこうして自分が許せないと思っている時点で根本は何も変わっていないのではないかと思い不安です。 親や知人の前で普通に振る舞ったりするのも自分のせいで今も苦しんでいる人がいるかもしれないのにこんなことしていていいのだろうかと考えてしまいます。 現在は常に正しい人間でありたいと思っていますがそうあれないことが辛いです。 もっとも、くどくど自分が自分がと書き連ねてきましたが私が傷付けてしまった人たちの方が余程辛い思いをしていると思います。そういう自分の甘さも腹が立ちます。 私はこれからどうすべき、どう償うべきでしょうか。 乱文失礼しました。お忙しい中ご負担をお掛けしてしまい申し訳ありません。

有り難し有り難し 3
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後悔と生きている申し訳無さと今後の生き方

初めて質問させて頂きます。 よろしくお願いします。 過去の罪への後悔が止まりません。 ハスノハの問答で拝読したことを自分で取り入れ、懺悔偈、お墓お寺神社でお詫び、無財の七施を心がけてなんとかやっていましたが 抱えきれずに数ヶ月前、個別でお坊さんに話を聞いて頂き、懺悔し、お言葉を頂きました。 寄り添って背中を押してくださいました。本当に感謝しています。 今も自分を失いそうな時に思い出して支えにしています。 自分なりに原因を考え、ノートにまとめたり、懺悔偈と共に気をつけることをつぶやき、変われるように本を読んで得たワークをしたりしています。 しかし、後悔や不安、怖さが増すばかりです。 とにかく迷惑をかけて信用を失うこと。 自分の弱さと自分本意な傲慢さゆえのことです。 私生活も仕事も本当に人に恵まれてる為、その場にいることが申し訳なく怖く消えたい気持ちになります。 人に会う、いる場所が怖いです。これ以上裏切る人を増やしたくない。友達とももう会えないと思う心境です。 家族と一緒にいると決めた以上、前のように笑顔で家族とも人とも関わり交流しなければと思うのにできません。 迷惑かける人達がいるのに、こんな私が何ともなく生活してはいけないという気持ち、知られた時のことを考えて怖くなり覚悟が足りないのだと思います。 笑顔が作れない楽しそうにできない。 あいさつの声だけは大きめに出すように心がけています。 家事が精一杯で他何もできず、温かい空間を作れない。 年度がわりの時期もあると思いますが、子供も少し不安定に感じます。 こんなことではいけないと、できるだけ口角を上げて普通に見えるようにしていると、しばらくしてスイッチが切れたように動けなくなる日が来ます。 母、妻としての役割を果たせていない現状。家族を脅かす存在が私であるという事実。 死にたい気持ちを抑えながらの生活。自業自得で周りにも迷惑をかけるのに申し訳ありません。 知れてしまった時には離れるつもりです。 どうなっても、子供の心に何か残せるように、自分の心は置いて笑って安心させることが大切ですか。 自分の問題なのにそんな態度で周りに嫌な思いさせて甘え。これも傲慢さでしょうか。 こんな思考の中にいる今の私にお言葉を頂きたいです。 うまく話をまとめられず申し訳ありません。どうぞよろしくお願いします。

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温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