hasunoha お坊さんが必ず答えてくれるお悩み相談サイト

お坊さんに質問する
メニュー
メニューを閉じる
549views

仏像オタクニストSALLiAの「仏のトリセツ」vol.8 目の前で拾ったティッシュを捨てられた話

ある日のことです。目の前をリクルートスーツを着て、キャリーケースをガラガラと引きずりながら、タピオカを飲んでいる女性二人組が歩いていました。多分察するに、彼女たちは就活生で、きっと就活の疲れをタピオカで癒しているのだろう。うんうん。頑張ってるんだね、なんて心の中でお姉さんぶりながら、彼女たちの後ろ姿を眺めていました。すると一人の女性からポロっと、ポケットティッシュが落ちたのです。

私は慌てて、そのポケットティッシュを拾い彼女たちを追いかけ、声を掛けました。彼女たちは振り向き、私が差し出したポケットティッシュを見ると、途端に怪訝な顔をしたのです。

そしてティッシュを落とした方の彼女は「え、落としたわけじゃないんですけど…。」と言った後、「まあいっか。」と言ってポケットティッシュを手に取りました。

あれ?落としたんじゃないの?と状況をよく理解できないうちに、彼女たちはスタスタと歩き、路上の自動販売機横にあるゴミ箱(空き缶&ペットボトル用)に、そのポケットティッシュをポイっと捨てたのです。

うそーん(死語)と遠ざかっていく彼女たちの後ろ姿をただひたすら眺めながら、なんとも言えない切ない気持ちになったのでした。

他を大切にすることは、自分を大切にすること。

目の前で起こった状況を整理すると、

1.彼女はポケットティッシュを落としたのではなく、道に捨てた。

2. そして拾って届けた私の目の前で、ゴミ箱に捨てた。

というシンプルなもの。私の中にはない発想の出来事ではありましたが、腹が立つことはなく、素直に彼女がなぜそんな行動に出ることが「できた」のか。それが気になり始めました。

純粋に彼女にとったらポケットティッシュを要らないと思ったから捨てたし、私による勘違いで彼女の手元に戻ってきたけど、やっぱり要らないから捨てただけなのだと思います。

しかし、彼女の行為は他を意識「しなさすぎる」行為であると言えます。それはつまり、自分のことしか考えていない行為とみなされてしまうということです。

もちろんお互いに名前も知らない私に対してだし、今後も付き合わなければいけない関係性でもないから後腐れもないだろう、という気持ちもあるのかもしれません。ですが、自分の中にある考え方や、怠慢な部分は、どんなに気をつけたとしても、相手を選んでいたとしても、何かの拍子に現れてしまうものです。

そして自分のことだけを基準に考えていると、他の人の基準というものがどんどん曖昧になっていきます。自分にも基準があるように、人には人の基準がある。にも関わらず、自分さえ良ければいいという基準でいると、それは必ず人間関係の苦しみにつながってくるでしょう。

自分だけを大切にすることは、結果として自分も含め、誰も大切にしていないということになります。何故かというと、人を大切にしない、ということは「自分のことも大切にしなくていいよ」という表現をしてしまっていることになっているからです。

彼女が何気なく捨てたティッシュのように、彼女が誰かからもういいや、と捨てられるようなことが起こってしまうのではないか。

と余計なお世話ながらにも、心配してしまいました。

大切な友達を泣かせて、初めて気づいたこと

私は、特に「自分を大切にする」ということが、よくわからない人間でした。「自分を大切にする=傲慢、ナルシズム」と思っている節もあり、自分で自分を肯定することがそれに値するのでは?と「自分を大切にする」ということを、どこか否定的に捉えていました。

そんな私の認識を変えてくれた大きな出来事がありました。中学時代に仲の良かった女友達と、5年ぶりに会うことになったのです。彼女とは同じクラスになったことはありませんでしたが、

ひょんなきっかけから仲良くなり、人生の初のダブルデートをしたこともあるほど、想い出もいっぱいあります。

同じ高校に進学したけれど、勉強のしすぎで体を壊し、入院になり、その高校をやめるかどうか迷っていた時、私の背中を押してくれたのは彼女でした。

私の初著に書いている進学校での挫折事件の話ですが、進学校をやめる私は「負け犬」と仲の良かった友達にも、先生にも言われました。だけど、その彼女だけは「SALLiAが学校やめても、何も変わらん。友達であることには何も変わらん。」そう言ってくれ、そんな彼女のことを、私は一生大切にしよう、そう思ったのでした。

そんなこんなでかれこれ、20年近い付き合いとなった彼女。お互い高校を卒業し、大学で二人とも上京していることが判明してから、一度会ったきりだった彼女と5年ぶりの再会。2018年の3月でした。

その頃私は、仏像オタクニストとしての活動を始めようと準備している段階で、それまで歌手になってからの話、現場のいじめや、ネットの誹謗中傷に耐えられなくなって、死のうと思って岩手に行った話、そして足の事故にあったこと、を正直に話しました。

そして一通り話し終え、彼女を見ると、なんと彼女は泣いていたのです。

彼女は救命救急センターで働いており、自殺未遂をした患者さんも運ばれてくるのだ、といい、そして「泣いてる理由は二つある。私の大事な友達が死のうとしたことが悲しいのが一つで、そして、今生きててくれたことが嬉しいのが二つ目。」と言いました。

