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仏像オタクニストSALLiAの「仏のトリセツ」vol.28 「安心を生むお金の稼ぎ方。与えようとする人に、人は与えようとする」

皆様、ご無沙汰しております。

ここのところ、更新期間が空いてしまい申し訳ないという枕詞からスタートしてしまっている気がしますが…気を取り直して、元気よくコラムを書いていきたいと思います。

最近私の周りでは、相次ぐ物価高や円安の影響で、普通に生活するだけで大変だという方も非常に多く、またhasunohaのお悩みなどを拝見していると、「もっとお金があれば安心できるのに」「お金がないと将来が不安だ」と思いながらも、どこかで「お金に執着するのは良くない」、「お金を稼ぐことは汚いこと」という矛盾や罪悪感を抱えている方もいらっしゃるように見受けられます。

今回はそんな「お金を稼ぐこと」について、自分なりに至ったことを皆様と共有させていただけましたら幸いです。

数字を追うと、疲弊する

自分がどのように活動し、仕事としていくのかというのを見つめ直したのは、21年4月、生活拠点を故郷の大分に移した時のことでした。

今まで行っていた仕事だけでなく、新たな自分の価値を、新たな場所でどのように提示していくのか?ということを軸に、私は一つの目標を立てました。

それは、『お金を稼ぐことに全振りしてみる』ということ。

今までの私にはやはり、「お金を稼ごうとすること=お金に対する執着」という考えがあり、どうしてもお金を稼ぐことに関して、苦手意識がありました。

とはいえ生きていくためにまず必要なのは、お金です。今までと違う意識を持つことで、気づくこともあるのではないか?と思い、とにかく最初の一年は今までだったら、怖気付いてできないことや、プレッシャーのある新たなジャンルの仕事なども、お金のためだと割り切って頑張って行っていました。

その意識の甲斐あってか、”稼ぐ”ということにおいては順調でしたが、段々と自分の中に今までなかった”不安”が芽生えてきたことに気づいたのです。

仮に先月の稼いだ額よりも今月の稼いだ額の方が多くても、「来月は今月より減ったらどうしよう」「先月よりももっと数字を上げなければ」という強迫観念にも近い感情が、私の中に渦巻き、数字を追えば追うほど、自分がなんのために働いているのか分からなくなり、いつしか心の片隅で「お金を稼ぐためだけに働く自分ってなんて、虚しいのだろう?」と今までに抱いたことのない感情すら出てくる始末。

そして極端にお金を使うことや、お金を減らすことも恐れるようになり、ほしいものがあっても過度に我慢して、ストレスが溜まり、仕事のパフォーマンスも落ちるということを繰り返す結果にまで至ってしまいました。

とりあえずお金を稼ぐということをゴールに設定してみたのですが、このままでは生きる意欲も、喜びも、モチベーションも何もかも失ってしまう。

お金はあればあるほど、安心できると思っている方も多いと思いますし、私もかつてはそうでした。しかしお金は稼げているのに、なぜか不安がまとわりついていたわけです。

お金の安心には「自己実現」が鍵となる

そこで私は考えました。どういう時に、人はお金を使うのか?答えはシンプルで、「自分のニーズに合致したとき」となるでしょう。

私は『自分の能力や役割で、人を満たすこと』が、人のニーズに合致するということであり、人の役に立つということに思い至ったのですが、ではどう稼いだら、私は自分を喜ばせ、安心させてあげられるのか?

言い方を変えれば『どのような仕事をし、働き方をしたら、私は仕事をしている自分が好きなれるのか?』ということです。

お金を稼ぐことを目標に置いていた時は、数字しか追っていなかったので、そうすることで自分にどんな喜びややりがいがあるのか、そして相手にどんな利益や喜びがあるのか?などは、加味していませんでした。

もちろんお金が手に入れば、自己肯定感や幸福度も上がりますが、良くも悪くも慣れてしまい、あまり持続しません。だから「虚しい」し、お金を稼がなければ「ならない」という執着に結びついてしまうのだと思います。

「利益」という言葉には、二つの意味があります。”りえき”と読む方は、《もうけや得、収入から費用を引いた残り》という意味ですが、”りやく”と読む方は、《仏・菩薩(ぼさつ)が人々に恵みを与えること。仏の教えに従うことによって幸福・恩恵が得られること》という意味があります。

