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地獄を回避する方法について

何もしなければ人間は地獄に堕ちるが、助かる方法もあると聞きました。
その方法とは具体的に何をすればいいのですか?

その他
有り難し 35
回答 2

質問投稿日: 2018年6月12日 14:57

回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。
回答僧

淨流寺

転落院

称名念仏

真宗大谷派の転落院です。

浄土真宗が教えているのは、【お念仏する事】です。
日頃から、いつでもどこでも「なむあみだぶつ」と唱える習慣を身につけてくださいませ。もちろん公序良俗に反しない事が前提ですが。

「若我成仏 十方衆生 願生我国 称我名字 下至十声 乗我願力 若不生者 不取正覚」
という文言が浄土真宗には伝わっています。これによれば、もちろん仏教の真髄や念仏の意義を理解するに越したことはありませんが、結局死ぬが死ぬまでついにそれがわからなかったとしても、とりあえず問題ありません。称名念仏という<行為>をしたのか、していないのか。したなら極楽浄土にいれてあげるよという事です。つまり、地獄には堕ちなくて済むという事です。

どうですか?
これほど胡散臭いうまい話はないでしょう?これを【易行難信】といいます。読んで字のごとく、やる事が簡単過ぎて逆になかなか信じられんという事です。

元々【称名念仏】というのは、罪業が重すぎたり才能が無さすぎたりしてもう何ともならない、箸にも棒にも引っかからないような、まったくどうしようもない落ちこぼれの為の行だったんです。まったくもってバカバカしいほど簡単な方法。でも、超エリートが長年かけて取り組む超ハイレベルな修行と同じものを獲得できてしまうというところが、逆に超々画期的なんです。

乱暴な説明、ごめんなさい。
でも、やってみるのか、やらずにおくのかはアナタ次第です。

<追記>
信心正因?えらく難しい言葉をご存知で。ひょっとして玄人ですか?
そうです。そのとおりです。称名念仏は、その素晴らしさを身をもって領解する事が肝心です。しかし、その信心とは<念仏をとなえるという行為>の先にあるものであって、それ抜きでの豊富な知識や聞法歴はまったく論外であると思います。また上記の【本願加減之文】には「称我名字 下至十声」とあるだけです。それ以上は、阿弥陀さんサイドから何も要求されていませんね。

【信心獲得】は【称名念仏】と必ずセットです。でも信心がなくても【称名念仏】はできます。「本願加減之文」とは『大無量寿経』「本願文」の低いハードルを善導大師が更に下げてくださった、まさしく私のような底下の凡夫向けのじつに有り難い教えです。

ここらへんの議論は、すでに文字数が限界でございますので、またいずれどこかで。

南無阿弥陀仏 拝

13日前

例え地獄へ落ちようとも・・

kei様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

地獄を回避するだけでは、消極的な方法と言えるかもしれません。

結局、他の輪廻(天・人・修羅・畜生・餓鬼)を巡っても、迷い苦しむことに変わりはないことになりますゆえ・・

できれば、菩提心を起こして、悟りを目指すということとして、その清き善き流れに乗るというところをお勧め申し上げたいと存じます。

それには確かなる仏縁を頂いて、正式な仏様の弟子となることでございます。

その堅固なる仏縁があれば、例えこれから輪廻にあっても、紆余曲折ありながらにも、清き善き流れに乗ることで悟りへと向けて前へと進めるのではないだろうかと存じております。

拙生、死後の次の赴きは確実に地獄であることでしょう。

この情けないどうしようもない愚か凡夫たる拙生、チベット密教の無上瑜伽タントラにおける三昧耶戒の根本堕罪を伴って死ぬことになるのはほぼ確実であり、それがゆえに地獄落ちはほぼ決定しています。

しかし、それでも、灌頂を受けたことにより頂いた強い仏縁は、幾たび地獄を経ようとも、必ず拙生を仏道の流れに乗せて頂けるものであると存じております。

一歩でも前へ、例え地獄に落ちようとも、少しでも前へと、悟りへと向けて努めて参りたいものでございます。

川口英俊 合掌

12日前

質問者からの有り難し - お礼

信心正因ではないのでしょうか?

信心決定しなくとも、自力念仏を唱えるだけで救われるということですか?
善導は自力念仏で救われると言ってるのでしょうか?

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