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悪いことを「避ける」でなく「どう対処するか」が宗教

「私が楽に楽しく、先祖代々よくなる方法」はありません。

宗教というものは「死後の問題」、あるいは「人生の意義」といった問題、そういう科学では答えの出せない問題に対し、人が納得できる(救われる)ような答えを提供するものであります。

しかし、それはあくまでも信仰という精神的な領域において救いをもたらすものであって、現実に起きる様々な問題・境遇(事故であるとか、貧困であるとか、人間関係のトラブル)という世俗的な領域に対し、科学などの法則を無視して「神仏を拝めば願いが叶う」・「不幸は先祖や霊が祟っているから」などと結びつけられるものではありません。

つまり宗教が担うべき領域は、「いい事を起こし、悪い事を避ける」ことではなく、「いい事・悪い事」に対し「私がどのような態度をとるか」ということです。

悪い事が起きないことが救いなのでなく、悪い事が起きてもそれを「受け入れることができる」「受け入れて立ち上がり、現実的な対処をしていく力をもらえる」というところまでが宗教の救いであって、そのボーダーラインを超えているものははっきり言って怪しいです。

宗教が担える救いは、

「それが私(だけ)のせいではない」と責任から解放されるというもの

あるいは「それは先祖や霊などのせいではなく、私や私を取り巻く環境によるものだ」と責任を引き受けていけるもの

であり、それを思い通りになくすものではないのです。

なくすために必要なのは宗教的行為ではなく、世俗的努力です。そしてその世俗的努力を支えるものが宗教的な信仰であったりもします。
引用元の質問: 家系図、戸籍謄本について
家系に成仏できていない人を探すことを勧められ、戸籍謄本をかなりさかのぼって集めて簡易的な家系図を作りました
回答僧:
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