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心構え・生きる智慧
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生きるのが辛い、仏教から学ぶ自分を見つめ直すヒント

毎日がつらいと感じる理由とは

毎日がつらいと感じる理由は多岐にわたります。仕事や人間関係のストレス、友達との関係の希薄さなど、様々な要因が複合的に影響しています。

特に、周囲に相談できる人がいない場合、一人で抱え込んでしまうことが多いです。これが日々の疲労感や不安感を増す要因となり、さらなる悩みに繋がります。 

自分の気持ちを理解してくれる人がいることは重要です。信頼できる友人や家族に話をすることで、少し心が軽くなることがあります。人間関係や仕事のプレッシャーが続く中、自分自身を見つめ直す時間を持ちましょう。

「自分を認める」ためには、自己反省や整理を行う具体的な方法を取り入れると良いでしょう。辛い毎日を少しずつ変えるためには、まずは小さなステップを踏むことから始めるみてはいかがでしょうか。

不安を抱えた時に試してほしいこと

不安を抱えた時には、いくつかの対処法を試してみましょう。

例えば音楽を聞くことで、自分の気持ちをリラックスさせることができます。心に癒やしをもたらすメロディーや歌詞が、不安を軽減する手助けになるでしょう。

漫画や映画を楽しむことも効果的です。ストーリーに没頭することで、現実から一時的に離れ、心の余裕を取り戻すことができます。

瞑想もおすすめです。ハスノハのおすすめは「ココイマさんの10分瞑想です」

これらのアクティビティを通じて、少しでも心が軽くなる瞬間を見つけ、自分自身を落ち着かせる時間を持つことが大切です。不安を抱えた時こそ、こうした方法を取り入れ、自分に合ったリフレッシュ法を見つけられれば、心の健康を保つ一助となるでしょう。

身近な人へ相談する大切さ

身近な人に相談することは、心の健康に大いに影響を与えます。家族や友達、親に自分の気持ちを話すことで、理解やサポートを得ることができます。

特に、信頼できる相手とのコミュニケーションは、孤独感を軽減し、心理的な負担を軽くする助けになります。 また、相談を通じて新たな視点を得ることも可能です。

自分だけでは気付かないような助言や意見は、状況を改善するための糸口になるかもしれません。身近な人に話すことで、感情を整理し、ストレスを解消する手段にもなります。 このように、身近な人への相談は、個々の心の健康を支える重要なプロセスです。

SNSを利用する

また、SNSを活用するのも一つの手段です。同じような経験を持つ人々とつながり、気軽に気持ちを共有することで、孤独感や不安感が和らぐことがあります。ハスノハでお坊さんとのQ&A個別相談でも励ましやアドバイスを受けることができ、心の支えとなります。

もう一度自分を見つめ直す時間を作ろう

忙しい日常の中でも、自分を見つめ直す時間を持つことが重要です。時には立ち止まり、人生の選択や今後の目標について考えることが、心の平穏につながります。

この時間を利用して、あなたの価値観や悩みをじっくりと見つめ直してみましょう。 また、自己理解を深めるための具体的な方法を試みることも効果的です。日記をつけたり、趣味に没頭することで、自分にとって大切なことを再認識することができます。これにより、少しずつつらい毎日を変えていく力を得られるはずです。 

こうした時間が、人生をより豊かにする手助けとなります。自分自身を大切にし、少しずつ生きやすい方向へ進むことができるでしょう。

「自分を認める」ための具体的な方法

自分を認めるためには、まず自分の気持ちを正直に言葉にすることが重要です。日々の生活に埋もれた感情や思いを表現することで、自己理解が深まります。

次に、自分の小さな成功や努力を意識して認識することが役立ちます。日常生活の中で、自分が達成したことや頑張ったことを振り返り、感謝する習慣を持ちましょう。

また、苦しい時期には自分を優しく受け入れる言葉をかけることも必要です。自分に対して厳しくなりすぎず、優しさを持つことで、心を豊かに保つことができます。 

他者とのコミュニケーションも効果的です。友人や家族と気軽に話をすることで、自分の思いや気持ちを整理し、新たな視点を得られるかもしれません。 このような方法を実践することで、自分を少しずつでも認められるようになり、心が軽くなるでしょう。

