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悪いことを「避ける」でなく「どう対処するか」が宗教

「私が楽に楽しく、先祖代々よくなる方法」はありません。

宗教というものは「死後の問題」、あるいは「人生の意義」といった問題、そういう科学では答えの出せない問題に対し、人が納得できる(救われる)ような答えを提供するものであります。

しかし、それはあくまでも信仰という精神的な領域において救いをもたらすものであって、現実に起きる様々な問題・境遇(事故であるとか、貧困であるとか、人間関係のトラブル)という世俗的な領域に対し、科学などの法則を無視して「神仏を拝めば願いが叶う」・「不幸は先祖や霊が祟っているから」などと結びつけられるものではありません。

つまり宗教が担うべき領域は、「いい事を起こし、悪い事を避ける」ことではなく、「いい事・悪い事」に対し「私がどのような態度をとるか」ということです。

悪い事が起きないことが救いなのでなく、悪い事が起きてもそれを「受け入れることができる」「受け入れて立ち上がり、現実的な対処をしていく力をもらえる」というところまでが宗教の救いであって、そのボーダーラインを超えているものははっきり言って怪しいです。

宗教が担える救いは、

「それが私(だけ)のせいではない」と責任から解放されるというもの

あるいは「それは先祖や霊などのせいではなく、私や私を取り巻く環境によるものだ」と責任を引き受けていけるもの

であり、それを思い通りになくすものではないのです。

なくすために必要なのは宗教的行為ではなく、世俗的努力です。そしてその世俗的努力を支えるものが宗教的な信仰であったりもします。
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有り難し
質問
家系図、戸籍謄本について
(こちらの質問は運営により一部編集しています) 10年ほど前に私の実家の家系の事で悩んでいたのと、お金がないことが重なって、ポスティングされていた無料の姓名判断から相談し始めたとこがありました。 しかしそれはある宗教団体で、知らずにと縁を持ってしまいました。 そこでは仏教的な事とキリスト教的な事をビデオで万学ばされ、家系に成仏できていない人を探すことも勧められ、戸籍謄本をかなりさかのぼって集めて簡易的な家系図を作りました。 あるときに虫の知らせなのでしょうか「その団体ではないかな❓」と直感的に思ったときがあり、その時、そこで色々相談していた方に聞きましたが「違う」と言い張りました。 色々学ぶ❓とか供養とか❓を進めていくなかで、その団体と明かされる時期が来たとき、騙されたと知り、私はかなり怒りました。 私は今まで支払ったお金など返してくれ、もう何も信じない…となり、やっと主人にも事の経緯を話し、警察にも話し、お金を返してもらい、戸籍謄本から、簡易的な家系図を作ってもらい、終わりました。 戸籍謄本と家系図は嫌な思い出はありますが、お金がかかったのでタンスの上の方に入れてとってありました。 2年ほど前から人を信じられなくなり、主人にも子供にも両方の親にも怨みや、良いことを思えずにいました。すべての人を憎み、嫌いでした。 今年になり、向こうの完全なる不注意の私が交通事故にあい、実家の母が脳出血で倒れ、半身が麻痺の状態で、今も入院中。 また悩んだ私は、人から聞いた算明学等から人生をひもとくところへ意をけっして行きました。 言われたことは私が家系図の事を中途半端にしたままだから、先祖が気づかせるために頼って私に信号を出してきているのだと。 戸籍謄本も、家系図も私が集めたから私がその人たち全部の苦悩を抱えなければいけないと。 今、心身ともに疲れきってひとりでこんなに抱えれません。 笑顔を出したいのにもうできません。 何を信じ、私が楽に楽しく、先祖代々よくなる方法はないのでしょうか❓ 戸籍謄本は位牌と同じだから処分してはいけないと言われましたが、おたきあげとかお寺でしてもらえないのでしょうか❓
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