そんな彼女を見て、私も思わず涙ぐみましたが、嬉しいというよりも正直ショックな気持ちがとても大きかったのです。

何故なら、大切な友達を悲しませてしまったことが、自分の中では思いの外ショックでした。なんてことをしてしまったんだ、と思いました。

そして「自分が大切だと思っている人に、大切だと思ってもらっている自分を大切にしないわけにはいかない。」そう思ったのです。

自分を大切にしないということは、自分を大切に思ってくれている人すらも大切にしないということになってしまう。

何より私は、自分が死んで、彼女が悲しむということを全く考えなかった。それは自分のことだけ考えて生きていたということではないか…。

愚かな私は、彼女の涙を見て、それに初めて気づきました。

そして自然と自分一人で生きているわけではないんだ、とさえ思ったのです。

人に対して蒔いた種は、必ず自分のもとで花を咲かせる。

この時の出来事は「他者との繋がり」、つまり「人の縁」というものをすごく私に実感させる出来事ともなりました。どんな関係性であっても、たとえ名前を知らない人であっても、「関わる」というのは「縁を持つ」ということになります。

必ず、「関わった人」には「影響」を及ぼします。

例えば、Aさんが見ず知らずの人に嫌なことを言われたとしましょう。Aさんは、その日一日中嫌な思いを抱えて、1日の終わりにいつも行くコンビニの店員さんにイライラして怒鳴ってしまいました。

コンビニ店員は、Aさんを「怒鳴る客、理不尽な客」と認識し、それから消極的な接客の仕方になりましたが、Aさんはそれを「自分が怒鳴ったからだ」と罪悪感に感じるようになり、そのコンビニを利用しにくくなりました。

Aさんからすれば、それは、見ず知らずの人から嫌なことを言われた、ということが原因となってはいますが、コンビニ店員さんに関しては、ただAさんから怒鳴られたということになります。つまりAさんがコンビニ店員さんに対し、新たな原因を作り出し、自分の起こした行動によって、自分の首をしめたのです。

そんな風に、一人から派生した原因が、新たな原因を作り出し、それは数珠つなぎのように巡っていきます。

それを「因縁」「縁起」と言います。そして、人と人は影響しあってもいるし、繋がってもいるので、巡り巡って自分に様々な形で返る可能性も非常に高いのです。

私が女友達の彼女から、大切に思ってもらえたということは、同時に私が彼女を大切に思ってきたからだとやはり思います。どちらが先だったのかはわかりませんが、私たちはお互い同じように、「大切に思っている種」を蒔き合い、そして然るべきタイミングでその花が自分の中から咲いたのでしょう。

だけれど、それが「悪い影響を与える種」ならば、自分から芽吹くものも「自分に対し悪い影響を与える花」になるのです。

単純に、見知らぬ女性がティッシュを捨てた話からかなり飛躍してしまいましたが、その彼女が蒔いた種がどんなもので、どんな花になるのかは、彼女のみぞ知る、なので私には分かりません。

ただ言えるのは、見知らぬ誰かにも自分と同じように気持ちがあって、だからこそ大切にした方がいいということ。そして誰かを大切にするということは、巡り巡って自分を幸せにも大切にもするということになるのだ、ということ。

そして更に言えば、誰かを傷つけるということは、自分を傷つけること、になってしまうのだということです。

誰かに親切にしたら、それだけで幸せな気持ちになれると私は思います。もちろん見返りを求めてはいけないのは前提ですが、「目の前の人を幸せにするために頑張った」と思うだけで、なんかモチベーション上がりませんか?それだけで「得」したと思いませんか?

これぞ本当の「自業自得」!

…お後がよろしいようで。


新曲のお知らせ

「僕はもう戦わない。」

リリース日:2019年11月19日

価格:1,000円(税抜き)

<SALLiA「僕はもう戦わない。」応援店特典配布 対象店舗>

・タワーレコードオンライン

・タワーレコード渋谷店 

・タワーレコード横浜VIVRE店

・タワーレコード名古屋近鉄パッセ店

・タワーレコード梅田NU茶屋町店

・タワーレコード福岡パルコ店

タワレコオンラインご予約はこちらから

https://tower.jp/item/4963550/僕はもう戦わない%E3%80%82

SALLiAが講師を務める「仏と寺子屋会」のお知らせ

今月のテーマ「本当の自分の見つけ方」

日時:2019年11月24日(日)13:30〜15:00

場所:豊川稲荷東京別院

参加費:¥1,000

お申し込みはこちらから

https://www.kokuchpro.com/event/464e7ce11b89ba553201c63caac4692a/

文・hasunoha編集部
Profile sallia
SALLiA(サリア)

歌手、音楽家(作詞・作曲・編曲家・音楽プロデューサー)、仏像オタクニスト 。

「歌って作って踊る」というスタイルで話題を呼び、2016年11月USEN1位を獲得。さらに4週連続トップ10入りを果たした。さらに音楽家(作詞・作曲・編曲家)として楽曲提供を行ったり、県域ラジオ局のラジオパーソナリティ、全国のフリースクールでのボランティア活動等、その活動は多岐に渡る。

幼少期よりいじめ、不登校、家庭内の不和など、様々な生きる苦しみを感じながら成長し、20歳で「仏像」と出会う。そこからずっと感じていた「どんなに過酷な状況でも穏やかに、幸せに生きる方法」を本格的に模索し始める。

そしてUSEN1位獲得の翌年、足の事故に遭うという人生最大の危機が訪れる。しかしその人生最大の苦しみがきっかけとなり、仏像だけでなく本格的に「仏教」の勉強をし、「自分で自分を救っていく方法」を発信する「仏像オタクニスト」としての活動を始めることを決意。2018年4月、本名の畑田紗李から「SALLiA」に改名。

2018年12月3日、「生きるのが苦しいなら~仏像と 生きた3285日~」を出版。紀伊国屋週間総合ランキング3位やダ・ヴィンチニュース1位など、話題を呼んでいる。

この記事を娑婆にも伝える
facebookTwitterLine