つらい毎日を少しずつ変えるためにできること

つらい毎日を少しずつ変えるために、まずは小さな対処法を取り入れてみましょう。日常生活において、些細なことでもあなた自身をケアする時間を持つことで、心の余裕が生まれます。

 趣味や好きなことに時間を割くだけでなく、運動や散歩など体を動かすことも効果的です。これにより、ストレスを軽減し、ポジティブなエネルギーを得ることができます。 

また、目標を小分けに設定し、達成感を感じられるようにすると、達成感が自信につながります。自分の気持ちを表現することも助けになります。

日記を書くことで思考を整理し、感情を理解する手助けとなるでしょう。 つらい時期を乗り越えるためには、少しずつでも変化を持たせる工夫が求められます。

お坊さんに吐き出して、生きるのが辛い

日々の生活で辛さを感じる瞬間は多いものです。特に不安や悩みを抱えると、重い心の荷物に押しつぶされそうになります。そんな時は、お坊さんに相談することも考えてみてください。

お坊さんに話を聞いてもらうことで、心が軽くなったと感じる相談者さんがたくさんいます。hasunohaでは、人々が気軽に相談できる環境が整っています。問答形式相談や、じっくり時間をとって1対1でオンラインで相談できる仕組みがあります。

自分の思いを言葉にして発信することで、共感を得たり、サポートを受けたりできます。 自分を見つめ直す時間を持つことで、新たな気づきが得られることでしょう。

「自分を認める」処方箋をお坊さんと一緒に作っていきませんか。 あなたが、つらい日常を少しずつ変え心に開放感をもたらすことができますように。 

お坊さんに相談する

あなたに向けられている優しさをしっかり感じて

(相談)物心ついたころからずっと生き辛さがありました。それがあったから、夢を叶えることに昇華できたと思います。でもすぐ病気になりました。
何だか上手く言語化できませんが、小さいころから、ずっと生き辛い人生だなと思います。
死ぬまで辛いのが、人生でしょうか?

(お坊さんの回答)生きづらさの中には、(こうでありたいな)という願望があるからかもしれません。現実との違いに、嘆きや悲しみが起こってしまう。

望むことは、誰にだってありますし、自然な気持ちですよね。それが生きる目的にもなるのですから。ですが、叶わない、どう頑張っても無理だと感じてしまうと、自分の人生なんて…と、生きていく中にも常に辛さを感じてしまいます。

叶わないもの、失ったもの、難しいものに気持ちを向けるよりも、今 大切にできるものや あなたに向けられている優しさをしっかり感じて、安心や喜びにしていきましょう。

みんな、自分を生きるしかありません。それならば、自分を大切に、自分を愛しませんか。

元の問答:生き辛さ

繋がりながら歩いて行きましょう

(相談)吐き出せるところがないのでここで失礼します。

生きるのが辛いです。
仕事もろくに続かず、家から出れない日々です。精神疾患の薬を飲みながらなんでこんな思いをして生きてるんだと毎日考えています。ですが死ぬ気にはなれず、自分が死ぬと散財癖で浪費した借金を父親が背負うとなると考えると死ねません。

(お坊さんの回答)社会から、置いてけぼりみたい気持ちになるよね。本当は、死ぬより、ちゃんと生きたいのではないですか。

よく頑張ってきたわね。誰にも相談できずに、ずっと一人で悩んできたのでしょ。

あなたとこうして話をしながら、一緒に考えていくサポートがあれば、きっと一歩が踏み出せると思うわよ。ハスノハでも、こうして繋がっていましょうね。いろんな話をしましょう。どんな部分が困難なのか、何に関心があるのか。どんな関わりなら、社会と繋がっていけるのか。あなたが、少しずつでも自信を取り戻せるようにね。私もサポートをしたいわ。

