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彼とうまくやっていくにはどうしたらいいのか

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有り難し有り難し 14

彼がプロポーズをしてくれて2年が経ちました。生活習慣や金銭感覚など色々と違いも見えてきて、悩んでいます。

違いはあるけど、
彼の仕事はとても尊敬できて、一緒に出掛けたときの周りへの気配りもすごい。教えてくれる話も興味深いですのですが。

仕事の悩みをお互いに話すことはあっても、なぜか将来とか先のことは話ができません。少しでも話し合えていけたらと考えますが、「そういうことはタイミングがある」と言い、話しあうには至りません。

重たく見られてるのでしょうか。

なんだか結婚を焦っているようにもみえて、さみしく、つらくなりました。

わたしは仕事柄朝が早く、彼は夜型の生活で会えるときに連絡して、それで会えるなら会うのを好みます。

急に会うことが決まる付き合い方を続けて、体調を崩してしまいやすくなりました。事前に約束したいと話してもいますが、、、。

自分の生活や体調を尊重すると、会える日が減ってきて、お互いに連絡とらず1週間とか1ヶ月空くことも多くなってきました。

会えるときの楽しさだけで、
付き合っていくのもどうかなと考えてしまいますが、連絡が来ると嬉しくて、すぐに返信して、会うのを繰り返しています。

なにか大事なことを見過ごしてるような気もしますが、ひとりで考えても分からなくなりました。

仕事も多忙化し、
色々と疲れてきました。

混沌として熟睡できない日が続いています。過食ぎみにもなってしまい、そんな自分に呆れます。

いまはとにかく
安心して眠りたいです。

纏まりの無い文章になりましたが、なにかアドバイスがあれば教えていただきたく、お願い致します。


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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

男の言葉を信用するな 行動と誠意がそこにあるかどうか

残酷な真実です。
格好のイイことばかりを大事にしている人は結婚に向きません。
男性は女性に格好良く見せるものですが、アナタよりもそっちを優先しているようだとしたら、要注意です。
本当にあなたを一番に優先してくれる人を選びましょう。
貸したお金も返すと言って返さないのもそれが答えです。
別れる前にきちんと取り返しましょう。
返してくれないなら別れる、と言って返してもらってから別れればよいと思います。
うまく行っている男女関係はこういう悩みすらないという事を知りましょう。
プロポーズされたにせよ、別にあなたも気負う事はこれっぽっちもありません。
プロポーズは条件付きであるようではいけません。
全身全霊であなたを幸せにしてくれる、守ってくれるような人と一緒になるべきです。
あなたより、自分が大事な人と一緒になってもいつかそっぽを向かれます。
男性の言葉は信用してはなりません。
世の中の女性のほとんどが男性の言葉を信じて不幸になっています。
このhasunohaにもそういう女性がワンサカおられます。
男とはそういう危ないものであると知りましょう。
本当にその気がある男性であればあなたがどんなに突き放してもあなたを最優先で守ってくれるものです。
そうでもない男性であれば妥協して、プロポーズしてくれたからと言って無理して結婚する必要はありません。今の時点で大事なことの話もできないような関係であれば、それが一番の答えなのだと100回念じてみましょう。
真実はたった今の現実が答えなのです。
あなたの頭の中の理想ビジョンとリアルのその男性とはズレがあることに自覚はありますか?
幻滅という言葉はマボロシが滅するのです。
あなたの夢や期待やマボロシと実際のその男性とは別物なのです。
ここを知りませんと、不幸をたどります。
結婚は一生ものなので、本当に本当によーく、相手の真実を見極めてください。

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有り難し
おきもち

お悩み相談08020659278
今月の法話 文殊の剣 ❝己がそのものを観ていながらそこに余計な色や思いをつけたさぬその己の様子を「こそ」見届けてみてください。❞(本文より) 「大丈夫、慧の剣を取る。」 大いなる菩薩や老師は智慧の剣を取って、人の迷いの見解を断ち切り真実の姿をみせてくださいます。 智慧の剣とは人間の自我、我見の無いこころからなる、無垢で清らかなる「事実の様子」「本来の様相」を見極める力ともいえましょう。 それこそが智慧の剣なのです。 文殊とは自己を鎮め得た者の姿。 人間の内なる思慮分別の猛獣を修め得て、その上に鎮座する姿。 事実を事実のとおりに見るということは、余分なものがないということです。 そこに現れる余分な見解というものを断ち切った姿。 そもそも、もともと一切の事象、事実というものには余分なものはありません。 とは言えども、それでも人は人の習癖・習慣的に物事に思いをつけたす。 いまや「写真で一言」という要らぬ添え物をするバラエティ文化もあるぐらいですから、ものを本当にそのままに受け取るということをしない。 文殊様の持つ剣、智慧の剣というものは、そういう人間の考えを断ち切る働きを象徴したものです。 その文殊の剣とはなにか? お見せしましょう。 いま、そこで、みているもの、きこえていること。 たとえ文字文言を観るにしても、そのものとして映し出されているという姿がありましょう。 文字として見えているだけで意味を持たせてもいない、読み取ってもいないままの、ただの文字の羅列のような景色としてみている時には、文字であっても意味が生じません。 本当にみるということはそこに安住しています。他方に向かわない。蛇足ごとが起こらない。 見届けるという言葉の方が適しているかもしれませんね。 ❝己がそのものを観ていながらそこに余計な色や思いをつけたさぬその己の様子を「こそ」見届けてみてください。❞それはものの方を見るというよりはそれを見ている己を見つめる姿ともいえましょう。 そういうご自身のハタラキ・功徳に気づく眼を持つことです。 あなたの手にはすでに文殊の剣がありますよ。用いることがないのはもったいないことですね。

質問者からのお礼

◆丹下さん
ご回答ありがとうございます。
「今の時点で大事なことの話もできないような関係であれば、それが一番の答えなのだと...」この言葉、すごくずっしりときました。

実は、付き合い当初から何かひっかかると直感のようなものがありました。それでも出会えたのもご縁だとし、なんとか上手くいくとしていました。

こちらから連絡をしなければ自然消滅になる気もしますが、別れるにしても、ハッキリと告げたいような、でも、連絡をしてしまえばまたズルズルとなるような。もしかしたら、待てばいい変化が起こるのではないかとか...、こころが揺れます。

どのようにして、
こころの整理を付けたらよいものか。

すぐできることとして、
まずは100回念じをやってみます。

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