hasunoha お坊さんが必ず答えてくれるお悩み相談サイト

お坊さんに質問する
メニュー
メニューを閉じる

やっぱり

回答数回答 2
有り難し有り難し 89

やっぱり許せません。
女が拷問を受けないと子孫を残せないなんて理不尽過ぎます。
これを言うと男は逆ギレ。
こんな生き物に孕ませられる女は損しかありません。


この問答を娑婆にも伝える
facebookTwitterLine

お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

許せなくてもいいのですよ、でも苦しいのは辛いですよね

お仕事お疲れ様です。無事出勤できましたでしょうか。
朝から苦しい思いをされましたね、一日の終わりは穏やかに迎えられますよう念じております。

私個人としては、そしてここの回答僧のほとんどの皆様もおそらく男女間の違いに関する元山本様の思想を変えることを目的としてはいません。
元山本様が「怒りが爆発しそうで苦しいです」とおっしゃるここを問題としております。

つまり、元山本様の思想をAとし、世の中に多く蔓延する思想をBとするなら、AとBのどちらが正しいかを議論したいのではなく、Aと考える人もいればBと考える人もいるということをそれぞれが認めることができればそれぞれの苦しみは減ります。

おそらくですが、元山本様も世の中の思想を全てAに統一したいわけではないでしょう?そうだとしたらその怒りの爆発がおさまることはないでしょうから。

そうでなく、ただ、やり場のない辛さをここにぶつけてくださっているのかなとお察ししますがいかがでしょうか。

だから私としては元山本様はそのままでいいのですよ、としか言えません。そして苦しまない様になるためにはそれを他の人にも認めましょうと。
もちろん差別的なものは是正されていくべきですが、「差別」をなくすことと「事実としてある男女の違いや思想の違い」を認め合うことは矛盾はしないでしょう。

{{count}}
有り難し
おきもち

個別相談可能
はじめまして。北海道の片田舎の農村のお寺で住職をしております。 人生経験も仏法聴聞も、まだまだ未熟な私ではありますが、皆様のお悩みに対し真摯に向き合い、共に悩み共に考えたいと思います。 お話しする内容は「こたえ」ではありません。仏法を聞いてもお金が儲かるわけでも、人間関係に恵まれるわけでも、病気が治るわけでも、何ものにも左右されない心の持ち様が手に入るわけでもありません。 仏法の救いとは悩みが私の思い通りに解決することでなく、どんな悩みも私の現実として引き受けて、悩みながらも生きていけることだと私はいただいております。 悩みを救う(解決する)のではなく、悩む人を救う(悩む私という存在を引き受けていける)のです。 「こたえ」ではなく、「問い」を共有することで、悩み苦しみを引き受けて生きていける一助となれれば幸いです。 【回答について】 後から読み返し、誤字脱字に気づいた際は訂正を入れます。訂正ではなく、お礼コメントへの返信のため追記する場合はタイトルに〔追記あり〕と記載します。 なお、タイトルも本文も字数制限があるため際限なく追記できないこともご承知おきを。
基本的には平日13時~15時のみ対応可能です。お寺の行事、急な法務で対応できない場合もあります。