元の問答:生きるのが辛いです


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煩悩スッキリコラム

「生きるのが辛い」問答一覧

楽しいことがありません

お世話になっております。 楽しいことがありません。 私は、祖父母から譲り受けた アパートを所有・管理しています。 その他障害年金も受給しています。 なので、金銭的には困って いません。 趣味は、電子ピアノを弾いたり、 絵や小説を作ったり… ですが、最近どれも楽しくない のです。 私には夢がありました。 障害者雇用かA型で働き、 アパートの経費を自分で稼ぐ という夢です。 しかし、私の体力や精神面の コンディションではそれは 無理だと先生から言われ、 そのぶん 「大家さんとしての業務を がんばるように」 と言われました。 私は普通の人とは普通に話す ことができ、 「発達障害なんて嘘みたい」 と言われます。私はそれに対し 毎回 「そうおっしゃっていただける ように努力しているので光栄です」 と返します。 ですが、すこしでも「うわっ」と 思う人と相対すると、強い ストレスを感じて、被害妄想を 抱いたり、時には「なんとしても こいつを排除しよう」と画策 してしまいます。 これが、私の社会的な部分の 困難性です。 障害者雇用やA型就労の職種の ほとんどは、パソコンを使った 事務です。 私自身、パソコン作業は苦では ないため、パソコンの資格を 懸命に勉強しました。 でも、その夢は破れました。 今は平日毎朝アパートの掃除や 点検をし、ゴミ置き場に防虫 すぷれーをかけ、確定申告を 自分でやり…というのが、 仕事らしいことです。 それ以外の時間は、退屈です。 人生楽しくありません。 早くお迎え来ないかな、と 思う時もあります。 お医者さんを責めないでください。 こういった話をすると、お医者 さんを責めるお坊さんが一定数 います。 人生が楽しくないせいで、最近 落ち着いていたはずの知的障害者 への攻撃欲求が高まっています。 どうしたら楽しくなりますか? また、「自分だけ恵まれていて いいのだろうか?」という 気持ちもあります。 楽しい事を強いて挙げるなら、 道端で人助けをしてる刹那 くらいです。 先日も応急処置をしたのですが、 あれはやりがいがありました。

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回答数回答 3

子どもの頃からずっとあるしんどさ

はじめて相談させていただきます。 子どもの頃から人に言えなかったことがあります。 10歳の頃からずっと死にたいと思いながら生きてきました。 両親は不仲で兄弟仲は悪く、当時は学校でもいじめにあっていてどこにも居場所がなかったのだと思います。その頃から漠然と死にたいという思いがずっとあります。 一番ひどかったのは大学生のときで、大学生活がうまくいかず、自分が生きていたら迷惑だ、自分自身を殺したいくらい嫌いで憎いと思っていました。毎日、どうやって死ぬかなど、死ぬことばかり考えていました。 当時は自殺サイトのようなものもあり、携帯で検索ばかりしていました。検索して開かれたページをたまたま母親が見たようで、家族の前で暴露されましたが、茶化されて終わり、特に心配されるような言葉もかけられませんでした。 大学生の頃は自分は人から嫌われる最低な人間だと思っていたので、人と話すのが怖くて友達もいませんでした。 対人恐怖症のような症状があったので、精神科に相談したり、カウンセリングを受けたりもしましたが、自殺を考えていることはなぜか誰にも話さず仕舞いでした。 その後、就職してそれなりに社会人経験も積むことで、対人恐怖症のような症状はほぼなくなりました。ですが、ふとしたときに死にたいと思ったり、10年後や20年後など先のことを考えると生きているのが苦しくなります。今年や来年のことを考えるのが精一杯です。 いい歳をしていまだに独身で、趣味を楽しんでいても、ふと自分は何をしているんだろうと虚しくなります。同年代は家族を持って、子育てをしている。家族を持っていてもおかしくない歳なのに、自分が結婚して子どもを育てることなんて考えられない。子どもを幸せにしてあげられる自信もないし、子育てで精神的に病んで不幸になる未来しか想像できず、結婚しても独身でも未来が怖くていっそのこと今死んでしまいたくなります。 昨年、仕事が多忙でめまいや不眠の症状がでて、今は調子は戻りましたが、また事あるごとに体調が崩れるのではと不安です。 精神的に落ち込んだときは線路に吸い込まれていきそうな感覚になったり、首をつってしまいたくなりました。 寝る前に気持ちが落ち込んで、どうしようもなくなったときは首をしめたこともありました。 今は仕事も落ち着いていて精神的にも落ち着いていますが、ずっと漠然としんどいままです。