では自分にとって、どのようにお金を稼いだら、自分の『りやく(利益)』になるのか。

それをちょうど考えているタイミングで、面白いことに家庭内で困ったことが起き、私は頑張って貯めたお金を差し出すかどうか?という選択を迫られました。

また同じ額を稼げるかも不安でしたし、本音を言うなら、渡したくありませんでした。でも、その時私は、「試されている」と思ったのです。

自分がそれで生活していけなくなるのであれば問題ですが、自分の生活を守る範囲で、相手の利益や助けとなることを考える。一度思い切って、お金に対する執着を手放してみよう。極端なことを行うことで、うまい落とし所(中道)が見つかるかもしれないと思い、素直にそのお金を手放すことにしました。

一度手放してみると不思議なもので、「何をあんなに一生懸命お金を稼ごうと思っていたんだろう」と、一気に気持ちが楽になり、働いたお金を人のために手放したことで、今までに感じたことのない「自己肯定感」すらも得ることができました。

それが「布施」の「りえき(利益)」だと、実感したことで働く意識も変わり、「お金を稼ぐこと」から、「お金が適度に付随する形で、自分にしかできない誰かの幸せになる価値提供を行う」ことに目標が変わったことで、発想が変わり、色々な企画を思いつき、営業に行ったり、プレゼンに行ったりというモチベーションにも繋がることになったのです。

そして「誰かのニーズに応えること」を重視し、自分の足で全て動いた企画には、必ず誰かが賛同し、私に与えようとしてくれるということも、知ることができました。

「お金を稼ぐ」ということが、私の中で「自分に偽りなくやりたいと思うことが、自然と社会貢献に繋がっている状態」=「自己実現」に結びついた瞬間でもありました。

与えるようとする人に、人は与えようとする

「お金を稼ぐことは悪だ、汚れている」と思っていた過去の自分に対しては、自らを許容できるだけのお金を稼げていない自分への言い訳だったなと今では思います。

お金を稼いでも使ってもお金は循環し、経済を回すことは、社会全体が豊かになる一歩になります。だから「お金」という存在そのものは、決して「悪」でも「汚れている」わけではありません。

「サンユッタ・ニカーヤ」という経典では、ブッダの「蓄財」に対する考えが載っているので、ご紹介致します。

・法(教え)に頼り、暴力を用いない蓄財であること。

・蓄財によって自己が安楽となり、強くなること。

・蓄財は偏らず、配分できる福を作ること。

・財に貪らず、心迷わず、罪に堕さず、智慧で受用すること。

特に最も、私が共感したのは二つ目で、「蓄財」というよりは、覚悟してお金を稼ぎ、お金を

貯め、手放したことで心が強くなり、強くなった状態の自分に「安心」することで、安定したお金の生み出し方に結びついたと感じました。

そして不思議なことに、「自己実現」と「誰かに何かを与えることができる仕事」を求め始めてからの方が、確実に収入が伸びているのです。

とはいえ、物価も上がり、税金もますますかかるので、決して楽に稼いで生きられるわけではありませんが、お金への執着を手放し、お金を適度に使う楽しさや、仕事のやりがいを感じられる今の方が、確実に幸福度も上がっています。

「誰かのためにお金を稼ぐこと」を綺麗事だと感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、個人的には色々試した結果、

・「自分だけが得をする意識」ではお金を稼ぐモチベーションは続きませんし、縛りになってどんどん苦しくなる。

・「与えようとする人に人は、与えようとする」。

ということを、実感する経験をさせていただくことができました。少しでも、皆様の心に「安心」が生まれていただけたら、私も嬉しく思います。


《ラジオ番組のお知らせ》

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文・hasunoha編集部
SALLiA(サリア)

歌手、音楽家(作詞・作曲・編曲家・音楽プロデューサー)、仏像オタクニスト 。

「歌って作って踊る」というスタイルで話題を呼び、2016年11月USEN1位を獲得。さらに4週連続トップ10入りを果たした。さらに音楽家(作詞・作曲・編曲家)として楽曲提供を行ったり、県域ラジオ局のラジオパーソナリティ、全国のフリースクールでのボランティア活動等、その活動は多岐に渡る。

幼少期よりいじめ、不登校、家庭内の不和など、様々な生きる苦しみを感じながら成長し、20歳で「仏像」と出会う。そこからずっと感じていた「どんなに過酷な状況でも穏やかに、幸せに生きる方法」を本格的に模索し始める。

そしてUSEN1位獲得の翌年、足の事故に遭うという人生最大の危機が訪れる。しかしその人生最大の苦しみがきっかけとなり、仏像だけでなく本格的に「仏教」の勉強をし、「自分で自分を救っていく方法」を発信する「仏像オタクニスト」としての活動を始めることを決意。2018年4月、本名の畑田紗李から「SALLiA」に改名。

2018年12月3日、「生きるのが苦しいなら~仏像と 生きた3285日~」を出版。紀伊国屋週間総合ランキング3位やダ・ヴィンチニュース1位など、話題を呼んでいる。

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