父親が自殺しました。お坊さん、自ら命を絶って亡くなった人は成仏できるのでしょうか。
原因がわからず大事な家族が自ら死を選んでしまった時。残された家族は、つらくて苦しい時間を過ごさなければなりません。そのような状況が起きてしまった場合、私たちはどうやって気持ちに折り合いをつければよいのでしょうか。
今回、自殺をしてしまった父親の魂は成仏できるのかというご相談が届きましたのでご紹介致します。
自殺した人の魂はどうなるのでしょうか?
最近、父が自ら首を吊ってなくなりました。(中略)自殺をしてしまった人の魂はどうなるのかとても気になります。人生を全うして亡くなった方と違って、成仏できるのでしょうか?生きるのが辛くて自ら命をたったのに、成仏できないとか、天国と地獄があるのなら、地獄に行ってしまうとか、亡くなっても尚更辛い思いをするんではないか?と胸を痛めております。どうか教えてください、お願いします。
こう語るのは、40代女性cocozokkoさん。遺書もなく、突然自ら命を絶ってしまった父親。なぜ、その道を選んだのかと本人へ尋ねることができず、やり場のないつらい思いに胸を痛めておられます。自殺をした父親の魂は無事に成仏できるのでしょうか。さっそくお坊さんにお話を聞いてみましょう。
自殺された方は違うというわけではありません
お釈迦さまは自殺してはいけないとか、自殺したから悪い果報を受けるなどとはおっしゃっていません。あなたが懸念しておられることは心配に及びません。
自殺は良くないこと、だから悪い果報を受けるかもしれないと心配をされていたcocozokkoさん。仏教では自殺をされた方でも病死や事故死との違いはないとこちらのお坊さんはおっしゃっています。
父親からなにを見て、なにを学んだかが供養になる
お父様の死を悲しい、苦しいとして捉えるだけでなく、その見せてもらった人生を、生きているあなた方が如何に無駄にすることなく人生に役立てるか。それこそが、お父様への一番の孝行であり供養であると思います。
「お父様は必ず成仏できる」とおっしゃるこちらのお坊さん。天国や地獄は、じつは死後の世界ではなくこの世の中にあると言います。この世で地獄を感じたからこそ命を絶ってしまった父親。自死は決してよい事ではありませんが、今世のつらさや苦しさを活かし、来世ではまた新たな修行をしているはずとおっしゃいます。人生は修行の繰り返しなのですね。
残された家族も、父親の死を目の当たりにして地獄のようなつらい苦しみを味わうこととなりました。父親が家族に見せてくれた姿、父親から教わってきた様々なことを、これからは自分の人生の中で活かし共に乗り越えて行かなければならないのかもしれません。
語らい続けていくこと
お父様の心のやすらいを念じておられるあなた自身の中の思いこそ、霊魂、みたま、たましいというのです。(中略)今後も亡きお父様とのかかわりは続いていきます。お父様へのあなたの不安が無くなり、しっかりとした供養を通じて、心を通わしあってください。あなたのご自身の中のお父さんは永遠に不滅です。その語らいを続けていくことを供養というべきではないでしょうか。
亡くなった人の「魂」はどこにあるのでしょうか。こちらのお坊さんは、亡くなった人を想う意識こそ亡くなった人の「魂」だと言います。原因がわからず自殺した父親に対し「何かできたのでは、助けてあげられたのでは」と湧き上がる想い。その想う気持ちが父親の「魂」だと言うのです。亡くなった人を心で想い、その人と語らい続けて行くことがなによりも供養になるとお坊さんはおっしゃいます。
相談者cocozokkoさんからのお礼
修行に時間がかかっても成仏できるとの事で安心しました。口数が多い父ではありませんでしたが、父の生き方から教えてもらった事、受けた多くの愛情に感謝をして、悲しむだけでなく家族で支え合って今後生きていきたいと思いました。
父親に対する想いが父の「魂」だと知ったcocozokkoさん。父の魂と語らい続けながら残された家族と共に苦しみを乗り越えて行くと決心されました。
元の問答:自殺した人の魂はどうなるのでしょうか?
大切な家族が自ら命を絶ってしまった時、原因は亡くなった本人にしかわかりません。残された家族は、ある日、突然大事な人を失ってしまうのです。悔しさ、悲しさ、つらさが長く続くかもしれません。残された家族は、けっしてご自分を責めたりせず、今後の人生の中で亡くなった人の生き様を活かしてあげることがなによりも供養になるとお坊さん方は教えてくださいました。ありがとうございました。