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一生迷い続けるのか

数年前から本サービスを使用させていただいております。 最新の質問時には妻のお腹の中にいた子はいまや私の足元を元気にハイハイしています。 さて、父親という立場になりましたが、人格というものは良くも悪くも変わらないのですね。仕事では相変わらずミスが多いです。30歳になって、自分のミスを「成長のために必要だから」とフォローされるのは堪えるものがあります。それに20代のころに抱いていた夢は遥か彼方で努力する気もめっぽう起きません。 仕事、もといお金稼ぎにフルコミットした方が良いのかなぁなどと思いつつ、子どもと過ごしていると仕事が人生のすべてでもないよなぁ、という気持ちにもなります。定時で上がらなければ見逃していた子どもの成長する瞬間は枚挙にいとまがありませんし、私が家にいる時間が長いほど妻は助かると言ってくれます。 ただ、仕事で成果を出さなければ子どもを養うためのお金を稼げません。 やっぱり自分は普通の人間でたぶん出世も名声も富もそこそこかそれ以下で終わるんだろうなという諦観が芽生えてきていつつも、どこかで諦められない気持ちがあります。20代もっと頑張っていれば年収〇千万あったのかな、とか。20代の頃は世の中金ばっかりじゃないだろ、なんて突っ張っていたんですが、この年になり子どもができると当時の自分を張り倒してやりたくなります。 つらつら語ってしまい、申し訳ございません。 ようは、30歳になり、人の親になっても、ずーーーっと心がふらふらしている点に戸惑っています。私って死ぬまでこうなの? と。悩んでいる時間があったら目の前のささやかな楽しいことを全力で味わった方が良いに決まっていると頭ではわかっているんですが、なかなか。 人生の先輩方にお伺いしたいです。人生ってそういうものですか? 皆さんもこういう気持ちになりながら、御顔に出さず、自分の生活を守り、仕事をこなし、暮らしをなんとか持続させているのでしょうか。 また、自分の心の迷い、欲望、後悔、劣等感とどう折り合いをつけて暮らしていらっしゃいますか?

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自分の生きる意味

心療内科の先生に直接言われたわけではないのですが、2023年にウェクスラー知能検査というものを受けて自分が境界知能だということを知った36歳女性です。小学生時代から自信が無く、空気が読めずに人間関係がうまくいかず、中学生時代は数ヶ月不登校になりました。勉強もちゃんとしてこなかった為、頭は悪いです。このままではいけないと思い高校を卒業してから、大学受験をするために浪人をしましたが、諦めてしまい挫折しうつ病と強迫性障害を患い、引きこもりになりました。その後、心療内科に行き薬を貰って飲み始めました。体調が少し良くなったのでアルバイトを始めましたが、仕事ができないのと人間関係が悪くなったので6ヶ月位で辞めてしまいました。その後もアルバイトを始めたり、辞めたりの連続でした。専門学校にも通ってみましたが続かず、半年間で辞めてしまいました。20代後半に百貨店の契約社員となって何とか4年間位は続けることができました。しかし体力が余りないのでこの先も続けていけるのかという不安もあり、30代で百貨店を辞めました。事務職で仕事ができればと思い、ハローワークのパソコン教室に通い事務職の仕事を探しましたがうまくいかず時間が経ってしまいました。その後、32歳で事務職ではないのですが病院の受付のアルバイトを見つけ、今年36歳の3月末まで働きました。今現在は仕事を辞め実家にいてずっと引きこもり、寝てばかりで何もしていません。貯金はしておらず人生を無駄に生きています。ずっと前からなのですが、自分の人生を振り返って他人の人生と比べてしまいます。私と同じ位の人達は成人式もして就職もちゃんとして結婚もして自立して立派に生きているのに私の人生は子供の頃から駄目すぎて恥ずかしくて情けないです。親にも申し訳ないです。この生き辛さを学生時代から早くわかっていればと後悔ばかりしています。早く死にたいと思ってしまいます。もうすぐ40代になるというのにこんな人間に生きる意味はあるのでしょうか。