そうだよねぇ。ホントにそう思いますよ。

大変な人生を送ってこられたのですねぇ。そりゃ自分が女性として生まれたことや、性そのものに対して怒りがこみあげてくるのはよくわかりました。私があなたの立場で総理大臣だったらもっと女性に優しい社会つくって、女性の尊厳を踏みにじる男は重罪にして、すべての女性がウンとうなづけるフェアな世を作りたいものです。日本はまだまだ世界的にも男尊女卑思想の根強い国ですから、どんどん元山本さんのエネルギーを世のしかるべきところで発信して女性に優しい国を作ってまいりましょう。
理不尽だ、おかしい、ということは「力」になるんです。
私はあなたと同じように反骨精神が強いです。だから仏教界にも理不尽、おかしいと思う心がメチャあります。修行道場で仲間一人死んでますからね。だからこそこのエネルギー、怒り、何とかしたいというもがきエネルギーを「上手に使う」ことで救われました。
怒ってるだけじゃ誰もすくわれない。あなたも苦しいだけ。だからそのエネルギーの「消費方法」だけ変えればいいのです。
私はhasunohaやSNSなどアウトプット活動でその怒りやエネルギーを人の心のとげぬき活動として使ってきました。そうすると「自利利人」「自利利他」といって、これはお釈迦さまも推奨された法ですが、自分も他人も助けてあげられるようになるんです。
これは坊さんだけがやることじゃなくて、地球上の誰もがやんなきゃいけないことなんです。だって人任せにして立ってちっとも世の中良くならないじゃないですか。
だから、チョット厳しいことを愛情として申し上げます。あなたも文句や怒りばっかりじゃなくて、その変えたいというエネルギーを自分も人も幸せにするように使ってもらえないでしょうか。よかったら一度お電話を頂けませんかね。
文字のやり取りって結局、お互いに読み間違え、受け止め違い、それ読んで「私はこう思った」ってことばっかりやっちゃうでしょ?だから坊さんたちがホントに伝えたいところはまだ元山本さんには伝わってないんじゃないかと心配しとるんです。
最近は私は電話が多く回答もできません。これも久しぶりの回答です。
他のお坊さんも電話番号公開してる方もいます。
あなたに今必要なのは、受け止めと優しさと正しい理解者とあなたの過去を根底から救ってくれる法薬です。苦しい愛せない許せないその最悪の状況を力に転ずる。そういう生き方を求めて頂きたいのです。

{{count}}
有り難し
おきもち

お悩み相談08020659278
今月の法話 文殊の剣 ❝己がそのものを観ていながらそこに余計な色や思いをつけたさぬその己の様子を「こそ」見届けてみてください。❞(本文より) 「大丈夫、慧の剣を取る。」 大いなる菩薩や老師は智慧の剣を取って、人の迷いの見解を断ち切り真実の姿をみせてくださいます。 智慧の剣とは人間の自我、我見の無いこころからなる、無垢で清らかなる「事実の様子」「本来の様相」を見極める力ともいえましょう。 それこそが智慧の剣なのです。 文殊とは自己を鎮め得た者の姿。 人間の内なる思慮分別の猛獣を修め得て、その上に鎮座する姿。 事実を事実のとおりに見るということは、余分なものがないということです。 そこに現れる余分な見解というものを断ち切った姿。 そもそも、もともと一切の事象、事実というものには余分なものはありません。 とは言えども、それでも人は人の習癖・習慣的に物事に思いをつけたす。 いまや「写真で一言」という要らぬ添え物をするバラエティ文化もあるぐらいですから、ものを本当にそのままに受け取るということをしない。 文殊様の持つ剣、智慧の剣というものは、そういう人間の考えを断ち切る働きを象徴したものです。 その文殊の剣とはなにか? お見せしましょう。 いま、そこで、みているもの、きこえていること。 たとえ文字文言を観るにしても、そのものとして映し出されているという姿がありましょう。 文字として見えているだけで意味を持たせてもいない、読み取ってもいないままの、ただの文字の羅列のような景色としてみている時には、文字であっても意味が生じません。 本当にみるということはそこに安住しています。他方に向かわない。蛇足ごとが起こらない。 見届けるという言葉の方が適しているかもしれませんね。 ❝己がそのものを観ていながらそこに余計な色や思いをつけたさぬその己の様子を「こそ」見届けてみてください。❞それはものの方を見るというよりはそれを見ている己を見つめる姿ともいえましょう。 そういうご自身のハタラキ・功徳に気づく眼を持つことです。 あなたの手にはすでに文殊の剣がありますよ。用いることがないのはもったいないことですね。

質問者からのお礼

吉武さまへ
お優しい言葉をありがとうございます。
この世に生きる以上、そのBの価値観を死ぬまで押し付けられる人生を送ります。
その地獄の苦しみをどうしても吐き出したかったのです。
毎月くる生理や腕力の違いで嫌でも差を見せつけられるこっちの気も知らず、やれ仕事が辛いだの残業が辛いだのと言う男たちに心底腹が立ちます。
彼等が日頃当たり前のように過ごしてる日常がどれ程恵まれているか分かっていないからです。 
吉武さはAに統一したいわけではないのだろうと仰っていますが、私はAに統一したいですよ。

丹下かくげんさまへ
お礼コメントが遅くなり申し訳ございません。
一度電話をかけましたが留守電になりました。
またおかけするかもしれません。

煩悩スッキリコラムまとめ