有り難し有り難し 23
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人生について

こんにちは。この度相談したい事は、大切なものの手放し方についてです。 私は新卒で教諭として採用され、長く働いてきました。教職は私の天職だと感じており、他人の喜ぶ顔が好きな事、生徒に関わる事(授業等)に手を抜けない性格から、かなり無理な働き方をしていましたが生徒と一緒に頑張ることが楽しく、目の前の生徒が喜んでくれることが嬉しくて気づけば10年以上も経っていました。 当時から慢性的な疲労に苦しんでいたので前兆はあったのですが、ある仕事で大きな目標を達成したあと、深刻なバーンアウト(燃え尽き症候群・鬱症状も併発)を経験し、身体が動かなくなりました(寝ると起き上がれなくなる、頭に常に靄がかかる、希死念慮など)。 当時の私は複数部署の長でもあり、管理職からは「休職は制度上可能だが非正規で回さなければならなくなる(から迷惑)」という意向もあり、現場に迷惑をかけることが精神的に辛く退職をしました。※現場は本当にギリギリなことも事実で、退職は最善の選択だったと思っています。 半年間症状と戦ってほんの少しづつ身体が動くようになってきたのですが、今後の自分の仕事をどうすべきか悩んでいます。昨今の報道にもあるように現場の状況は過酷なままで改善の見込みはありませんし、私が以前の健康状態に戻ることはないだろうという実感もあり、頭の中で「教育を手放したい」と考えつつもそれができません。 例えば学童や通信制の学校など、以前と違う形で関わる道もありますが、私の中には教壇に立つ自分(理想)がいて、それがアイデンティティでもあるのか他の形を許すことができません。本心は教育にこだわることから解放されたい、大切な教え子たちとの思い出をもってお別れしたいと思っているのですが手を離せない自分がとても辛いのです。 私は既に30代後半で新しい分野の就職もなかなか厳しく(実際に別業種に応募して、教師経験と年齢を理由に断られる事が続いています)以前の実績から教育関係だと就職し易いという常識に縛られている事もはっきり感じます。私を大変慕ってくれた生徒達にも申し訳ないというぼんやりした後ろめたさもあります。 手を離すことで自分が空っぽになることが怖いのだと思います。 「私は生き残った」という気持ちと「人生が終わればいいのに」という気持ちが交互にやってきます。私はどうすれば前を向いて生きていけるのでしょうか。

有り難し有り難し 36
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気楽に生きるとはどういう意味

気楽に生きるとはどういう意味なのでしょうか? 私は、小さな頃から厳しく育てられ、 自分や他人を許すことがとても難しく、 ですが、少し仏教の勉強をし始め、 瞑想や、瞑想しながらの自分の観察をし続けてきました。 どの私も存在する、それらをただ観るだけ。 判断せず、それも私。 と、教わった通りに観察をし続けてきました。 瞑想の時は観察がしやすいですが、 日常に戻ると、また頭の中は鬱でいっぱいになります。 あの人がこうしたのは、私を嫌ってるから!と被害妄想や、 私はダメな人間だ、といつも頭の中はネガティブです。 何人か先輩や夫に相談させていただいたところ、気楽にね。と言われることが多かったです。 私は真面目で一生懸命屋さんです。 いつも自分にムチをうち、足りない!足りない!と不足ばかりを自他共に押し付けてます。 最近、母性や慈悲を持ち、自他に優しくできることも増えましたが、 頭の中は常に何かを追いかけ、変えようとしてます。 もうそんな毎日に疲れました。 パーッ!と明るくなる時もあるけど、それは過覚醒な感じで、ネガティブもあるけど、ポジティブもあるみたいな安定さがほしいです。 でもネガティブな自分を認めることはとても難しく。 晴ればかりじゃない、曇りもある。と自分に言うものの上手くいきません。 もっと気楽に、自分らしく、優しく生きたいです。 このままでは、自分に執着ばかりで、周りの優しさや愛情に気づけません。 感謝と、気楽に生きる、を教えていただきたいです。 よろしくお願いします。

有り難し有り難し 39
回答数回答 3